第27話 今日中に

 ここまでの状況を整理すると、灰色の手紙をもらったのは俺たち兄弟とアイドルの田中絵梨香の三名。内容はほぼ同じで、田中絵梨香のものは事務所の社長が対応できる内容だった。

 俺たちは事務所に属しているわけでもないし、対応してくれる大人がいるわけでもない。

 推理はここで行き詰まることになるが。まあ田中絵梨香が差出人でないことは確定したのだから、それを成果にすればいいか。


「ありがとうこざいます。これで少なくとも田中さんが差出人ではないことははっきりしました」

「本当かよ、兄貴」

「ああ。彼女は受取人のひとりであって、差出人じゃない。事務所の社長さんが対応したということは、大人ならすぐにわかる理屈があるんだろう。それを調べればなんの目的で手紙を出したのかも見当がつくはずだ」


「しかし兄貴、俺のだけ絵梨香ちゃんから来たってことは」

「ありません」

 田中絵梨香はピシャリとはねつけた。こういうとき曖昧に答えると余計な詮索をされるものだが、だからこそ断定するよう教え込まれているのだろう。


 その声を聞いたやすは意気消沈している。まあ夢くらいは持っていてもいいが、本人に聞かなければ夢のままでいられたのにな。

 まあこれで夢から覚めて現実を向いてくれれば、青春のいい思い出になるだろう。


 壁掛けの時計を見るとお昼休みの終わりまで二十分を切っていた。

「時間がないので、確定した情報だけお二方にお伝え致します」

 平木マネージャーが応じる。

「伺いましょう」


 ひとつ頷くと現時点で確定している情報を話し始めた。

「まず昨日の朝、登校してすぐに田中さんが灰色の手紙に気づいた。そして靖樹、僕の弟ですが彼が発見したのは」

「二限のあとだけど」

「ということで二限のあと、僕へはおそらく三限のあとに入れられたと思うのですけど、気づいたのは放課後のことです。つまり差出人は 人がいない時間を狙って机に手紙を入れてまわったと考えられます。受取人全員の時間割がわかっていたか、巡回して誰もいなくなる時間を見計らっていたのか。おそらくそのどちらかで人のいない教室へ入った。そして田中さんには高等部校舎の生活指導室へ来るようにという内容のコピー用紙を入れた手紙を出した」


「ですが、それでは学園内をうろうろすることになってかなり目立ちませんか」

 平木さんはよい点を突いてきたな。


「そうなんです。差出人はかなり目立つ行動をしています。おそらく監視カメラの映像が観られれば、誰なのかを特定するのはそれほど難しくはありません。しかし生活指導の豊橋先生にお願いするには手間をかけすぎますので、私たち兄弟で事の真相にたどり着いてみせます」

「その歳でたいした見識をお持ちのようですね。動画配信者とお聞きしていたので、もっと感情の赴くままに追及なさると思っていたのですが」


「本当、生活指導の伊東先生から、あまり好ましくない人だと聞かされていたんです」

 真実、田中絵梨香は無遠慮だ。これでは隠しごとなんてできやしないだろう。

「よく間違われますが、根はまっとうだと自負しております」

「できれば配信チャンネルを教えていただけませんか。これもなにかの縁ですし」

 平木マネージャーの意図はわかる。配信をチェックして田中絵梨香の名前が出てこないよう注視したいのだろう。


「今回の件について、田中さんが関与していたことはけっして他言いたしません。靖樹も絶対に他言無用だぞ」

「しかし、差出人が見つからないかぎり、配信の視聴者が納得しないよ。僕、絵梨香ちゃんからの手紙かもしれないと思っていたくらいだし」

「そういえば好きな人は田中さんって生配信で言っていたっけな」


「困ります。絵梨香さんは清純派で売っているんです。男の影なんてちらついたら、評判がガタ落ちしてしまいます」

「それって、遠まわしに僕のことを見下していませんか」

「失礼、そういうつもりはございません。たとえば社長にしても伊東先生にしても、男性というだけで近くにいるとイメージを悪くさせます。私のような女性をマネージャーにしたのも、男性の気配を感じさせないためなのです」


 その言い分はわかるな。動画配信者にもイメージはつきものだ。

 俺たち兄弟は仲がいいイメージを持ってもらうため、日頃からよく会話をして双方隠しごとをしないことをルールにしている。


「わかりました。靖樹も動画配信者の端くれなんだから、わかるよな。僕たちだってイメージで商売をしているのだから」

「それはわかるけどさ。せっかくの機会なんだから、またお話しできたら嬉しいじゃないか」

「平木さんには悪いのですが、僕たちはあと何度か彼女とアポイントしなければなりません。僕の旧友である田原くんが情報網を駆使して他の受取人を探し出しています。手紙を出した人物を特定するために。そのとき受取人のひとりである田中さんにもご同行いただきたいのです」


「しかし明日から彼女はライブの準備に入らなければなりません。差出人については事後報告でもかまいませんわよね」

「それでは今日中に差出人を突き止めましょう」

「できるのですか」

 マネージャーは疑わしげだ。


「これから急いでクラスに戻って、田原くんから他の受取人がいるか確認し、いたらその人に聞き込めば。おそらく受取人の共通点と、差出人の目星がつくはずです」

「それがわかるのが今日中、ということですか」


 田中絵梨香は目を輝かせて興味津々な表情をしている。

「すごいですね。まるで探偵さんですよ。私、今探偵ドラマに中学生役で出演するため。撮影に参加しているんですけど」

「絵梨香さん、それは守秘義務の対象よ」

 はっと気づくと顔の前で手を合わせて平木さんに謝っている。




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