第17話 犯人は高等部三年生か
田原の言うとおり、俺は田中絵梨香の顔も髪型も知らない。もし目の前に現れても、誰なのかまったくわからないはずだ。名前だけは靖樹から聞いていて知ってはいるが。
ふと、あることに気がついた。
「まあ差出人がその田中絵梨香だっていうのは無理があるな」
「どういうことだ。彼女が灰色の封筒を持って高等部校舎をうろうろしていたのは、俺だけの情報じゃないぜ」
「田原を疑っているわけじゃないよ。おそらく実際に田中絵梨香が高等部校舎にいたのは事実なんだろう」
「それなら手紙の差出人候補には違いないだろう」
それがそうともかぎらない。
「仮に中等部の彼女が差出人なのだとすれば、どうやって俺の座席を特定したんだ」
「そりゃ、ノートに名前くらい書いてあるんじゃないのか」
「だとしても、彼女が俺のクラスを知っているとは思えない。つまり田中絵梨香が差出人なら、まず俺のクラスを特定しなければならないし、それがわかったうえで手当たり次第に座席を特定したことになる」
「違うのか」
長田が興味津々に聞いてくる。
「それが俺だけなら可能性がないわけじゃない。しかし靖樹にも同じ手紙を出さなければならないからな。慣れない高等部校舎で手当たり次第の作業を二回しなければならないだろう。そんな時間を見計らうことが、中等部の彼女にできるとは思えない」
「なるほど。確かに同じ時間に授業を受けているはずの中等生が、高等部校舎に忍び込んでたまたま俺たちの教室が空であるのを知り、ラブレターをお前の机に入れようと手当たり次第に中を確認し、特定して入れたのだとする考えには無理があるな」
「だろう」
田原もようやく状況を飲み込めてきたようだ。
「だとすれば誰なんだ」
「手がかりがないわけじゃないんだ」
「というと」
「たとえば同じ三年の人物が、
「ということは三年の可能性が高いのか」
長田はなるほどと頷いている。
「逆にいえば、三年が一年の座席を聞けば下級生は否応なく答えざるをえない」
「そうなると田中絵梨香の線は完全に消えるな。だが高三がお前の席を知るのは簡単だ。同じ階に教室があるんだから、いつでもチェックできる。そして靖樹の席は上級生として聞き出せばいい。となれば差出人は俺たちと同じ三年か」
そこまではわかるのだが、では実際誰が差出人なのかの心当たりがまったくない。
「三年で清樹を気にしている女子なんていたか」
「そりゃいるんじゃないの。ゲーム実況で人気があるんだから、配信をチェックしている女子くらいいくらでもいるだろう」
「でも、ゲーム実況を観ているのは男子が多いと思う。コメント欄をすべてチェックできていないけど、口調は男子のものが多いからね」
「お前、チャンネル登録数を考えてみろよ。たとえ一パーセントだけが女子だとしても数千人にはなるだろう」
田原の言うことにも一理ある。割合は少ないながらも、分母が大きいぶん該当する人数自体は多くなる。その中に葛望高の三年生がいる可能性もなくはない。
あくまでも確率の問題ではあるのだが。
「とりあえず、次の手紙を待つしかないだろうな。次が来れば、の話だが」
まあ今回の手紙はいたずらの可能性が高い。それをゲーム実況で生配信したのだから、犯人の目的は達しただろう。そうであれば味をしめてまた入れに来るとは考えづらい。
「それでいたずらか本気か試そうってわけか」
「いや、おそらくどちらの場合でももう手紙は来ないはずだ」
「どういうことだよ、それは」
「なに、いたずらなら成功したのだから、二回も同じ手は使わないだろう。バレているんだから。本気ならゲーム実況で生配信してしまったから、恥ずかしくて二度も手紙を送ってくるとは考えづらい。どちらにしても、次の手紙は来ないはずだ」
もし本気なら、なぜ俺と靖樹のふたりに同じ文言の手紙を出したのか、説明がつかない。だから二通目の手紙は来ないと考えられる。
まあ生配信の反応を見れば、靖樹には二通目があるかもしれない。
あれだけカメラの前で浮かれていたら、犯人も引っかけ甲斐があっただろう。だがそれは俺の与り知るところではない。
靖樹ももう高校生だ。自分で自分の世話くらい見られるだろう。
それに、もし三年の誰かが行なったのだとすれば、俺が疑念を抱いていることを知ってうかつには動けないに違いない。
牽制になるのであれば、俺がいたずらの犯人を突き止める努力はするべきかもしれない。
だが、高三で受験生となる時期に犯人探しをしている暇があるのだろうか。だからこそ、犯人はこの時期に手紙を出したのではないか。
いたずらとわかっても、犯人を突き止められるはずがないと思っているはずだ。
そう考えると、案外犯人も策士だといえるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます