夏も間近な空騒ぎ

カイ艦長

第一部 発端

第一章 謎の手紙

第1話 謎の手紙

 高校生活最後の六月となり、授業を終えた俺は帰宅するため、机の中から教科書とノートと筆記具、そしてタブレットPCをカバンに入れていた。


「ようきよ、進路は決まったのか」

 悪友の田原が声をかけてきた。席は俺の後ろだ。授業が終わるといつも話しかけてくる。

「進路ねえ。まあゲーム実況を仕事にしてもいいかなと思っているんだけど」


「お前なあ。それ先生に報告してあるのか。うちの学校は生徒が金儲けしているのを一円単位で把握したいはずなんだがな」

「別に学校に迷惑はかけていないだろう。他の生徒も親から小遣いをもらっているんだから、それをすべて学校へ報告しているとでも言うのか」

 ちょっとトゲのある返しだったが、田原は気にもとめなかった。


「小遣いと動画配信収入は比べものにならんだろう。聞くところ、中等部の田中絵梨香もアイドルの収入は全額学校に報告しているらしいぞ」

「アイドルねえ。どうせ学校を有名にしてくれているから、広告塔として持てはやしたいだけだろう」

 わが校は意外と有名人を多く輩出している名門校でもあった。

 俺のいる高等部にはアイドルや著名人はいない。だが、中等部三年に件のアイドル・田中絵梨香が在籍している。

 わが校の卒業生で国民的歌手と呼ばれた田中絵美子の年の離れた妹であり、中学生アイドルだが実際、姉の七光りと噂されていた。

 歌はアイドルをしているだけあってうまいとは思うが、全国民を魅了した姉ほどの歌声ではなかったからだ。


 田中絵美子は昨年交通事故に遭い、見知らぬ男性が彼女を救い出そうとして身代わりとなって大型トラックに撥ねられ行方不明となった。

 もちろんそれは田中絵美子のせいではないのだが、彼女はそれを理由にして芸能界から引退した。今でも彼女の復活を望んでいる国民は数多いた。


 話しながら机の中身を次々とカバンにしまっていくと、中に見知らぬ灰色の封筒が入っていることに気づいた。

 家で今日の授業の教科書とノートをカバンへしまっていたときには、こんな封筒はなかったはずだ。


 ファンレターだろうか。まさかラブレターとか。いやさすがにそれは考えすぎか。


 急に動きが止まった俺を不審に思ったのか、田原が後ろから声をかける。

「どうした、なにか思うところがあるのか。中等部アイドルも収入の申告をしているのだから、お前もそろそろやらないと駄目だと気づいたのか」

「いや、正直俺もいくら収入があるのか把握していないからな」

 気づかれないように封筒をそっとカバンにしまった。

「じゃあ一億円くらい稼いでいるとか」


「さすがにそこまではないはずだ。月に数十万だと思うから、年でも数百万程度じゃないかな」

「それ、さすがに小遣いでもらっている生徒なんてそんなにいないだろう。上流生徒ならわからんが」

「その上流生徒は学校にお小遣いを申告していないはず。であれば、俺が申告する理由にはならないな」


「さっき担任が言っていただろう。収入がある人は生活指導の先生に申告するようにって」

「豊橋先生ねえ。なにをするための先生なのやら」

「生徒の収入を把握して、地道な生活を送らせようって腹だろうな」

 ちょっと言い訳をしたくなった。


「そもそもゲーム実況って機材に金がかかるんだよ。パソコンにHDMIスイッチャーに音響機器にマイク、ウェブカメラ。それに最新のゲーム機とソフト代。これらで収入の多くが消えていくからな」

「でも好きなゲームをプレイしてお金が稼げるなんて夢のような話だよな。俺もゲーム実況始めようかな」


「やめとくんだな。ファンが付けば儲かるが、始めた当初は大赤字だ。よほど有名にならないと割に合わない」

「それでよく人気のゲーム実況にのし上がれたな。お前のトーク力がよかったんだろうけど」

「トーク力って、あれ、ほぼアドリブだぞ。たいしたものじゃない」

「いやいや、あれだけしゃべれたらファンが付くだろう」

「チャンネル登録者数は確かに高いけどな」


「今度お前のゲーム実況に俺も参加させてくれよ。そのためにならなにか暴露してもいいんだがな」

「お前の暴露はしゃれにならないからな。よくそんな情報を集められるものだ。勉強に忙しい年齢とはとても思えん」

「情報収集は試験対策にも通用するからな。俺はうちの大学へエスカレーター式に進学する予定だから、受験勉強よりも日頃のテストの積み重ねで推薦がもらえる」

「田原はそれでいいとして、俺はどうするかな。やはり初心どおりゲーム実況を本職にしてみようか。今の人気を手放したくないしな」


「大学へ通っても続けられるんじゃないか」

「大学ってサークル活動しないのならあまり魅力はないからな。大学にゲーム実況サークルでもあれば興味を持つかもしれないが」

「探せばあるんじゃないか。今からでも探してみるんだな」


「わかった。ゲーム実況をしながら視聴者に多数決でもとってみようか」

「そういうところまでゲーム実況かよ。本当、お前はゲーム実況するために生まれたような男だな」

「そう言われて悪い気はしないな。やはりゲーム実況は天職だと思っているから」

「まあ稼げるうちに稼ぐのがいいだろう。いつ落ち目になるかわからないところは、芸能界と一緒だろうからな」


 田原のその言葉に思わず納得した。




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