第29話 マスコミのやり口

 五限後の休み時間で俺と田原は隣の教室へやってきた。現役Jリーガーの佐伯くんとプロ野球ドラフト候補の結城くんに会うためだ。

 ふたりを連れ出して人けの少ない階段の踊り場へやってきた。


いわくんてゲーム実況で有名だという人かな。うちのクラスでも観ている人が多いって噂されていたね。そんな有名人が僕たちになにか用があるんだって」

 結城くんは昨年の秋季大会での活躍がスカウトの目に留まり、秋のドラフト会議でも複数の球団が指名のあいさつをしに来たほどである。


「ええ、昨日のことなんだけど、机の中に灰色の封筒が入っていなかったかな。三つ折り封筒なんだけど」

「手紙なんて毎日たくさんもらっているからなあ。さっき聞かれた差出人も宛先も書いていない封筒のことだよね。それなら確かにもらったけど。あれってただのファンレターだよね」

「ひょっとして俺にも同じことを聞くのか。それなら先に言うぞ。入ってた。ただ高等部校舎の生活指導室へ来てくださいっていう指示があったな。昨日はチームの全体練習があったからズルケたけど」


「えっ、そんな言葉なかったと思うけど。便箋って一枚だけだよね」

「なに言ってんだ。二枚あったろうが。二枚目はただ単に、高等部校舎の生活指導室へ来てください、としか書かれていなかったけどな」

「この話を聞くってことは、なにか重要な意味があるのかい」


 ようやく次の話ができるな。現役プロ選手とプロ候補選手だから、それなりに自己主張も強いんだろうけど、ふたり揃うと口を挟むタイミングがとりづらい。


「実は昨日、中学生アイドルの田中絵梨香さんが高等部校舎で灰色の封筒をもってうろうろしていたらしいんだ。で受取人は誰なのかを探しているってわけ」

「それはプライバシーの侵害だろう。興味本位でそんなことをしたら、事務所からなにを言われるかわかったものじゃない」

 結城くんは顎の下に手を置いて考えているようだ。

「もしかしてだけど、磐田くんももらったんじゃないかな。灰色の封筒を」


「当たりです、結城くん。僕と弟にも一通ずつ入れられていたんです。でも差出人の名前も書いてなかったし、手書きじゃないから筆跡を調べるわけにもいかない。それで他に誰がもらっているのかを調べれば、手がかりになるんじゃないかと」

「そこで灰色の封筒をもらっておふたりにお話を聞けないか、と考えたわけです」

 田原が腰を低くしてふたりの顔色を窺っている。

 こいつ、いつもこんなに低姿勢だったのか。相手を立てる話し方は参考にするべきだろう。余計な角が立たないで済むしな。


「田原から、絵梨香ちゃんが出したんじゃないか、って聞いて机の中を探ったら出てきたってわけ。だから俺宛なんだろうって思っていたんだけど。なんだ、結城ももらっていたのか。磐田も兄弟でもらっていたんなら、浮かれた俺がバカみたいだな」

「いえ、少なくとも田中さんは差出人ではないんです。彼女も受取人のひとりだと、先ほど本人から伺いました」


「絵梨香ちゃんと話したのか。いいなお前、怖いもの知らずで」

「現役Jリーガーだと中学生とはいえ女子と親しくするのは難しいよね」

「まあな。うちは大卒の年齢までは恋愛禁止だ。どうせ高校生Jリーガーだと契約金や年俸はたかが知れているからな。絵梨香ちゃんとデートしたとしても、代金なんて払う余裕はないが」


「ねえ磐田くん。ゲーム実況とやらでお金が稼げるって耳にしたんだけど。どのくらいかな」

「プロ野球の契約金と年俸からすれば微々たるものですよ。最高で月に数十万、年で数百万ってところです」

「すごいね。ゲームをプレーしてお金が手に入るなんて」

「これでも機材にけっこう投資をしているんです。それでなんとか利益を生んでくれているだけだよ」


「佐伯くんはやってるの、動画配信ってやつ」

「あ、うちは配信するときはチームの許可が必要なんだよ。先輩方は許可を取って週に何本かアップして、小銭を稼いでいるらしいって聞いたな」

「ということは、結城くんだけなのか。でも、ということは俺と靖樹に手紙が来た理由って」


 田原が俺の言葉にピンときたようだ。

「なにかわかったのか、きよ

 俺の顔を覗き込んでくる。


「いや、まだだな。可能性のひとつとして、マスコミが俺たちを巻き込んでネタを作ろうとしているような気もするし」

「マスコミが。どうして」

 結城くんが意外そうな顔をしている。


「僕ら兄弟は別として、女子中学生アイドルに現役Jリーガーとドラフト候補投手だから、話題には事欠かないだろう。田中さんに恋人の影、なんてことになったら写真週刊誌あたりが飛びつきそうですからね」

「そうですね。僕は田中さんを知らないんですけど、確かにドラフト会議までに彼女がいましたとなったら指名しづらいだろうし。プロ野球だって人気商売だから、彼女がいる選手は素直に応援できないよね。アイドルにしても彼氏がいる女性を応援するのも難しいだろうし」


「マスコミが絡んでいたら危険が多いな。下手に接触すると、密会扱いになりかねない。磐田はすでに密会したほうだが」

「ええ、その意味ではまったくうかつでした。ただ、今回はマスコミが噛んでいたとしてもそこまで手が込んでいないとは思っているんですけど」


 マスコミの可能性を示唆した俺自身がマスコミ説を否定したので三人とも俺の顔を見てきた。




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