第14話 ウワサになってる
ムラサキ———御杖村さきなはモテる。とてもモテる。
近づけば鉄拳を、距離を取れば足蹴りをかますような女だが見た目は本当によろしい。
どこの国だか忘れたけど、クォーターのあいつの顔立ちは純日本人とは明らかに異なっている。付き合いの長い俺でも、油断していればうっかり見惚れそうになる。
俺だけがそうって話じゃなくて。
オヤカタやヨウキャも、たぶん同じだと思う。
「あ、あの、御杖村先輩! ひ、一目惚れです! まずはお友達からお願いします!」
だから、まあ。
純真無垢な1年生がその見た目に騙されるのは当たり前だし、こういう告白イベントも俺にとっては馴染み深いイベントだ。
ムラサキが、どう答えるのかも。
「失せてろ」
底冷えするような声音でムラサキは言い放つ。一瞥すらせず、何事もなかったかのように歩き去っていった。実際、本人はそういう認識かもしれない。異性からの告白なんぞ、居酒屋のキャッチやティッシュ配りと同列に見ているだろう。
「……え? え?」
1年生男子は面食らった顔のまま固まっていた。
頭の中は無数の「なんで?」で埋め尽くされているだろう。
「さきな様が芋くさい年下なんか相手にするわけないのにね。身の程知らずにもほどがあるわ」
俺と同じく現場に居合わせた下野うらかは、そんな風に評した。
「どいつこいつも、さきな様が登校した途端に騒ぎ立てて。さきな様が静寂を好むのを知らないのかしら。だいたい学校の前で待ち伏せだなんて、される側からしたら迷惑よ。あんなんじゃ、さきな様どころかどんな女子だって————」
「ツッコんでいいか」
「なによ」
「さきな様ってなんだ」
さっきから妙な敬称がついている。
共通の友人として正しておきたい。
ペラペラと口を開いてた下野が、途端に沈黙する。
そして搾り出すように言った。
「知らぬうちに不興を買ってしまったので」
「おう」
「さきな様にはもう下からいくしかないわ」
「下野だけに?」
「クソつまんな」
はい。すみません。
最近の俺は女子に謝ってばかりいる気がする。
下野は下野なりに、申し訳なく感じているらしい。
なんとか2人の仲を取り持とうと場をセッティングしても、ムラサキが乗ってこない。一度怒ると長いんだよな、あいつ……。
昨日もその件で電話したはずなのに、気付けば朝方まで全然関係ない話で駄弁っていた。なんだよ、俺の将来の結婚願望って。想像つかんわ。彼女だっていないのに。
寝不足だ。無限にあくびが出てくる。
「しまらない顔ねえ。ちゃんとしなさいよ」
「そういう下野は可愛いな」
「………」
「………ん?」
あれ。
俺いま何言った?
肌で感じる。空気が一変した。すごい居心地の悪さだ。
いやいや、まて。落ち着けって。
可愛いなんて言い慣れてるし、言われ慣れてるだろ、お互い。初対面でハニーって呼んだ覚えすらある。冗談で流せる。
「なに、バカなこと言ってるのよ。ほんとバカ」
下野がぼそぼそ呟く。歯切れが悪く、落ち着きがない。
いじらしい反応に眠気が吹き飛んだ。
んで、俺は無性にふざけたくなった。
「ちょっとそこの後輩くん」
「え、なんですか」
ムラサキに撃沈した後輩男子に声をかける。
「この人、どう思う? ぶっちゃけ可愛い? 俺は世界一可愛いと思ってるんだけど」
「ちょっと! 恥ずかしいこと聞かないでよ」
強めに肩を叩かれた。そうそう、その調子。
後輩男子は下野をほとんど見ることなく呟く。
「自分、もっと都会っぽい見た目の女性が好みっす」
「はあー!? ウチこそ都会女子だが!? 生まれも育ちも東京なんだが!」
「御杖村先輩みたいな、ああいう本物と僕なんかじゃ釣り合わないですよね」
「たしかに、さきな様は別格だけど! でも私だって本物なんだってば!」
「さきな様ってなんですか」
「知らないわよ!」
知らないのかよ。
お前が言い出したことなんだよ。
「私だってモテるんだから!」
めちゃくちゃ情けないことを全力で叫ぶな。
◇
なんてことがあった翌日。
下野はスキップしながら教室に入ってきた。
「みんな、おはよ!」
