第25話 聴取開始

 四限後の昼休み、弁当もそこそこに一階でやすを拾い、中等部校舎の入り口へやってきた。


「なあ兄貴、本当に絵梨香ちゃんに会えるのかよ」

「田原の手配だ。間違いない」

「田原さんなら確実だな。で、待ち合わせはここでいいのかな。目立ちすぎると思うんだけど」

 その田原の指定したのがこの場所なのだ。


「マネージャーが俺たちをつかまえて案内してくれるんだろうさ」

「絵梨香ちゃんのマネージャーかあ。どんな女性なんだろう」

「なにも女性とは限らんだろう。男性にだってマネージャーは務まる」

「でも女子中学生のマネージャーなんだから、身の安全を考えても女性になると思うんだけど」

 それもそうか。四六時中張り付くとすれば、女性の方が適格だ。


 考えを巡らせていると、黒いタイトスーツに運動靴を履いた女性が、黒いトートバッグを抱えて現れた。

「あなた方がいわきよ様と磐田靖樹様ご兄弟でいらっしゃいますか」

 黒く艶のある長髪を襟元で結いた女性の顔を見た。

「そうですが。あなたがマネージャーさんでしょうか」

「はい、そうです。私は平木と申します。時間もございませんし、さっそくご案内致します」

 言うが早いか、中等部校舎の受付へ向かっていく。俺たちもその後ろ姿に付いていった。


 受付から外来と書かれたネームプレートを受け取り、胸ポケットに取り付けると、スリッパに履き替えてスニーカーを手に持った。

 まるで当たり前かのようにすたすたと先に進んでいく彼女を見て、不思議に思った。あまりにも場馴れしすぎている。これまでにも面会が何件もあったのだろうか。

 階段も素早く昇っていき、四階の空き教室に入った。中等部にいた頃からこの教室を使ったことはなかった。

 外来と在校生の面会の場なのだろうか。それなら俺が使っていなくても無理はないか。


 空き教室に入ると、そこにはひとりの女子生徒が椅子に座って弁当を食べていた。

「絵梨香ちゃんだ。本物の田中絵梨香ちゃんだ」

 靖樹が感嘆をあげている。

「彼女がそうなんですか」

 平木マネージャーに尋ねてみると、彼女は頷いた。


「驚いたわ。あなたアイドルに興味がないのかしら」

「弟と違って、僕はテレビを観ないんですよ」

「勉強ひと筋なのかしら。でもゲーム実況をやっていると聞いていたけど」

「どこからその情報を」

 彼女がそれを知っているとは思えなかった。


「彼女にアポイントをとった田原くんから」

「ではこちらの用件もご存じなのですか」

「はい、絵梨香さんが高等部校舎で封筒を持ってうろうろしていた理由を知りたい、と」


「間違いありません。ではなぜなのかを教えていただきたいのですが」

「それがなにかの役に立つのでしょうか」

「何者かが私たち兄弟に同じ内容の手紙を同じ日に出したらしいのです。その理由が知りたい」

 平木さんは軽く眉根を寄せている。


「ごちそうさまでした」

 田中絵梨香が風呂敷を畳んでこちらへ振り返った。

「平木さん、あとは私が対応します」

「絵梨香さん、よく噛んで食べましたか。あまりがつがつ食べると太りますからね」

「お姉ちゃんの手作りなんだから、よく噛んで食べるに決まっているじゃないですか」


「そのお弁当、田中絵美子さんのお手製ってことでしょうか」

「そうだけど。お姉ちゃんを知っているの」

 田中絵梨香は驚いた顔をしている。平木さんが彼女を俺から引き離そうと体を割って入る。


「ああ、兄貴はお姉さんのほうが好みらしいんだ。僕は絵梨香ちゃんがいちばんだけど」

「ありがとう。えっと、お名前なんて言うんですか」

 その問いに靖樹は赤面している。

「あ、僕は靖樹。磐田靖樹です。あちらが兄の磐田清樹」

 田中絵梨香の目線がこちらに向いたので、小さくおじぎした。


「お兄さんのほうは、うちのお姉ちゃんのファンでいいのかな」

「はい、世界一のボーカルでしたから。おそらく今でもファンは大勢いると思いますよ」

「そうなのよね。私がいくら頑張っても絵美子さんの妹って言われるくらいだから」

 彼女は複雑な感情が入り混じった不思議な顔をした。


「でもお姉ちゃんはもう引退したから。今は私を応援してくれているの」

 いくら頑張ってもしょせん中学生だから、どうしても姉と比べられてしまうのだろう。それが彼女の負い目でもあるわけか。

 これ以上お姉さんについて触れないほうがよさそうだ。


「平木マネージャーのお姉さんは超有名女優なんだよ。今じゃお姉ちゃんより知名度高いんじゃないかな」

 平木なんて有名女優さん、いたっけ。

「絵梨香さん、その話は関係ないでしょう」

「道理でマネージャーさんって美人なんですね。お姉さん誰だろう」

「だからその話はおしまい」


 まあ雑談をしている暇はない。ここに来た時間を考えていなかった。

 すでに三分は過ぎているだろう。このペースで進めたら、聞き出す前に昼休みが終わってしまう。


「それで田中さん、君が昨日高等部校舎で封筒を持ってうろうろしていた理由を知りたいんだ。君が持っていた封筒って茶色の三つ折り封筒かな」

「ええ、そうですけど。それがなにか」


 これはすんなり情報を聞き出せそうだ。




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