第36話 球技大会当日
球技大会当日。決戦の日はあいにくの曇り空だった。
しかも午後からは雨が降るとか降らないとか、はっきりしない天気予報を聞かされてる。いまいちテンションが上がりづら……いや、夏も近いのに晴天になられる方が困るか。これくらいの空模様が丁度いいかもしれない。
まずは球技大会を無難にこなさなくては。俺たちのクラスは男子がソフトボール、女子がバレーになった。欲をいえばサッカーになってほしかったが抽選漏れでじゃ仕方ない。ウォーミングアップといきますか。
「いくぞ。オヤカタ、ヨウキャ」
「補欠だが」
『いきたくない』
親友たちのテンションが低い。去年もこんな感じだった。
いやがる2人(特にヨウキャ)を引きずって外のグラウンドへ。途中、慌ただしい男子連中とすれ違った。何やら急いだ様子で体育館へ向かう。
「おい聞いたか!? 今年の新入生やべえ巨乳がいるってよ!」
「イクぞお前ら!!」
「おっぱいバレーじゃあ!」
ドタドタと、その後も男子の波が途切れない。
なにをやってるんだあいつらは。こちとら大事な決戦前だってのに。
おっぱいがどうとかくだらないな……。
「ちょっと俺体育館行ってくるわ」
「どうしたキヨ」
『もうこっちの試合始まるよ』
さっきとは逆に2人に引っ張られる俺。
くっ、バレーを希望しておくんだった。いや待てよ。俺らのクラスは女子がバレーだから、ムラサキが向かってるはず。あとで教えてもらおう。気まぐれで動画撮影してくれないかな。あのクソデカプロマックスで。
◇
「なーいすスリーアウト~」
「なんでいるんだお前」
ムラサキがいる。グラウンドに。
いや。本当になんでいるんだよ。今の時間バレーだろ。
「生理って言って抜け出してきた」
「んんっ、そ、そうか」
「嘘だけど」
「嘘なのかよ」
キョドったのが逆に恥ずかしいわ。
「バレーの方にさ、なんかすごい新入生がいるんだってよ。だから見てきてほしかった」
「すごいって何が」
「デカいらしいぞ」
俺はムラサキのちんちくりんな体型を見つめた。
「へえ……」
ムラサキが自分の頭に手を置く。
あ、身長の方だと勘違いされたっぽい。
ムラサキのスマホが震える。
メッセージを受信したらしい。一瞬だけ画面に表示されて、ムラサキは興味なさそうにしまいこんだ。
「バレーの方も負けたって」
「これで俺らのクラスは男女とも敗退か」
「うらかがいない時点で予想通り」
「………」
下野は今日の球技大会を欠席していた。
女子たちの落ち込みようったらなかった。ほとんど下野頼りで成り立っていたからな。本人が一番やる気あったくせに……。
ちなみに不在の理由ははっきりしてない。
ダメ元でキズナ先生にきいてみたら「家庭の事情」と答えられた。
だろうよ。
さて。
「お前らもう帰るよな? 俺はまだやることあるから残るけど、気にせず先に行っててくれ」
朝の出欠確認さえ済ませているなら今日は自由なタイミングで帰ってもいい。普通はほとんどの生徒が最後まで残るが、一部即時帰宅するのもいる。まだお昼前なのに帰っていいとか羨ましいな。
だが3人は立ち去る素振りもなく、じっと俺の方を見つめている。若干、呆れたような顔つきで。
「帰らん」
『キヨくんのサッカー、見ていくから』
「雨降る前に済ませろよな」
え。
いやいや、そんなん見なくていいから……とも言えない空気。
全員そろって球技大会とか嫌いなくせに。
一早く帰って休むなりゲームなりしたいだろうに。
まったく友達想いのいい奴らだよ。
「おけ。それなら適当に見ておいて」
「おいトウマ。さっき言ってたデカい1年どうのって、まさか胸の話? いますげえデカパイ女がそこ通った」
「え、どこどこ」
一生懸命探そうとしたらムラサキに脛を蹴られた。
そこは駄目だろ。
◇
『えー、本年の球技大会も生徒の皆さんの活気が伝わる素晴らしいものでした。校長として誇りに思います。名残惜しいですが、只今をもって終了の挨拶とさせて————』
「ウオオオオオ!!! いくぞお前らァァああああ!!!」
「今年の異種格闘最強王者はダレだあ!?」
「俺だーーーーーーーーっっっ!!!」
校長の挨拶は掻き消された。
そこかしこで怒号があがり、男たちが飛び出していった。
『あ、ああ……今年は怪我人が出ないように。あの、また保護者からクレームが』
校長の弱々しい願いが虚しい。誰も聞いちゃいない。
多分、誰もどこのクラスが優勝したか覚えていない、そんなレベル。カオスタイムが本命みたいな空気はずっとあった。こういうのが伝統になっていくんだろうか。
俺も人波に従いながらグラウンドに急ぐ。
すでに役者は揃っていた。
「死に晒せサッカー部――――!!!」
「黙っとけゴミどもがーーーー!!!」
「俺たちは学校の横暴に屈しないぞ! この卑怯者め!」
「お前らが潰れたら部費が増えるんだよ! 無意味な抵抗してんじゃねえ!!」
「あぐらかいたお前たちに赤っ恥かかせてやらあ!!」
「結果出せてない連中が吠えてんじゃねえ!!」
想像の数倍きたない野次である。
