第16話 長田の弁当箱
そもそも俺たちの学校では机に名前なんて書いていない。
そして教室内に座席表があるわけでもない。
誰がどのクラスに割り振られているかがわかったとしても、どの座席かまでは部外者がわかろうはずもないのだ。
その意味で中等部の田中絵梨香が俺と靖樹の座席を知っているはずもない。彼女をラブレターの差出人と考えるのには無理がある。
「最近誰かに俺の座席の位置を尋ねられたってことはないか」
「ないな」
田原は即答した。
「聞かれたことはないが、誰かがクラスの中に入ったことは確かだ」
「その誰かってわからないのか」
「ああ。俺、机の中を見られるのが嫌だし、理由もあって弁当箱も中に入れているんだけど、化学教室から帰ってきたときに弁当箱が机の上に置かれていたことがあるんだ」
「それいつ頃の話かわかるか」
「つい昨日のことだよ」
ということは、何者かがクラスの中でなにかを物色していたのは確かなのだろう。
それがラブレターの差出人かまではさすがにわからない。
情報が不足している。だが座席を割り出そうとしていたということはクラスの誰かでないのは確かだ。
その人物が誰の座席を知りたかったのか。
もし俺の座席というのであればラブレターの差出人である可能性が高い。
だがタブレットPCをチェックされていたのかもしれない。
充電が切れたら授業に差し障る。親切心でクラス中のタブレットPCのバッテリー残量を確認していた、とも考えられる。
だが生徒がそんなことをやっていれば、さすがに目立つはずだ。
それに化学の授業でタブレットPCを使わなかったからといって、そのスキにバッテリー・チェックをするのも都合が良すぎる。
「そのとき、誰が弁当箱を机の上に置いたのか。心当たりはあるか」
「そうだなあ。髪はそれほど長くないんじゃないかな。椅子に残された髪の毛と思しきものもそんなに長くはなかったからな」
「お前、よくそこまで憶えているな」
長田の記憶力がよいのは確かだが、よくそこまで意識が向いているものだと感心してしまう。
「俺、高等部から入学しているから、弁当箱になにか細工されるんじゃないかといつも気にしててな。中学は給食だったから、食べ物になにかを入れられてもクラス中に影響が出る。だから安心していたんだけど」
ちょっと気を回しすぎているようだが。
「まあ弁当はそうでなくても雑菌が繁殖しやすいから、誰かに混入されるよりも単に菌が繁殖しやすい状態だったんだろうな。それなら食
「そうなのか。一年のときに弁当を食べて
「単に保存状態が悪かったからってことのほうが確率は高いだろう」
「誰かが俺を陥れようとしていたのだと考えていたけど」
長田が肩の力を抜いた。どうやら長田の思い過ごしのようだ。
「うちの学園だと下から一緒に上がってきた連中が多いけど、高等部から入学してきた生徒を爪弾きにするような校風じゃないしな。下からの連中から見れば、高校入学の生徒のほうが手厚く遇されていると思うくらいだ」
「確かに生活指導の豊橋先生によく呼び出されて、誰かにいじめられていないかとか、なにか欲しいものはないかとか、いろいろ聞かれるな」
「それがフィードバックされて、中等部からの生徒に還元されるわけだ」
「豊橋先生にいろいろとわがままを言ってくれると、俺たちも楽ができるからな」
その言葉で思い出した。
「そういえば、俺たちが中等部にいた頃に、突然すべての教室にエアコンを入れることになったんだよな。あれも高校入学組の要望だったのかな」
「
「突然快適にする理由にはならないな」
「暑すぎたり寒すぎたりすると勉強に身が入らないだろう。生徒の成績を向上させるために、学園側が手を回したんだよ。俺たちの成績が上がって有名大学に合格する人数が増えれば、学園としてはアピールしやすいからな」
それを聞いて疑問に思った。
「なあ長田。お前誰かに弁当箱をいじられるのが嫌だって、豊橋先生に伝えたことあるのか」
「ああ、入学して弁当で中ったときに、在校生の誰かの仕業かもしれないとは伝えたな」
「それはずいぶんと昔の話だな。昨日弁当箱を上に出す理由にはなりそうもない」
となれば豊橋先生が弁当箱を出した可能性はかなり少なくなるのだが。
ただ豊橋先生はボブカットだから髪はそれほど長くない。長田が見つけたという髪の毛は豊橋先生の可能性もある。
「そういえば、お前たち兄弟に送られた手紙だけど、なにか特徴はないのか」
「特徴ねえ。髪の毛がどうこうっていうのはないな。手紙を見つけてお前に見られないように気をつけていたくらいで」
「なんだ。清樹、あのときにカバンにしまったのかよ。教えてくれたらその場で役に立ったかもしれないのに」
「どういうことだ」
「なに、田中絵梨香もショートカットだ、という情報がある」
「田原、それくらい俺だって知っているぞ。
「と思うだろう。でもこいつはアイドルなんててんで興味がないから、顔すら知らないだろうぜ」
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