第13話 2人で屋上

「おや、御杖村(みつえむら)さきなさん。ようやく学校に来てくれたんですか」


「担任はアンタか。キズナせんせー。まあクズよりはマシだな」


「5月になっても来ないようなら家庭訪問するところでした」


「わるいな。好きな男以外部屋にあげるつもりないから」


 ひさしぶりに登校したムラサキがなんか言ってる。

 グランシャリオ結衣山はガバセキュリティなのでどこからでも侵入し放題だけどな。


 ん? 御杖村さきなって誰かだと。

 ムラサキの本名だよ。


 御杖村さきな→みつえむらさきな→ムラサキ


 我ながら良いあだ名をつけたものだ。


「ところで、あたしの席は」


 その言葉に、下野が立ち上がろうとした。

 それより先に俺の方が声を張り上げる。


「おめえの席ねえから!」


「じゃあ奪い取ってやるよ。現代は椅子取りゲームだ。世の中の厳しさを教えてやる。お前のものはあたしのものだ!」


「ちょ、やめ、ウワアアアアアア!!!」


 一瞬で机やら教科書やら奪われた。

 ついでに俺の服まで脱がそうとしてきた。ガチで身ぐるみ剥ぐのやめてくれない?


「では授業を始めましょうか。みなさん、教科書と筆記用具を出してください」


「せんせー! そこの猛獣に全て奪われたんですけど!」


「忘れ物とは感心しませんね。減点です」


「理不尽にもほどがあるぞ!?」


「前の人の教科書をのぞきこみなさい」


 隣の人に見せてもらいなさい、みたいに言われても……。


 しれっと授業は進行した。ひどい。

 俺はうしろの黒板をノート代わりに使った。この謎黒板はこのために存在していたのかもしれない。でもチョークってなんでこんな書きづらいんだ。下手くそな字になる。


 すぐに飽きて正面に向き直る。

 下野とがっつり目が合った。


 んんっ? なんぞ?


 下野はチラチラとこちらを窺いつつ、教科書を立てた。

 俺の位置から見やすいように。自分の身体で隠れないようにしながら。


「………」


 え、やさしい。惚れる。てかもう惚れてる。

 ニマニマしていると下野はすごいイヤそうな顔になった。なんでや。

 んで、何かが俺に飛んできた。


「へぶっ」


 額に直撃し、うめき声が出た。

 それは教科書だった。俺の名前が書いてある。


 ムラサキは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、机に突っ伏した。

 そのまま寝息を立て始める。


「おう、こら、ムラサキ、このやろ」


「清浦くん。いいかげんにしなさい。さらに減点」


 なんで爆睡してるムラサキはスルーなんだよ!?



 昼になった。

 たいていの生徒にとって至福の時間。

 俺たちにとっても例外じゃない。オヤカタの特製弁当を片手に第二校舎に繰り出す、つもりだったのだが。


「どこいくんだ、ムラサキ」


「あん?」


 無言で消えようとした親友を呼び止める。

 ムラサキは不機嫌そうに振り返った。


「メシ食おうぜ」


「ことわる」


「なんだとー!? オヤカタの弁当が不満だってのかー!?」


 そんなわけないとわかっていながら、煽ってみる。

 ムラサキは迷いなく俺の足の甲を踏み抜いてきた。


「いってぇ!」


「あの女は嫌いだ」


 今度こそムラサキは出ていった。

 すぐに追いかけたりはしない。どうせ行き先はわかっているし、頭を冷やしてもらいたい。じゃないと俺が殺されるしね?


 それより先に済ませておきたいことがある。


「おーい。オヤカタ、ヨウキャ。こっち来いや」


 俺は2人をヘッドロックした。

 逃げられないように手加減なしで。


「お前ら、ムラサキに会ってたな? 俺の知らないところで」


 2人は何も答えない。おお、黙秘権か?


 オヤカタは平然とこちらに顔を向けた。

 あれ? 極まってないな。身長差のせいか、ただ肩を組んだだけだった。


 反対のヨウキャを見る。

 こっちはガチで極まっていた。青紫色の顔で泡を吹いていたのですぐさま解放してやる。


「その通りだ。キヨ」


 喋れないヨウキャの代わりにオヤカタが口を開く。


「いつから?」


「キヨが、下野と話すようになったあたり」


「けっこう前じゃん。なんで黙ってたの」


 オヤカタは答えなかった。

 ヨウキャも、口をきゅっと結んだままで話す素振りがない。


「オーケー、じゃあそれはいいや。本題はこっち。下野のこと、ムラサキになんて伝えたんだ?」


 問い詰めるような言い方になって、2人が申し訳なさそうに顔を伏せた。

 正直、責める気持ちはない。口下手なオヤカタとヨウキャと、早とちりと思い込みの激しいムラサキだ。正しい情報伝達は難しい。


 ようするにムラサキの勘違いだ。

 転校初日の下野の言動をきいて、そのままの印象で残っているからああいう態度になる。確かに初っ端の下野はカンジ悪かったもんな。


 ちゃんと教えてあげなきゃ駄目でしょう?

 下ネタ好きとか、大食いとか、スポーツしか取り柄ないのに孤高でクールなミステリアスな美少女になりたがっているとか。


 面白いところしかないじゃん、下野うらか。


「ってわけで、ムラサキ連れ戻してくるわ」


 俺の手にかかれば下野のポジティブキャンペーンなんて朝飯前よ!

 今夜は5人で祝杯! 勝ったな、ガハハ!


