第16話 恋愛遍歴

「合コンってなんだよ」


「合コン知らないの? 男女を同人数集めて食事したり、遊びにいったりするのよ。そこでイイと思った相手がいたら付き合う的な」


「知ってるわ。結衣山なめんなよ。たぶん今日もそこらへんで合コン開かれてるわ。過疎すぎて出会いがないからな。全員じいさんばあさんだけど」


「ふんっ、これだから結衣山の田舎者は————」


 突然、下野が自分の口元を押さえて咳き込んだ。

 ごほっ、んんっ、とわざとらしい咳払いが続く。


「別に、結衣山を悪く言ってるわけではないけど。歳を重ねてからも交流を大切にするなんてステキな土地柄じゃないかしら。」


「あー、うん?」


 急な方向転換でビビったわ。


「それより、なんで合コンに参加するのかって話よ。どういう流れ?」


「あ、それは……」


 下野の話を要約するとこうなる。


 話を持ちかけてきたのは髪を明るく染めた派手めな女の子。実はその後輩女子、元同級生の男子を密かに想っていたらしく、この度ようやく一緒に遊びにいく約束を取り付けたそうだ。


 初デートに浮かれていたが突然その想い人から連絡が入る。曰く、合コン形式にしてほしいと。自分の友達に女の子を紹介してほしいのだと。


 後輩女子は困り果てた。高校デビューで髪を染めただけで内気な性格な彼女にはこういうイベントに巻き込める友人がいなかったのだ。


「それで生まれも育ちも東京の私に白羽の矢が立ったのよ」


「あ、そ」


 どこにでもある退屈な話だった。


「でも少し困ったこともあるのよ」


「なんだよ」


「多分、相手の男子全員とも私に惚れてしまうの。ほら、私って可愛いから」


「………」


「後輩ちゃんが可哀想。数合わせの女に男全員もっていかれたら本末転倒よね」


「………」


「ちょっと。ボケてるんだからツッコミなさいよ」


「え!? ボケてたの!? ガチかと思った!」


 普段の言動のせいでまったく違和感なかった。


「ってことは、相手はみんな1年坊主ってことか」


「言い方。まあ、うん。知らないけど」


「将来有望で、年上の、イケメンが好みじゃなかった?」


 この前の発言を引き合いに出してみる。

 皮肉に気付いているのか、いないのか。


 下野は、んーっと唇に人差し指をあてる。

 そしてその妙なポーズのまま、のたまう。


「年下をそそのかす系も、たまにはアリ」


「良い男がいたらそのまま付き合う?」


「まさか。さっきも言った通り、高学歴で年収1000万の高身長イケメンと添い遂げるのが夢だから。遊びよ。からかってきてあげる」


「痛い目みてこい!」


 と、俺はここでいやな想像をはたらかせた。


 急な合コンを持ちかけられても物怖じしない、むしろ乗り気な態度。

 まるでこういう集まりに場慣れしているような言動。




 もしかして、これまでに異性と付き合った経験があるのか。




「………」


 まあ、ね? 一応ね? 確認をね?


「恋愛経験あるのか」


「………………あるわよ」


 俺は目が良い。だから、人の嘘を見抜きやすい。

 なんてかっこつけてみたけど、今のは誰から見てもバレバレだった。

 俺はものすごく安堵した。


「ごめんなさい。本当は誰とも付き合ったことないです。耳年増のクソ処女です」


「そこまで言わなくていい」


 反応に困るし卑屈すぎる。


「キミ本当に性格悪いわね。ちょっとくらい見栄を張ってもよくない? なにも潰してこなくたって」


「自分で困るくせに」


「そうかもだけど。東京出身なのに恋愛経験ないの、なんかダサいかなって」


「下野は何と戦ってるんだよ」


「わかんない」


「だったら、俺たちにつまらない見栄や隠し事はナシな。長い付き合いになるんだから。バレたとき余計に恥をかくだけでしょ」


 初めに抱いた幻想はとっくに殺されている。

 いまさら下野がどんなボロを出したって動じない自信がある。

 そのままの下野で、俺たちは充分に楽しませてもらってる。


 ……なんてことを直接言ったりはしないけどさ。


 ところで、下野はすごく変な顔をしていた。

 怒っているのか、喜んでいるのか、正反対の感情をごちゃまぜにした何とも言えない表情だった。だが、最終的に怒りの感情が勝ったらしい。


「ムカつく!」


「はあ」


「なによ偉そうに。どうせキミだって女の子と付き合ったことないくせに。彼女いない歴=年齢って顔してる」


「どんな顔だよ」


「どうせ、キ、キスとかもまだなんでしょ。ほんとお子ちゃまね。これだから田舎者は————」


 ゴホッ、ゲホッ、グゴッ!


 またわざとらしい咳払い。

 おっさんみたいで汚いわ。


「まったく。これだからキミって人は」


「言い直した結果それで合ってる?」


 俺をディスる形はそのままなのか。


「ま、そんな感じだけどさ」


 相手にするのがアホらしくなってきた。

 それで会話を終わらせたつもりだった。だが、どういうわけか下野は去っていかない。じっとこちらを見つめてくる。


 めちゃくちゃ真顔で。

 少しずつ距離を詰めてきた。


「え、なに。なんなの、マジで」


 ソーシャルディスタンスを保つため、俺も後退する。それ以上近づかないでほしい。自分で可愛いとか自称するくせに、男子高校生の内心に無頓着なのは業が深い。


「いま、嘘つかなかった?」


「へ? い、いや。そんなことないけど」


「なんか余裕を感じたんだけど。そういうことにしといてやるか~って。は? え? まさか付き合ったことあるの? キミが? はあー? 相手はどこの誰よ」


「こわっ」


 ヤンデレ幼馴染かな。

 ヨウキャから借りた漫画にこういうキャラいたわ。


「話したら殺されそう」


「私たちに隠し事はナシなんでしょ」


「そういえばムラサキは呼ばないのか。この合コン」


「あの御方をこんな下賤な会合にお呼びできるわけないでしょ! 少しは考えて喋りなさいよ!」


「こわっ」


 執拗に、下野は俺の恋愛遍歴を聞きたがった。

 これはある意味で嫉妬なのだろうか。俺に先を越されたという意味で。


 だいたい、ちょっと考えれば答えがわかったりしない?

 俺のそばにいる女なんて、あいつ一人しかいないんだから。

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