第17話 ダブルストーキング

 下野うらかの合コンデビューの日。

 俺は休日を満喫するべく駅に向かっていた。今日は街の方までいってみようか。

 もともとはヨウキャとネトフリ三昧の予定だったが直前で断ってしまった。急に気分じゃなくなったのだ。


 ヨウキャは気を悪くした様子もなく了承してくれた。


『そうなるんじゃないかと思っていたよ。いってらっしゃい。下野さんによろしくね』


 いったいヨウキャは何を言っているのだろうか。俺はひとりで街をブラブラするだけだ。当然、下野と会う予定はない。まあ、偶然に遭遇する可能性は排除できないが。


 結衣山市に住む人間が遠出をする場合、車を利用するのが一般的だ。

 だが、高校生たちは免許を取得できる年齢じゃない。よって移動方法は電車一択。

 あ、ちなみにオヤカタは二輪免許持ちだ。出前でバイク使うからね。


 結衣山駅が見えてきた。だが、改札をくぐったりはしない。

 少し離れた位置で足を止め、ホームに目を移す。


 なんということでしょう。


 下野うらかがいるではありませんか。

 そういえば、今日は合コンに参加するとかナントカカントカ。


「意外と主張がおとなしいな」


 素朴な白いインナーシャツに黒いスプリングコートを羽織っただけの、シンプルなファッションセンス。合コンなのだから、てっきりもっと攻めてくると踏んでいた。


 もしかして、今日は引き立て役になるつもりなのか。


 だとしたら推せますね、下野ちゃん!


 さて、ここで声をかけるなんてもってのほか。休日の過ごし方は人それぞれ。友人といえどプライベートの邪魔をしてはいけません。


 下野が電車に乗り込んだのを見計らい、俺はそそくさと隣の車両に乗り込んだ。

 相変わらず、寂しいくらいに人がいない。空いている席はいくらでもある。俺は下野が視界に入る位置を選んで腰かけた。


 直後、俺のとなりに誰かが座った。


「………」


 おおん?

 これだけ空いている車内で、わざわざ隣に? なにゆえ?

 最初に感じたのは甘ったるい香りだった。振り向くまでもなくわかる。女性だ。


「………」


 これはあれか。誘われているのか。

 俺もついにモテ期がきちまったか。

 と、内心ふざけてないとちょっとやばい。なんか急に緊張してきた。


「ご、ごほん」


 ま、まあ、一番座りやすい席に勢いで座ってしまっただけなのだろう。

 よくある。あるあるってやつだな。いや、あるか?

 ちょっと混乱してきた。

 俺はわずかに腰を浮かし、となりの席へスライドしようと————




 なんか手を握ってきた。




「………」


 ひんやりとしている。すべすべしてやわらかい。

 あまりの衝撃の固まっていると、指をからませてきた。恋人繋ぎみたいになる。

 ガチだ。ガチの逆ナンだ。


 やばい。嬉しいとかよりもまず怖い。

 これがあれか。美人局とか、マルチ勧誘とか、ああいうやつか。下野が以前話していた。東京にはそういう人間がわんさかいるのだと。対処法を教えてもらえばよかった。


「こっち向きなよ」


 耳元でささやかれ、鳥肌が立つ。ぞくぞくする。

 っていうか、まって。なんか聞き覚えのある声じゃないか?


 声に従い、顔を確認する。ムラサキがいた。


「なんでいるんだ!?」


「偶然じゃない? 休日なんだから私がどこにいても自由でしょ」


「後をつけてきたっていうのか。ストーカーじゃないか!」


「鏡みて言えよ」


 冗談っぽいやり取りをしながらも、俺は本気で恐怖していた。

 下野の合コン話はムラサキの耳にも入っていたはずだ。そこまではいい。だが、何故俺が現れると予想できた? そして予想できたとして、なぜ俺を尾行する発想になる?