「き、き、き、きっ、ょ、くん」


 意気揚々と飛び出そうとした俺は咄嗟に停止。

 ヨウキャに呼ばれた。肉声で。これで止まらないやつ人間失格。

 がんばりゲージを使い切ったリンクみたいになっているが、なんとかタブレットにペンを走らせる。


『ムラサキさんに他の女子の話題NG』


「………」


 俺、なにしに行けばいいのん?



 涼しい顔で寝転がるムラサキを見つけたとき、腹立たしい気持ちになった。

 場所は結衣山高校の屋上。昨今の学校事情よろしく屋上への通路は封鎖されていたから、たどりつくのに苦労した。


 ん? どうやって屋上に入ったのかって?


 そんなもん、壁をよじ登るしかないんだゾ!


「死ぬかと思った……」


 命綱なしで柵を越えるの怖すぎる。足を滑らせたら真っ逆さまだぞ。今も冷や汗止まらねえよ。良い子は絶対真似するなよ。


「おう、猛獣。ご機嫌いかが?」


 ムラサキは薄目を開けただけだ。

 素知らぬふうにそっぽを向く。


 普通、こういうシチュエーションは男女逆じゃねえかな。


『ちょっとー! こんなところでなにやってるのよ、トウマ!』

『うるっせえな。俺の勝手だろ』

『なんなのその態度! 幼馴染のアンタがサボってたらアタシまで怒られるんだからね!?』

『意味わかんねえよ。ちょ、やめろ、引っ張るんじゃねえ。ったく、しょうがねえなあ』


 ……みたいな感じで。


 面倒見のいい可愛い幼馴染が欲しかった。

 命懸けじゃないと追いつけすらしない不良娘とか需要ありますか。


「ムラサキ」


 俺は二人分の弁当箱を取り出した。オヤカタに持たされたものだ。

 そして、ヨウキャに言われたとおりの言葉を口にする。


「メシ食おうぜ」


「だから、いいって————」


「2人で」


「………」


 ムラサキがすっと起き上がった。

 小さい手がのびてくる。はやく弁当よこせ、と目で訴えてくる。


「あ……。ほらよ」


 おずおずと手渡す。

 マジかよ。なんか一瞬で機嫌直ってないか? 


「……食わねえの?」


 ムラサキにそう言われ、俺も弁当を取り出す。

 手を合わせ、作ってくれたオヤカタに感謝を伝える。

 2人で同じ言葉を口にする。


「いただきます」


 開けてみる。のり弁当だった。たまねぎとベーコンのスープ付き。うまそう。

 ムラサキは……と思ったら同じ弁当だった。ただ、おかずは全て一口サイズになっている。オヤカタの丁寧な仕事ぶりに俺はホッコリです。


「………」


「………」


 クソ喋りてえ。

 黙食とか性に合わん。


 俺はわいわい話しながら食事したい派閥だ。

 さっそく下野の話でも振りたいが、ヨウキャからNG出てるからな……。


「トウマ」


「おっ。なんだ」


「あの女のこと、どう思ってる」


「あの女」


「下野うらか」


「………」


 おい、ヨウキャ。あっちからタブーに触れてきたときはどうしたいいんだ。


「下野は俺のちんちんだ」


「はあ?」


「すみません」


 反射的に謝ってしまいました。


「あたしがしょうもない下ネタ嫌いだって知ってるよな。どういうつもりで言った?」


 やめろやめろ!

 小ボケにガチトーンで返すのは反則だぞ!

 あんまり言うと泣くからな!?


「俺の親友4号だよ。本人は嫌そうだけど」


「……あっそ」


「なんだよ」


「べつに。久しぶりの親友認定じゃん。女なのに」


「お前も女だけどな。下野は逸材だぜ?」


「………」


 ムラサキが目に見えて不機嫌なんだけど。

 どんだけ下野のこと嫌いなんだよ……。


「むかつく。かえる」


「あっ、おい」


 弁当を一気に平らげて、ムラサキは柵に手をかけた。

 そのまま飛び降りるかと思いきや、その体勢で固まったまま動かなくなった。


「ムラサキ?」


「ちっ」


 舌打ちだ。

 ムラサキはくるりと反転してこっちに戻ってきた。

 まだ座ったままの俺を見下ろす。


「お前が下野を好きなのはわかった」


「好きというか、まあ、うん」


「お前がいつどこで誰と何をしようと自由」


「それはそうね」


「けど……」


 一瞬だけ風が吹いた。

 長い髪がムラサキの顔を半分隠す。


「あたしはお前といるときが一番楽しい」


 風のせいでよく見えなかったけど。

 拗ねた子供みたいに唇をとがらせていた、気がする。


「だから、もっとかまえ。あたしに」


「か、かまえ?」


「じゃないとヤだ。困る」


「お、おう。そうか。困るのか……」


 ムラサキの猛攻を処理しきれない。

 破壊力が高すぎて頭が真っ白になる。


 コイツはなに可愛いこと言ってんだ? はあー?


「………」


 さらば、俺の内申点。


「よし。天気も良いし午後はサボっちまうか」


「うん」


「どこいく」


「あたしの家でもいいけど」


「却下。Wi-Fiないから」


「じゃあトウマの家」


「マッマ許してくれるかな……」


 ってな感じで学校を抜けだして帰宅した。

 ムラサキを連れてきた俺を、マッマは叱らなかった。それどころか張り切ったおもてなしだった。


 それでいいのか。母上よ。

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