第30話 マスコミ対策だとしたら

「もしマスコミならどこかにカメラでもが仕掛けていないと、熱愛とか密会とか主張しづらいでしょう。それにもしカメラを仕掛けたのがバレたら出入り禁止になって田中さんの取材が今後いっさいできないことになります。絶対にバレない自信があるのなら別ですけど、マスコミが行なうにしてはリスクが高すぎます」

 僕の主張にはなんら根拠があるわけでもない。まだ状況証拠だけで憶測するしかないのだ。


「でもマスコミならそのくらいの演出はするだろう。片や中学生アイドル、片やドラフト候補投手ならこれ以上ないほどのスキャンダルだ。飯のタネとしては効率がいいと俺は思うがな」

 佐伯くんの言うこともわからないではない。


「ですが、結城くんは一年もしないうちに社会人になるから、稼げるとしても来年卒業するまでの短い間だけ。それと学園からの出入り禁止を天秤にかけると割が合わないはずなんです」

「今学園の出入りが禁止されると、今後絵梨香ちゃんの取材ができなくなるわけか」

 田原も状況を飲み込めたようだ。


「それにマスコミの協力者が学園内にいるとしたら、出席停止や停学のおそれもあります。くずもちは私立の進学校という建前があるので、経歴に傷をつけるようなまねをする生徒はまずいないと思いますので」

 本来ならこの予想どおりのはずなのだが、お金に目がくらんで協力してしまう生徒がいないともかぎらない。

「葛望大へそのまま進むか、佐伯くんや結城くんのように高卒で社会人になりプロに専念するようなら、あまり経歴を気にする必要はないんですよね。怖いのはそういう生徒がどれだけいるかです」


「マスコミが絡むとなると、この手紙はそのまま捨てたほうがいいようですね」

 結城くんはさりげなく提案してきた。

「いえ、処分するのはいつでもできます。とりあえず持っておき、マスコミが来たら牽制に使えばよいでしょう」

 それで追跡がやめばマスコミの仕業の可能性も出てくる。

「しかしスキャンダルを捏造するようなマスコミだとしたら、そんな牽制も意に介さないと思いますが」

 結城くんの言うとおりではある。


「そのとおりなのですが、なんの備えもないよりは有効でしょう。それに相手の反応次第で、どのマスコミが仕掛けたのかも判明するはずです」

「絵梨香ちゃんはどうしたんだ。彼女が今回のメイン・ターゲットだとすれば、彼女の対処が最も重要になってくるんだが」

「彼女の手紙には、高等部の生活指導室へ行けと書かれていたけど、場所がわからずマネージャーさんと一緒に学園長に提出したようですね」


「なんで学園長に渡す必要があるんだ」

「うちの学園長が彼女の所属事務所の社長だからですね」

 田原はすかさず話に割り込んできた。

「そこで、手紙を受け取った全員が学園長に提出するという手が考えられます」

 再び全員がこちらを見ている。


「仮にマスコミだったら、学園長が動いてくれれば有効だと思います。芸能事務所の社長が乗り出したと知れば、スキャンダル狙いのマスコミ、この場合はパパラッチに近いですけど、封じ込めるには最適でしょう」

「知らない間に熱愛をでっち上げられる危険が少なくなるってことか」

「それなら全員揃ってから行ったほうがいいんじゃないですか。磐田くんの弟さんも連れてきてさ」

「あ、今日なら俺も行けるわ。チーム練習は明日から二日間あるから、行くなら今日がいい」

「それではスケジュールを合わせて、今日一緒に行ける段取りにしましょう。田原、学園長のスケジュールを調べておいてくれないか」

「わかった。七限後には情報を揃えておくよ」


 そもそもなぜこの五人が選ばれたのだろうか。人気を集め始めた中学生アイドルの醜聞をでっち上げて、今発表したところでダメージは少ない。口止め料を学園長が払うとも思えない。

 現役Jリーガーの佐伯くんもプロチームの後ろ盾があるから口止め料もとれないだろう。

 秋のドラフト候補である結城くんはまだプロチームに入っているわけじゃないから事務所など所属していない。


 俺と靖樹もゲーム実況しているだけで、とくに事務所に入っているわけでもない。著名な配信者は芸能事務所と契約していると聞くが、俺たちに要請なんて来たことはない。

 そもそも動画配信といってもゲーム実況だから、視聴者が安定して確保できるものでもないのだ。それなのに広告収入の大半を事務所にとられたら、持ち分が減らされてしまう。

 まったく旨味がなくなってしまう。

 収入をきちんと確定申告していれば、とくに事務所が必要とも思えなかったからだ。まあテレビなどのマスコミから出演依頼でもあったら、交渉するのは難しいだろうが、そんな心配をするほど有名でもない。


 なるほど。ここで俺と靖樹にマスコミが噛んでくるのか。


 となると、手紙をもらった全員がマスコミ対策が必要だと判断した可能性もあるのか。マスコミが仕掛けたのではなく、マスコミ対策が目的だとすれば、俺たちに研修でも受けろという学園側からの通知なのかもしれない。

 でも、それなら高等部の生活指導室へ行け、という紙が入っていた人と入っていない人の差はなんだろうか。事務所やチームに所属している田中絵梨香と佐伯くんには入っていた。フリーの俺と靖樹そして結城くんには入っていなかった。


 とすれば、マスコミ対策をしたいんだけど、組織に所属している人には口頭で、所属していない人には説明会でも開くのだろうか。でもそれなら逆ではないだろうか。

 組織に所属しているのなら、そちらでマスコミ対策の講習は受けるはずだ。それなら呼び出す必要はないのだが。

 マスコミ対策をしていないほうをこそ集めて講習会を開くべきではないだろうか。

 ということは、この読み筋は違っているのだろうか。




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