「あとさ」


「うん」


「なんでさっきから手ぇ握ってくるわけ」


「手綱代わり」


「俺は馬か?」


「どっちかっていうと猿だと思ってる」


「なんだと」


「同級生のストーキングしてるから」


 ぐうの音も出なかった。

 辛辣な物言いでもまったく反論できない。


 カシャカシャとシャッター音がする。

 いつの間にかスマホをかかげたムラサキがインカメラを向けていた。


「なにしてる」


「ダブルストーキング記念」


 イヤな記念日だ。

 色々と角度を調整しながら何度も撮られる。俺と腕を組んで密着してみたり、ピースサインをしてみたり。写真写りを気にするあたり、ムラサキもやっぱり女の子なんだと思わされる。


 不貞腐れた顔の俺が大量生産されるのもアレなので、ふいうちで最高のハッピースマイルを作ってみる。


 途端、ムラサキは手を滑らせてスマホを落とした。


「大切にしろよ。直したばっかなんだから」


「今の顔、もっかい」


「やだよ」


 求められてやれ言われるのは、なんか違う。

 落としたスマホを拾い上げて、ムラサキが言う。


「随分あの女にご執心」


 ムラサキの視線は、隣の車両の下野に向けられていた。


「……俺が定期的に女子にアプローチかけるのはいつも通りじゃん。ムラサキだって何回か見てるだろ」


「ハルカちゃんと、カナコちゃん、それとミドリちゃんな」


「しっかり名前まで憶えられてるの恥ずかしいな」


 惚れっぽい性分なのか、好きな女の子が途切れたことはない。

 まあ、何度声かけても上手くいくのは最初までで、付き合うところまでいったことないんだけどな! ハハハ!


 だから下野。本当は俺もお前と同類なんだよ。

 俺は彼女いない歴=年齢のクソ童貞だ。


「忘れられない。どれも、いつも気持ち悪かった」


「おいおい、ひどすぎないか。友達の恋くらい応援してくれよ」


「3人とも本気で好きじゃなかったくせに」


 一瞬、言われたことが分からなくて俺は固まった。

 時間を置くにつれ、意味を理解する。ムラサキは胡乱な目を向けていた。

 見透かされているのに、俺は反射的に否定した。


「い、いや。そんなわけないだろ」


「つまらねえ言い訳はきかないし、あたしの目が狂ってるとも思わない。トウマ、自分がいつからそういうこと始めたか覚えてないの」


「それは……」


「あたしに女友達がいないって気付いてからだよ」


 記憶の海に潜るまでもない。

 昔のことでも、俺は全部を覚えている。


 ムラサキに女友達ができたところを、ただの一度も見たことがない。

 こういうこと言うとまるで男に媚び売る性悪女に聞こえるかもだが、男友達だって俺を除けばオヤカタとヨウキャしかいない。2人と打ち解けるのにだって、かなりの時間を要した。俺とは割とすぐだったんだけどな。


 ムラサキは気難しいし、愛想もないけど悪いやつじゃない。

 それがみんなにもすぐ伝わると思ってたんだけどな……。


「あたしに何度か女友達をあてがおうとしてただろ」


「滅相もございませんわ。さきな様にそんな恐れ多いこと。オホホホ」


「なんだ。その話し方と呼び方。やめろ」


 やめます。

 ついでに下野にも伝えておきます。


「いいこと教えてやる。トウマ」


「おう」


「男を挟んだ紹介で女同士は仲良くならない」


「そうなの!?」


 初めてきくんだけど!?

 なんでダメなのか全然わからない!


 っていう話を後日、オヤカタとヨウキャにしたのだが。

 そのときの2人は何故か俺を憐れむような目で見ていた。


「いやあ、でもな? 今回は大丈夫だって。東京生まれ東京育ちのくせに中身は骨太なゴリラ女だ。ちょっとやそっとで折れたり離れたりしない」


「わかる」


「え」


「わかってる。あの女が本当は良いヤツだって。あたしの部屋の掃除をしていったのはアイツだろ」


 断定する口調をされちゃ俺も頷くしかない。

 でも、そこに気付いているなら下野と仲良くしてくれよって思う。


 俺が邪魔なら全然消えてやるから。

 あとはお若い2人でよろしくやってもろて。


 ムラサキは大きく溜息をついた。

 俺の考えは全てお見通しって顔で、こんなことを言ってくる。


「トウマが本気になりかけてるからだよ」

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