第二部 推理

第四章 聞き込み開始

第20話 教育先進校

 現代文の授業を聞きながら、学園指定の中編・短編小説をタブレットPCで読んでいる。入試では小説全体の要約も必要になるから、授業で行なう一部分の解釈だけでは意味がないからだ。

 くずもち学園は教育先進校として、さまざまな教育方法が先行して導入され、テストされている。


 国語教師はいちおう国指定の教え方はするものの、それを聞いているのはごくわずかだ。

 残りの大多数は青空文庫を読んで小説を要約し、どういう感想を持ったかをリストアップして毎時間提出することになっている。苦手な生徒が教師の話を聞いているくらいだ。

 だから、授業中に生徒が当てられることもなく、先生の声と電子黒板を走るペンのこすれる音だけが淡々と続いている。

 どうやら今日は谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』をやっているらしい。谷崎特有の言い回しが読解の難易度を高めている一作だ。俺は二年生のときにプリントを提出しており、だいたいの内容も把握している。


 後ろの田原はなにをやっているかわからないが、隣の長田もタブレットPCで青空文庫を読んでいるらしい。先生指定のプリントにシャープペンシルで次々と書き加えていく。


 現代文はとかく重箱の隅をつつくような出題をされるが、それではその作品の全体を理解したとはいえない。

 全体を把握してどう感じたのかを重視する教育方法が国に提案されてから日も浅い。しかし葛望で試してみようと決まるのは案外と早い。

 さすが教育先進校だけあって、タブレットPCを全生徒に配布する試みも全国に先立って試験導入されたのは葛望である。

 田原から聞いた話では、学園長は教育出身者ではなく、実業家だという。学園に付加価値を足して、より高度な人材を募ろうと、政治家に働きかけて「教育先進校」としたらしい。

 おかげで全国初の全室でエアコン、テレビモニター、電子黒板、Wi−Fiが完備されている。

 朝礼も生徒はエアコンの効いた教室で席に座って臨み、テレビモニターに校長が映って進められていく。しかもいつでも水が飲めるよう水筒やコップを持って参加してもよい。これなら熱中症や貧血で倒れる生徒は皆無だ。


 校舎の至るところに監視カメラが設置されているが、プライバシー保護の観点から、閲覧は資格を持った教職員に限られる。

 もし俺とやすに手紙を出した人物を特定しようとすれば、その有資格者に映像を見せてもらうのが手っ取り早い。

 だが生徒からの申請で閲覧が許可されるのは、なにかを盗まれたときとケンカや体罰が発生したときくらいである。

 今回のように手紙を入れた人物を探したいという理由での閲覧は認められないだろう。門前払いされる可能性が高いものの、いちおう申請だけはしておくか。

 万一許可されれば、差出人がすぐにわかるはずだ。よし、次の休み時間に職員室へ行こう。

 そうと決まれば、今読んでいる夏目漱石『夢十夜』をさっさと読み進めてしまおう。




 職員室へ行って担任の焼津先生に話しかけた。

「焼津先生、監視カメラをチェックできませんか」

「どうしたいわ、ケンカでもあったか」

「いえ、私と弟の机によくわからない手紙が入っておりまして。誰が入れたのかがわかれば理由も聞き出せるのではないかと」

 先生は首をひねっている。まあこの理由だとすぐに結論は出そうにないな。


「ちなみにいつどこの話だ」

「うちの教室で昨日の一限と三限です」

「たしかその時間教室は使っていなかったよな」

「はい。ですので誰が入れたのかは防犯カメラの映像を見ればすぐにわかるかと」

「俺の一存では決められないな。あとで生活指導の豊橋先生に聞いてみよう。今日は豊橋先生が監視カメラのチェックもしているから」


「生活指導っていろんなことをやるんですね。生徒を指導するだけじゃないんですか」

「ああ、いちおう中等部と高等部にそれぞれ生活指導担当の先生が三人いるんだけど、交代で全校の監視カメラをチェックしているらしいからね。まあ申請があったときだけだから、日常業務にはあまり障らないらしいんだけどな」

 そんなに激務なら、やはりこの申請は通らないだろうな。


「わかりました。豊橋先生に負担をかけてもいけませんし、この問題はこちらでなんとか致します。焼津先生、お忙しい中だご対応いただきありがとうございました」

 丁重に謝辞を述べて一礼し、職員室を後にした。




 教室に戻ろうとしたとき、職員室の外で田原と長田が待っていた。

「考えたな、磐田。監視カメラを見れば一発ってわけだな」


 つい左手で後頭部をさすってしまった。

「いや、豊橋先生の手を煩わせるのもなんだから、俺と靖樹だけで探してみるさ」

「確かに生活指導の豊橋先生って、いろんなところで見るよな」

「いったいいつ休んでいるんだろうな」

「生活指導は中等部と高等部にそれぞれ三人いるらしいから、交代で働いているようなんだけどね」

「それでも生徒の数の割には少ないよな。うちは一学年百五十名前後だから、最低でもあと一人ずつ欲しいところだよな。そうしないと平日になかなか休めないし」

 その言葉を聞いてあることを思い出した。


「そういえば、学園長室前の目安箱に意見を投函すると、学園長が善処してくれるって言ってなかったっけ」

「そうだ、思い出したよ。今の環境が快適で忘れていたけど、目安箱があったな」

「それを使って手紙の主を探せば楽勝だな」

「いや、そういう使い方は無視されるだろうさ。学園の運営にかかわることじゃないんだし。生活指導の人員を増強してくれるように頼むんだよ」

「磐田、お前本当気がまわるよな」


 もし豊橋先生の手が空いていたら、監視カメラが使えたわけだから、この請願はのちのちのためにもなるはずだ。




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