第15話 意外と人気な下野さん

 普通、上級生が自分たちの近くでウロチョロしてたらウザいと思うんだよ。

 俺にも経験がある。勘違いしたイキリパイセンが後輩のクラスに入り浸ってる光景……無関係でも迷惑だし、胸糞悪いし、見ていて痛々しかった。下野も同じ轍を踏むんじゃないかとヒヤヒヤした。


 ところが蓋を開けてみれば、下野は不審がられるどころか後輩たちから羨望の視線を集めていた。俺は目が良いから分かる。これはガチだ。あながちアイドルも大袈裟じゃないかもしれない。


 下野が歩くと人波が分断される。モーゼが海を割るが如し。


「気分が良いわね。こういうのなんて言うんだっけ。らん、らん……ランナウェイ?」


「ランウェイのことか、ひょっとして」


 本人には全然違う景色が見えていたようだ。


「モデルみたいな歩き方をしたら拍手喝采かしら」


「ちゃんちゃらおかしい。笑わせんな」


「やってやろうじゃないの!」


 下野は独特なリズム感でステップを踏む。左の爪先に右のかかとを当て、今度は右の爪先に左のかかとを当て、それを繰り返していく……。


 本人は大真面目なんだろうが、俺にはカイジの鉄骨渡りにしか見えなかった。


「あ、やばっ」


 お約束とばかりにバランスを崩した下野が、前のめりに倒れかかる。

 予想済みである。俺はすぐさま前に回り込む。腕を広げ、万全の状態で下野を受け止めにかかる。


 ハッとなった下野と目が合った。俺は大きく頷いた。ついでにウィンク。

 何も心配いらないぞ。さあ、この胸に飛び込んでこい!


「ぐぼあっ!?」


 飛んできたのは拳でした。

 前傾姿勢からの迷いないストレートパンチが俺の頬をえぐる。痛みが追いつくころには意識が飛びかけていた。


 あとから知ることになるが、このときの俺は体操の開脚後転のようなポーズで派手に転がり、最終的に〇んぐり返しになっていたそうだ。この無様な姿をネットにあげたクソ後輩がいたらしい。後で個人的に血祭にあげておこうと誓った。


「なんでだ!?」


 俺の抱擁を拒否した下野は顔面を床に激突させ、鼻っ面が赤くなっていた。

 お互いにダメージを負ったこの展開、一体誰得だ。


「なんで殴られたん?」


「なんで受け止めようとしたん?」


 質問に質問で返される。ふらつく頭で必死に考える。

 なんで受け止めようとしたのか、だと? 


「………」


 え、意味わからん。こいつは何を言っているんだ。


「いや、普通に。反射的に。庇おうとして」


「やめてよね。新1年生とその他大勢に誤解されるじゃない」


「誤解」


「こんなところで抱き合う恰好になったら男女の仲だって邪推されるってこと」


「ああ、そういうこと? 俺は望むところだけど」


「わ・た・しがイヤなの! もっと将来有望で年上のイケメンに抱きとめられたい」


「あー、キレそっ☆」


 相手が女子であることなど忘れて、こっちも正義の鉄拳を振るいたくなった。

 バチバチと火花を散らしながら睨み合う。すると横目に1年生の女の子が立っているのが見えた。ちらちらとこちらを窺っている。


 一時休戦。


 大人な俺はおとなしく身を退けるのだ。

 1年女子は俺の前を素通りして下野のところへ。わかっちゃいたけど俺に一目惚れしてくれた可能性はこれで潰れたな。


「あ、あの、下野うらか先輩……!」


「え、わたし? ごめん、誰だったかな……あっ!」


 ポンと手を叩く下野。


「もしかして吹奏楽部!? それとも美術部か茶道部かしら!? 勧誘よね。いつでも入部する準備はできているわ!」


「え、ごめんなさい。テニス部です」


「ああ、そう……」


 途端に興味をなくす下野。

 勢いが削がれ、顔を俯かせてしまう後輩女子。可哀想すぎる。


「テニス部ってことはあれじゃね? 体験入部のときの———」


「そう、それです! あのときお世話になった者です! 下野先輩、本当にありがとうございました!」


 深々と頭をさげる後輩女子。

 下野はピンときていないようだった。そんなことしたっけ? みたいな顔をしている。


「あんまり覚えてないけど。別にお礼を言われるほどじゃないと思うわ」


「い、いえ、そんなことないです! ヘタクソだってからかってくる男子たちを諫めてくれたり、それでもやめてくれなかった人たちを実力で黙らせて……本当にかっこいいです! 尊敬してます!」


 尊敬どころか崇拝の目をしている後輩女子。

 ちょっと危険ですね。


「実力で黙らせたって何? まさか拳で黙らせたの? さっき俺にやったみたいに」


「人聞き悪いこと言わないでくれる? いま思い出したけど、練習試合をすることになったのよ。私が勝ったらもう二度とこの子をからかわない条件で」


「で、勝ったわけか。そんな一生に一度あるかないかのイベント忘れる?」


「だって他のところでも似たようなことしてきたし」


「はい?」


 下野との会話に夢中で、気付くのが遅れた。俺たちはいつの間にか後輩たちに囲まれていた。いや、お目当ては下野だろう。女子の人数が圧倒的に多いがちらほらと男子も見かける。


「下野先輩! 先輩に言われた通り練習したらスマッシュが打てるようになりました!」

「わたしも! スリーポイントが入るようになりました。また教えてほしいです!」

「なんで下野先輩無所属なんですか!? 先輩がいると思ったから陸上部に入ったのに!」


 またこの流れかよ。


 人波に呑まれ、俺ははじき出された。さっきからこいつら俺への扱いが雑なんよ。

 廊下の隅っこで立ち尽くしていると、そのうち下野コールが響き出した。下野は後輩たちに担ぎ上げられ、胴上げをされていた。色々な不愉快になった俺は男子生徒全員の首根っこを掴み、引きずっていく。どさくさに紛れてスカートの中を覗こうとする輩がいたのでね。


 かえろう。


 別角度のNTRをくらった気分だった。

 まあ、いい。下野がこの学校に馴染むのは喜ばしい。あいつにとっての結衣山が少しでも楽しい場所になってくれることを祈る。


 休み時間が終わるギリギリに下野は戻ってきた。

 開口一番に彼女は言った。


「合コンに行ってくるわ」


「却下だ」

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