第33話 誰が入れたか
六限は数学だ。予習していたところなので、聞かなくても内容は頭に入っている。今は授業よりも、灰色の手紙の差出人を考えなければならない。
そういえば田原は野球部のドラフト候補投手・結城くんのファンクラブの会長を務めていると聞いたことがあったな。手広くやっているせいで失念していた。
であれば結城くんと田中絵梨香を付き合わせようと仕向けている可能性もあるわけか。
そのカモフラージュとして他の三人が選ばれたのだとすれば、いちおうの筋は通るかもしれない。
だが、おそらく田原は今回の出来事に絡んでいないはずだ。
もちろん情報収集をしてもらった以上、まったくの無関係とはいえない。
でもそれ以上の役割を果たしているようには思えないのだ。
そもそも田原に関連があるのだとすれば、おそらく結城くんを前にしてあれだけ素直に話せないだろう。本来なら手紙の仕掛けのことを結城くんに知られるのを恐れるはずだからだ。
その動揺や怯えを抱いているようには見えなかった。
田原を疑ったからには俺自身も疑わなければならない。
俺には、俺がこのような手紙を作成して配り歩いたという記憶はない。
なにか記憶のないところで動いていたかもしれない。
動いていないと断言するだけの状況証拠もないだろう。
いや、田原なら証明できるかもしれない。昨日は登校して教室に着いてから帰宅するまで、多くの時間を田原と共にしていた。
だが、登校時間よりも前に来ていて、中等部校舎に忍び込んだとしたら。
いや、俺には田中絵梨香のクラスや座席がわからない。彼女は登校してすぐに手紙を発見しているのだから、入れられたとしたら一昨日の放課後もしくは昨朝早々ということになる。
その時間の俺のアリバイを証明しなければならないわけだが。俺が自分のアリバイを証明するのは難しい。
田原の情報網を駆使すれば、この件での俺の関係が明らかになるだろう。
だから、もし俺がなにかをしていたら、田原が指摘してくるはずなのだ。
それがないということは、俺は記憶していようがいまいが手紙を入れてはいないのは確定だろう。
あいつは高等部一年だから、三か月前までは中等部校舎で生活していた。
つまりつてがある。
だから中等部に入り込むのも、俺たち高三よりも抵抗は少ないだろう。
たとえ入れなくても中三の生徒に田中絵梨香の机へ手紙を入れてもらい、俺と佐伯くんと結城くんの机にも入れたのだとすれば。少なくとも俺の机はクラスメートに聞けばすぐに教えてくれるだろう。実の兄の机だからだ。
俺と靖樹が兄弟であることは生配信を観ていれば知っているはずである。
しかし佐伯くんや結城くんの机を見ず知らずの低学年に教えるものだろうか。
それなら目立つはずだし、田原の情報網に引っかからないはずもない。そうなれば靖樹が入れるとしても高三の誰かを仲介者にしなければ難しい。
田中絵梨香が手紙を入れるチャンスもないと見ていいだろう。彼女は灰色の封筒を持って高等部校舎をうろうろしていた。それは事実のようだ。
しかし学校の行事以外では平木マネージャーが付き従う。もし田中絵梨香が手紙を入れてまわったのなら、マネージャーが把握していないはずはないのだ。
であれば、昼休みにふたりに会ったとき、なんらかのリアクションがあってもよかった。しかしそれがなかったのだ。
つまり田中絵梨香だけでなく平木マネージャーも手紙を入れていないと断定できる。
もちろんアイドルとして俳優業もしているから、田中絵梨香を額面通り受け取るのはいささか危険ではある。
しかしアイドル女優の演技に騙されるほどうぶではないとの自負がある。平木さんほどの女性の演技なら騙されるかもしれないが。
そうなれば残るは佐伯くんと結城くんということになる。ふたりとも手紙をもらったと騒いだところを見せていなかったようだ。そもそもファンレターはもらい慣れているため、その中の一通としか認識していなかったのだろう。
だから昼休みに田原の情報網でようやく発見できたのだ。
名乗り出なかったのは、もらい慣れたファンレターのひとつだと認識していたからなのか、自ら手紙を入れたことを隠したいからなのか。
しかし田原の中等部の情報網でもふたりが中等部校舎に入ったという情報はなかった。また、誰かがふたりに頼まれたとしても、おそらく情報網に引っかかるだろう。
ただ、田中絵梨香もアイドルである以上、ファンレターをもらい慣れている可能性もある。だから佐伯くんや結城くんからの手紙もファンレターのひとつとして処理されそうだ。
それを隠すために、あえてあのような差し障りのない文面になったのではないか。
差出人から特定しようとすると、どうしても堂々巡りにハマってしまう。
ここは考え方を変えたほうがいいかもしれない。
誰が受取人に選ばれたのか。なにを目的とした手紙なのか。
そちらから攻めれば差出人に行き当たるのではないだろうか。
だが、とっかかりがないのも事実だ。
ラブレターか、ファンレターか、マスコミ対応か。他にもなにかないだろうか。
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