第五章 新たな受取人

第28話 新たな受取人

 探偵ドラマに出演するであろう田中絵梨香は、平木マネージャーから釘を差された。もしかして今回の出来事はすべてドラマの中、なんてことはないよな。

 ゲーム実況兄弟を探偵役にし、謎の手紙を出してそれを解決する手順を実際に確認しようとしている。

 出来すぎた話ではあるが、テレビ業界は視聴率主義だからどんなことをしてくるかわからない。そのあたりはやすに聞けばわかるだろうか。


「今聞いた探偵ドラマの話は他言無用でお願い致します。視聴者へのサプライズがなくなってしまいますから」

「わかりました。今の話はどこにも出しません。靖樹もいいよな」

「うん、絵梨香ちゃんと秘密を共有するから大満足だよ。この満足感は誰にも話せないから得られるんだもん。誰かに言うなんて絶対にしません」


 左手で口を押さえた靖樹の様子を見た田中絵梨香は、やや片頬が引きつっているように見える。まあ女子がこの所作をしていれば愛嬌もあるだろうが、大きくて丸っこい年上男子がやっているのだから、引いてしまうのも無理はない。


「靖樹、大人になるってことは、言うべきでないことは死んでも言わないことだぞ」

「だいじょうぶ。僕って口が固いから」

 口の固い男子が、生配信で差出人のわからない手紙の開封式などするだろうか。と思わないでもなかったが、それを口にすると彼女たちに迷惑がかかるだろう。



 

 壁の時計を見るとすでに昼休みはあと十五分まで近づいていた。

「ずいぶんと長居をしてしまいました。それでは差出人は僕たちが突き止めますので、ご報告をお待ちください」

 平木マネージャーがトートバッグから名刺入れを取り出した。

「それでしたら私の携帯にご連絡ください。下校時間まででしたら彼女を連れてまいりますので」

「かしこまりました。では吉報をお待ちくださいませ」


 名刺を受け取ると、平木さんを先頭に中等部校舎の入り口まで早足で戻った。受付で名札を返し、礼を述べて中等部校舎をあとにした。その足で素早く高等部校舎へ戻ると、靖樹と分かれて三階の教室へと駆け戻った。


「お、きよ、ちょうどよかった。見つかったぞ、他の受取人が」

「いたのか、本当に」

「ああ、ふたりいた」

「ふたりか。多いんだか少ないんだかわからないな」

「まだいないか引き続き聞き込んでもらっているが、とりあえずふたりから話を聞くのは五限後でいいだろう。今日の授業は七限まであるからな」

 七限か。五限・六限・七限の後ということは平木マネージャーに連絡するまであと三時間ほどか。


「今日、中等部三年は何限までかわかるか」

 急いで戻ることに気をとられて、彼女の下校時間まで考えが及ばなかった。つい自分と同じだろうと高をくくってしまうとは。われながらずいぶんと間の抜けた話だ。

「ああ、確か七限だな。なんだ田中絵梨香と会ってきたんじゃないのか」


「会ってはきたが、今日中に差出人を突き止めると約束してしまってな」

「アイドル相手にいいを顔してしまったわけか」

 田原がにやついた顔つきでこちらを覗き込んでくる。アポイントしたのだから話を聞く権利があるはずだとでも言わんばかりだ。

「いや、マネージャーさんの手を煩わせるのもどうかと思って。で、そのふたりの素性を教えてくれないか」


「アイドルじゃなくてマネージャーに惹かれたのかよ。あいかわらずの年上趣味、なんとかならないのか。まあいい」

 生徒手帳ではないシステム手帳を開いて、いちばん上の紙を読んでいる。

「ふたりとも高等部三年だ。ひとりは現役Jリーガーの佐伯。もうひとりは秋季大会で活躍してプロ入りが噂されている野球部ピッチャーの結城だ」

「直接話を聞けそうか」

「ふたりともかなり忙しいらしいからな。いちおうアポイントは確認してみるわ」


 現役Jリーガーとドラフト候補の投手か。それに中等部三年の現役アイドルとゲーム実況の兄弟。かなりバラバラな特徴だな。

 スポーツはJリーガーの佐伯とドラフト候補の結城だけ。芸能界は田中絵梨香だけだし、ネットの生配信は俺たち兄弟だけ。この五人になにか共通する点があるはずだ。

「ちなみに受け取った手紙の文面は確認したか」


「おそらくお前たちのものと大差ないはずだ。ただ佐伯は高等部の生活指導室へ行け、という紙も付いていたらしい」

「ということは結城には付いていなかったんだな」

「そうなるな」


 生活指導室へ行くように指示する紙が入っていたのは田中絵梨香と佐伯だけ。結城と俺たち兄弟にはその紙が入っていなかった。ここにもなにかありそうだが。単に入れ忘れただけかもしれない。


「やはり佐伯と結城から話を聞かないと、状況が確定できないな。できればふたり同時に面会したいんだけど」

「わかった。今確認してくるわ」


 田原はすぐに隣の教室へ向かった。

 あのフットワークの軽さは見習いたいものだ。とくにまめさは群を抜いている。程なくして田原が戻ってくると五限を知らせるチャイムが鳴った。


「ふたりからオーケーをもらってきた。五限後の十分間で話をつけろよ」

「そのつもり。差出人にいくつかの候補があるんだ。その中の誰が入れたのかまではわからないけど。他の人に代理で入れさせた可能性もあるから、そこまでの全容はつかめないかもしれない。これから授業で聞き込みもできないしな。でもさしあたり差出人がわかればなんとか面目は保たれるはずだよ」




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