第34話 九百名のうちの五名、五名のうちの二人
数学の演習問題が三つ、タブレットPCに転送されてきた。これを素早く解かなければ推理を働かせられない。
微積分だがすでに予習していたところなので、数式をスラスラとスタイラスペンで入力していく。コピー用紙やノートのようにスラスラとは書けないまでも、そのもどかしさが逆に頭を冴えさせた。
すでに頭の中に完成された数式が浮かんでいないかぎり、入力にクセのあるタブレットPCで文字を入力するのは難しい。
一問解き終えるごとに教師のPCへ解答を転送した。教師は逐次送られてくる解答をチェックする。
数式の判定にはAIが用いられており、教師はそのチェックが間違っていないかを確認して送り返すのだ。
一問目はすんなり正答できた。すぐさま二問目にとりかかる。こちらもすんなりと解けた。しかし三問目はやや難渋した。だが推理を早く始めたいので、なんとか数式の展開を考え続けた。
ようやく三問目を解き終えて転送し、正答を知らせる通知が返ってきた。これで今日の授業は聞かずともよい。
推理に戻ろう。
受取人に選ばれた人物を分析してみることにする。ただ、自分のことを冷静に推理するだけの公平性は俺にはない。だからまず良く知っている
靖樹は高等部一年で化学が得意だ。将来は化学者を目指していたようだが、本気でゲーム実況を仕事にしてもいいと考えているようでもあった。
父さんと母さんは靖樹を一人前の教授にしたいと思っている。
であれば、父さんや母さんが靖樹をゲーム実況から離れさせるために手紙を入れた。
いや、さすがに大人が学校でうろうろしていたら誰かが気づくはずだ。
となれば父さんや母さんが学生の誰かをつかまえて、靖樹の机に入れさせた。
だが、もし父さんや母さんがあの手紙を入れたのなら、俺にも入っていたのは理解できるが、田中絵梨香や佐伯くん、結城くんに同じ手紙を出す理由がわからない。
ということは父さんでも母さんでもないだろう。
他に靖樹の友人関係はどうだろうか。たとえば靖樹から収入をかすめ取ることを意図していたとか。
いや、それでも他の三名につながるとは思えない。
では靖樹の恋愛をサポートしたい人がいるとか。それなら田中絵梨香に手紙が届いた理由にもなる。
だが佐伯くんや結城くんとの関係性は見いだせない。
素直に考えれば、ゲーム実況にうつつを抜かす高一よりも、現役Jリーガーや将来のプロ野球選手と結婚させたほうが彼女のためだろう。
であれば、靖樹の線から考えると差出人が思い浮かばない。
では件の田中絵梨香を考えてみようか。中等部三年で現役のアイドルである。うちの学園は私立であり、名を売るためにも芸能活動を推進してきた。彼女の姉も十二歳差だがわが校の出身の一期生である。
聞いた話では、日本一の名女優である辻本リウもわが校の出らしい。
彼女の場合は芸名なので、本名はわからないが。
だから芸能人だからといって近寄りがたいわけではない。彼女にマネージャーが付き従っていようとも言い寄る男どもは数多いだろう。
であれば彼女を呼び出したい男連中なら、手紙を出す動機がある。
だが、靖樹同様、他の生徒を呼び出す理由がわからない。
彼女と付き合いたいのであれば、彼女だけを呼び出せばいい。そのために高等部の生活指導室へ行けと書いたのかもしれない。
であれば、同じ場所を指定された佐伯くんが怪しくなる。他の三名には行き先を示されていない。
となれば、生活指導室にふたりを呼びつけて仲を取り持とうと考えた人物がいたのではないか。他の三名はそのための駒だった可能性がある。
だが、彼女は生活指導室には行かず、学園長つまり事務所の社長に手紙を渡した。つまり仲を取り持つ計画は失敗したのだ。であれば、近日中にまた手紙が出される可能性がある。
これでひとつめの動機にたどり着いた。
佐伯くんについてはファンレターだと仮定すれば、他四人への手紙が意味をなさない。
彼宛のラブレターだとしても、やはり他の四人は意味がなくなる。
だが生活指導室へ行けという文面が付いており、田中絵梨香で考察したように、佐伯くんと彼女を付き合わせたい何者かによる可能性がきわめて高い。
しかし、佐伯くんはチーム練習があるため生活指導室へは行っていない。であれば、やはり近日中に同じような手紙が来るだろう。
結城くんはなぜ手紙をもらったのだろうか。ファンレターであれば同じ文面で五名に出す理由がない。ラブレターなら続きがあって然るべきだ。だからこれが五名に出されたラブレターなのであれば、後日また送られてくるはずである。どんな基準で五名が選ばれたのかが謎のままだが。
高等部校舎の生活指導室へ行けという指示がなかった結城くんと俺そして靖樹に共通点があるのだろうか。
いやそもそも手紙が出された五名には共通点があるはずなのだ。
そのうえで、田中絵梨香と佐伯くんにだけ生活指導室へ行くよう指示がなされた。
ふたりは選ばれた五名の中からさらに選ばれた存在なのだ。
そう考えると納得がいく。
しかしなにによって選ばれた五名なのか。全校生徒九百人と五名との差。
そしてその五名とふたりの差。これがわかれば謎はすべて解けるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます