第42話 生活指導室
生活指導A号室に集まった僕たちは、結城くんと学園長を待っていた。
すると結城くんが駆けつけてきた。
「監督とコーチの許可はとってきました。学園長はまだですよね。お待たせせずに済んでよかった」
「とりあえず空いている席に座ってください。学園長はじきに参ります」
豊橋先生がそう伝え終わると同時に、学園長は前方のドアから入ってきた。
「お待たせ致しました、豊橋先生。そして生徒の皆さん。あ、絵梨香くんと平木くんも一緒ですか」
全員が立ち上がって学園長に一礼した。
「皆さん、どうぞお座りください」
腰を下ろすと、学園長は豊橋先生に合図を送った。豊橋先生が電子黒板の前まで歩いていく。
「皆さんは学業以外で収入を得ている、またはこれから得る方々です。大金を得て人格が豹変する方もおられます。わが校ではそのような悲劇を起こさないために、本年からお金の管理の仕方を皆さんにお伝えすることとなりました」
「それって私が事務所で受けた講習と同じですか」
「学園長から指示されて小冊子にまとめております。大筋では同じだと思いますが一緒にご確認ください」
そういうと豊橋先生は電子黒板の隣に積み上げられている小冊子を取り上げると、一部ずつ配って歩く。
表には『収入を得た日から』というタイトルが書かれている。
ということは、やはり大きな収入を得た者から順に、管理術や資産運用などを教えるつもりのようだ。
「私は本はもらっていないんですけど、習った内容と同じでしょうか」
田中絵梨香が平木マネージャーに尋ねている。平木さんは小冊子の目次を眺めて、パラパラとめくってみた。
「そうですね。おそらく同じ内容だと思います。絵梨香さんが若いので、きちんと憶えているかを事務所は確認したかったのかもしれませんわ」
「そうなると、預金と金と株式と債券のバランスがってことですね。ちょっと難しかったんですよね、あの内容は。今はほとんど貯金していますけど」
「兄貴、株式はなんとなくわかるけど債券ってなんだろう」
「順を追って説明しよう。まず預金は銀行などの金融機関に現金を預け入れること。金は現金を金属の金に交換して保有すること。金は価値が完全に失われたことのない資産だから安全性が高いとされる。銀行預金はその銀行が潰れたら終わりだけど、金として保管していれば安全というわけ。で、株式は価値がなくなることもあるけど、企業の業績や魅力によって価値が変わる。いささか博打の要素が強いんだけどね」
「へえ、よく知っているな。で債券ってのはなんなんだ」
佐伯くんが忌憚なく聞いてきた。
「債券っていうのは、国や企業などが資金を借り入れるために発行するもので満期まで返却されないけど、利息が高いのが特徴ですね。もちろん企業の債券は価値がゼロになることもなくはない。国が発行するのが国債で、こちらは日本国が発行するから、国が元利をきちんと返却できないとデフォルト、債務不履行になっていわゆる倒産することになる」
「なんだ、債券もかなりの博打なんだな」
「まあだいたいだけど、安全性から考えれば、金資産、現金、債券、株式の順になるかな」
「へえ、磐田くんは金融知識も豊富なんだな」
学園長は素直に驚いている。
「いえ、知識を問うならクイズ研究会の皆さんには及びません」
「では君は稼いだお金をどのように運用しているのかな」
「いえ、運用はしていません。田中さんと同じく貯金しているだけですから。必要経費で機材を買い揃えている以外は」
「磐田くんなら小冊子を渡すだけで済んだかもしれないな。まあ弟くんはきちんと教育したほうがよさそうだが」
「私の知識より、やはり社会人から直接教わるほうが有意義なときもあります。とくに投資を推奨されても、一度も投資をしたことのない人からではなにも得られません。そういう意味では学園長の経験談もお伺いしたいところですね」
「どうやら君とは話が合いそうだね」
学園長はニコニコしながら俺を見つめている。
「そういえば磐田くん兄弟はどこの芸能事務所とも契約していないんだとか。どうかね、私たちの事務所に入ってみないか」
「え、兄貴。僕たち絵梨香ちゃんと同じ事務所に入れるの。それなら僕たち入ります。入っていいよね」
「いえ、まだ契約するのは早いですね。まずこれから先も稼げるかわからない。それにあと何年ゲーム実況を続けられるかもわからない。大学へ進めば環境も変わるでしょうし、親からはまともな企業に就職するように言われていますから」
「なるほど。磐田くんは動画配信に限界を感じ始めているようだね。私たちの事務所に入れば、懸念どおり収入はいくらか減るだろう。でもピークを過ぎてもある程度の収入を保証することもできるし、うちの関連企業への就職を斡旋することもできる。フリーランスで動画配信をするよりもよほど生活の安定を得られると思うのだが」
「学園長、考えておきます。いくらか収入が落ちても、安定しているほうが投資としては有効ですからね」
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