ご機嫌な口調でクラスメイトに挨拶していく。ときどきハイタッチしながら。誰だ、こいつ。転入から一か月経つがこんなテンションの高い下野は初めてだ。ちょっと気味が悪い。
「清浦くんも、おはよう!」
屈託のない晴れやかな笑顔が向けられる。
初対面だったら完全に堕ちてた。
「あ、ああ。おはよう」
「うん! 今日も良い天気だね!」
窓の方を見る。曇り空だった。天気予報では午後から崩れるともきいた。なんて無粋なことが言えるような雰囲気でもなく、下野は鼻歌を歌いながら席につく。
「~~~♪」
ニコニコと笑みを絶やさない下野からはオーラが滲み出ている。
話しかけてこい、と。
「……なにか良いことでもあった?」
「気になる? 教えてほしい? ねえ、教えてほしい?」
うっざ。
「どうやら私、ウワサになってるらしいのよ」
「ウワサね」
「可愛くてイケてる女子だって」
「は?」
意味がわからず、間抜けな声が出た。
可愛くてイケてる女子。どこにそんな人が。
「誰が、なんて、ウワサになってるって」
「だからぁ、この下野うらかが。結衣山に降臨した天使様とか、アイドル顔負けの可愛さとか、尊くて死ねるとか」
「耳鼻科いってこい」
「なんでよ!」
「じゃなきゃ何かの間違いだ」
都市伝説くらい信憑性に欠ける話だ。
と、すぐ真横に誰かがやってきた。
「ほっ、ほ、ほ、ほ、ほ」
お爺さんみたいな笑い方で会話に加わってきたのはヨウキャだ。
今日も重そうなタブレットを携えている。画面にペンを走らせようとしたところで、俺はそれを制した。
「本当のことだって? そう言いたいのかヨウキャ。流石に信用できないぜ」
「なんで今ので伝わるのかしら。不可解だわ」
流れと雰囲気でだいたい分かるだろ。何年友達やってきたと思ってる。
俺がウワサを全く信じてないのはヨウキャも分かり切っていることで、何やらポチポチとタブレットの操作を始めた。
画面をこちらに向けてくる。
それはインスタやツイッターでのつぶやきの数々だった。目を通していくうち、顔がこわばっていくのが自分でわかった。
「これマジ?」
ヨウキャが頷く。ネタツイではないらしい。
信じがたいことだが、そこには下野を絶賛するコメントばかりが並んでいた。天使様とかアイドルは言い過ぎとしても『可愛い』だの『素敵』だの、そういう文言は腐るほど見つかった。ときたま画像付きのつぶやきも見つかる。
顔を上げると、下野は満面の笑みを浮かべていた。
「ほら見なさいよー! ほーらほらほらほら!」
「黙れ。お前はホラーマンか」
能天気にはしゃぐ下野を見て、無性にイライラした。
あれ? なんでこんなに不機嫌になってるんだろう。別に下野が誰にどう思われていようが関係ないし、むしろ好意的な言葉なんだから喜んでいいはずなのに。
「まったく。こんなにいっぱい隠し撮りして。ちゃんと素直に言ってくれたらいっぱいファンサするのに」
勝手に写真を撮られた挙句、ネットにあげられているのに気にした様子はない。
東京育ちだとネットリテラシーがゆるくなるのか。
「でもなんだって急に」
『部活関連の投稿が多いから、たぶんそれが原因』
「あー」
一瞬で納得した。
先日ほどの騒ぎはなくなったが、今でも下野を勧誘してくる運動部は少なくない。
その人気っぷりが1年生にも伝播してるんだな。
下野は複雑そうな顔をしていた。
「私、孤高でクールでミステリアスな美少女路線なんだけど。ヨウキャくん。そっち方面でのツイートはないの?」
『ない』
「そ、そんなわけないはず。もっと詳しく調べてみて」
『ない』
真顔のヨウキャが言い切る。
「……見る目のない人たち」
見る目があるんだよ。逆なんだよ。
お前もうスポーツに生きろよ。
「物申したい気分になったわ。今から1年生たちのクラスを巡るわ」
「はあ!? え、心臓強すぎでしょ。行ってどうするん!?」
止める間もなく下野は既に階下に向かっていた。
追いかけたほうがいいよな。やらかす未来しか見えない。
「ヨウキャは————行かないよな。わかった、もう言わないからそんな泣きそうな顔するなよ」
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