第35話 有名だから?
まず九百人と五名との差を考えてみよう。
他の人とはなにかが違う五名。
なにかあるとすれば「有名」であることだろうか。
田中絵梨香は現役アイドルだから知らぬ者は俺くらいなものだろう。佐伯くんは現役Jリーガーだからやはり有名だ。結城くんも今秋のドラフト会議での指名挨拶を受けるほど。そして俺たち兄弟はインターネットでだけなら有名である。
しかし他にも有望な部活動はあるし、テレビのクイズ番組で優勝したチームもいる。そこら中に有名人がいる学園なのだから、単に「有名」であるだけでは絞り込みには適さない。
そうなれば他にもなにか五名だけの共通点があるのだろう。
もしかしたら他にも灰色の手紙を受け取った人がいるのかもしれない。逆にいえば、なんらかのことをしたから、またはしなかったからこの五名に手紙が来たとも考えられる。
他の人はしていて俺たちはしなかったこと。他の人がしなかったことを俺たちがしていた。
なにかがわかりそうなのだが、どうも思考が堂々巡りを始めてしまう。
有名な探偵になりたければ、こういうところで踏みとどまって真実への糸口を見いだせなければならない。いや、俺はゲーム実況で生計を立てたいと思っているのであって、探偵になるつもりはさらさらない。
そもそも知識の絶対量が足りていないのだ。
知っていることといえば高三までの勉強の内容くらい。あとはゲーム実況で得た知識くらいなものだ。
初心に立ち返ったところで、九百名と五名との差について、他にないか考えてみよう。メディア露出があるかもしれない。
こちらもクイズ研究会に手紙が渡っていないのが気になるが、アイドルの田中絵梨香と現役Jリーガーの佐伯くんは事務所やチームでメディア対応の講習は受けているだろう。
しかしこれからプロになろうという結城くんや動画配信をしているけど事務所に所属していない俺たち兄弟はメディアに対する講習は受けていない。
いや待て。
それなら俺と
そしてすでに行なわれている田中絵梨香と佐伯くんに手紙を出す必要もない。
近づいたようでいて、また少し離れてしまったかもしれない。
まだなにか足りないものがあるようだ。クイズ研究会に手紙が渡っていないのなら、メディア対応の件はあまり考えなくてもよいだろう。もしかすればすでに手を打ってあるのかもしれないのだから。
ただ、それなら田中絵梨香に手紙が来た理由が思い浮かばない。なぜ中等部三年の彼女を高等部校舎の生活指導室なんぞに呼び出そうとしたのか。
意外とそこから解決が導かれるのかもしれない。
考えが煮詰まってきたようだが、九百名と五名との差をまず解き明かすべきか。それとも五名とふたりの差を解き明かすべきか。実に悩ましい。
そもそも手紙をもらったのが本当に五名だけなのか。他にもいて、田原の情報網に引っかかったのがたまたま五名だけだったのか。つまりまだ手紙をもらった人がいるのではないか。
そこをはっきりさせれば、手紙をもらった人物の関係性がすべてはっきりとする可能性がある。だから、いると仮定して考えておくべきだろう。
もしクイズ研究会にも手紙が渡っているのだとしたら、やはりマスメディアに関連していたことになる。
しかし厳密にいえばインターネットの動画配信はマスメディアではない。
不特定多数が見るテレビのようなマスメディアとは異なり、観たい人だけがWebサイトで観るだけだからだ。そしてわが学園でも俺たち以外で動画配信をしている生徒が少なからずいるようだ。
ただ、誰と名前まで割れているのは俺たちだけだ。だから手紙は俺たちにしか来なかったのかもしれない。これも他の配信者が手紙を受け取っている可能性を示唆する。
やはり今回の出来事は氷山なのだろう。耳目を集めたのがその五名であり、他に渡った人たちも確かに存在する。それがどれほどの規模なのかはわからない。
ゆえに氷山なのだ。
見えていないところのほうが大きいほどである。
であれば、手紙に受取人の共通項を探るのは難しい。もちろん知ることのできるかぎりの人名がわかれば、そこに共通項を見いだすこともできるかもしれない。だが、そこまでやっても見えてこない場合もある。
今回のような謎めいた出来事であれば、差出人の動機次第で広がりを突き止めることもできるはずだ。
すべては他の受取人がいたかどうかと、どういう種類の人たちかで共通項も見いだせる。
それでは七限の終わりまでに差出人を突き止めるのは不可能だろう。
だからこそ、なぜ手紙を出したのか。差出人や、受取人が選ばれた共通項を探すよりも、理由を突き止めるほうが早いかもしれないのだ。
田中絵梨香と結城くんを付き合わせたかったから。これが今のところいちばん確率の高い理由ではある。
それだけのために他に三名の人物に手紙を出して他の生徒を撹乱した。
しかし田中絵梨香は学園長である芸能事務所の社長へ手紙を渡し、佐伯くんはチーム練習を優先して行かなかった。
これで差出人の思惑は潰えたわけだから、おそらく第二弾の手紙が送られてくる可能性もある。
六限が終わったらふたりに確認してもらうか。
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