第39話 ふたつの代替案

 七限は英語だった。タブレットPCにヘッドセットを接続してリスニングとスピーキングを中心に学んでいく。まずリスニング問題を聞き取り、答えをマイクに向かって話す。

 そして液晶に表示された日本語を英語に直してマイクに吹き込む。判定はAIが行ない、その結果を教員のPCで受け取って学習レベルを測るのだ。

 慣れてくれば、時間を半分残して課題が終了する。長引く生徒のために、課題はタブレットPCに保存され、自宅で補習するのだ。


 俺はすべての問題を解き終えると、さっそく手紙の謎について考え始めた。


 差出人にも複数の候補がいるのだが、ひとりの生徒が入れてまわったとは考えづらい。

 中等部三年の田中絵梨香は高等部校舎に入って見ず知らずの七名の机を特定して入れなければならない。

 逆に高等部生が中等部の田中絵梨香の机に入れるのも難しい。

 中等部生の誰かに頼めば入れてもらえるだろうが、入れられたのはおそらく放課後か登校前のはずだ。その時間に手紙を入れるだけの時間的余裕のある生徒はまずいない。

 大半が部活動を行なっているか帰宅しているだろう。


 であれば複数の生徒が手分けして入れたのだろうか。

 だが誰がどうやって指示を出したのか。また指示された生徒がいるのなら、田原の情報網で話題にのぼれば、普通なら名乗り出て理由を説明するはずだ。

 それがないということは、入れた生徒は少なくとも中等部にひとり、高等部にひとりいるのだろうか。

 だが、高等部ではやすだけが一年生で、残りはすべて三年生である。高等部三年生であれば六名の座席の位置を知るのは難しくないだろう。

 であれば高等部三年の中に手紙を入れた人物が含まれている可能性がある。

 そして中等部三年と高等部一年へは机に手紙を入れてくれるよう頼めばいい。


 問題があるとすれば、なぜあんな手紙を入れる必要があったのか、だ。

 弱みを握って金品を脅し取ろうというのだろうか。くずもちでそんな犯罪が行なわれるとは考えたくないが、可能性もなくはない。

 だが、呼び出しを受けた田中絵梨香と現役Jリーガー、クイズ研究会の三名はそれぞれ理由があって指示された生活指導室へは行っていない。だから被害はとくに出ていないのだ。であればもう一度同じ内容の手紙が送られているかもしれない。

 いや、もし脅迫者なら一度失敗したことを二度も行なうだろうか。

 通常ならアプローチの仕方を変えるだろう。そのほうが成功する確率が高いからだ。

 今はその方法を吟味するためにリアクションがないのかもしれない。

 葛望の脅迫者。多少雑だが、代替案のひとつにはなるだろう。


 もしひとりの人物が八名すべての机に手紙を入れていったとすれば、高等部校舎にいても中等部校舎にいても不審がられない人物ということになる。

 これは俺が最も確率が高いと思われる差出人を示している。だが目的は違うのかもしれないが。

 まずマスコミ対策をするために呼び出したのであれば、すでに各所でマスコミ対策の講習を受けているはずの五名を招く意味がない。

 俺たち兄弟とドラフト候補の結城くんがマスコミ対策をしていないのだから、生活指導室へ呼び出すのはこの三名であるべきなのだ。

 であれば、マスコミに対してなにを話したのか。葛望についてなにを話したのか。それが知りたいのかもしれない。

 それなら、マスコミ対策の講習の妥当性を評価できる。

 葛望の広報班。やはり雑だが、これも代替案のひとつにはなるだろう。


 どちらの代替案も、本命を超えるものではなさそうだ。

 おそらくあの手紙は、ある目的のために用意されたもので、それが直近で必要だったのが、田中絵梨香、佐伯くん、クイズ研究会三名の計五名。

 そのあとで俺と靖樹そして結城くんにも同じ目的で接触してきたと考えられる。

 おそらくだが、俺たち兄弟と結城くんはすぐに必要になるわけではないのだろう。だから呼び出しの一枚が入っていなかった。

 だが、いつ手紙が来るかわからないし、かといって内容がストレートすぎると悪用されかねない。

 だからあえて差し障りのない文章にしたのだろう。


 本命ひとつと代替案ふたつ。

 これだけでも正答率は高まったわけだが、他に見落としていることはないだろうか。

 中学生アイドルと現役Jリーガーとクイズ研究会のグループと、俺と靖樹とドラフト候補のグループ。さらにいえば、この八名以外との差がどこにあるのか。なぜ上流生徒が誰も呼び出されなかったのか。


 ここがクリアになれば、手紙の謎は完全に解明されることになる。

 まあそれぞれ家庭の事情があるとは思う。だが、公平性は担保されないだろう。それを承知で手紙を出したのであれば、学園側の不手際だといえる。

 まあ先に渡した八名がうまくいけば、それを足がかりに実施した可能性は残るだろう。

 そう信じることで、かえって学園側を信用する源ともなる。

 信用を得たければ相手を信用すること。そこから始まらなければ信頼関係など築けるはずもない。

 まず生徒に信用を求めるのは間違ったアプローチだと思うが、信頼できる関係になりたいと考えるのは理解できる。


 そう、これは学園側と生徒側の信頼の問題だったのだ。




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