選手も観客もひどい罵声を浴びせ合っている。この試合の結果次第で自分たちの進退が左右されるとしたらこうなるか。
ええ、こわっ。
筋肉モリモリ男が近づいてくる。
サッカー部の部長、ガンテツだった。
「笑い者になると分かっていて、よく逃げなかったな」
対戦前に煽りにきたのだろうか。良い性格をしている。
「実力差のあるチームに90分間も相手してやるつもりはない。このあと異種格闘技最強決定戦も控えてるからな」
「お前もアレ出るのかよ」
「3点先取。交代無制限でどうだ」
「聞いたことあるルールだな。別にいいけど」
俺たちが淡々と取り決めをしている間も、周りだけは騒がしい。
そのほとんどがお互いへの呪詛や恨みつらみばかりだ。いい加減うんざりしてきたところで、他とは違う性質の声がきこえてきた。
「頼むぞお前たちー! 俺たちの部を守ってくれー!」
それが誰だったのかはわからない。
でも見渡してみれば、中には真剣な眼差しを送っている人もいる。両手を擦り合わせて、祈るように膝をついてる女子まで……。
「憐れな連中だ」
ガンテツが鼻を鳴らした。
「ここでお前たちが勝とうが負けようが、もうどうにもならないのに」
その通り。
廃部が撤回なんてまったくの出まかせ。
明日には相当数の部活がこの学校から消えているはずだ。
憐れとしか言いようがない。
でも、今の言葉は本心からのものだったのだろうか。
観客席を眺めるガンテツの横顔が、俺には物悲しく映る。
余計なことを聞いてしまったのは、そのせいだ。
「このままでいいのか」
「なんだと」
「クズの言いなりになってサッカーをしていくのか」
ガンテツの表情に怯えが現れた。
だがそれも一瞬のことだった。顔つきが一気に険しくなる。
「試合前に揺さぶりをかける腹づもりか。姑息だ」
「気付いてるだろ。クズが顧問になったのはお前たちを利用するためだぞ。何も教えられないくせに指導者気取り。勝てば自分の手柄で負ければ部員の責任。半沢直樹に出てきそうな悪党じゃん」
「そんなことはわかってる。だが、どういう教師であれ顧問には変わりない。俺たちはサッカーをしていたい。多少の不満は我慢すればいい」
「後輩にも同じ気持ちを味合わせるのか?」
「いい加減にしろ!」
太い腕が伸びてくる。
最近は胸ぐらやら頭やら掴まれてばかりだから、危機察知が得意になった。紙一重でガンテツの腕から逃れる。
だけど険悪な空気だけはどうしようもない。
殴り合いに発展してもおかしくない。ガンテツが何か言いかけたときだった。
突如、猛スピードで俺たちの間に割ってくるやつがいた。
誰か考えるまでもなく、速水だった。視界の外から一気に入ってきたからびっくりした。もしかして仲裁にきてくれたのか。
「やばいやばい! おい鈍足! 試合始まってるか!? さっき起きたから急いで走ってきたんだが!」
「まだこれからだよ。……鈍足って俺のことか?」
全然ちがった。ただ遅刻しかけただけか。いやマジかよ。こんな大事な日に。
でも速水のおかげで毒気が抜かれた。ガンテツも同じだろうが、まだ苛立ちを抑えられなかったのか足元の砂を蹴っていた。
「フン、のんきな奴ばかりだ。俺の気も知らないで」
周りの音が遠ざかっていく感覚があった。
ガンテツは自身の爪先を見つめたまま呟いた。
「お前、中学の頃にサッカー部はあったか」
脈絡のない唐突な質問。
だが結衣山に住み続けた俺は、それだけで意図が伝わった。
「ああ。あったよ」
「それは運が良かったな。俺の中学にはなかった」
珍しいことでもない。
結衣山は人が少ない。部活を作るだけでも苦労する。野球やサッカーなど、必要人数が多いところは特に。俺の中学のサッカー部もギリギリの人数だったし、今も存続しているとは限らない。去年あった部活が次年では消えてるなんて日常茶飯事だった。
「新設の結衣山高校なら、もっと人が集まると思ったから入学した。サッカー部を作れたときは嬉しかった。ただボールを追いかけるだけで楽しかった」
創設時から活発な部活だったんだろう。
記憶を手繰れば、サッカー部はいつもグラウンドにいた気がする。
練習した分だけ強くなっていくのは必然の成り行きだ。
それでクズに目を付けられたなら、本当に皮肉な話だ。
「誰にどう思われようと、俺は、サッカーができるこの環境を守りたい」
「………」
「クズ先生はこれまでも、自分の思い通りにならない生徒を潰してきた。それで部活動ができなくなった奴は1人や2人じゃない。何人も見てきた」
ガンテツは同情する目を向けてきた。
俺にじゃない。俺の横にいる速水にだ。
「速水、お前には同情する。陸上で大会に出れなかったのはあの人の仕業だ。サッカー部以外が実績をあげるのをあの人は恐れていたから。でもお前にも原因はあるぞ。おとなしく言う通りにしていれば、お前の走りは結衣山に……いや県外にすら知れ渡ったはずだ」
「ああ。俺は速いからな」
「本当は後悔しているんじゃないのか。クズ先生に逆らったことを」
速水の返答は早かった。
「してない」
「なっ」
「なんでただ走るために、あいつの言いなりになるんだ」
速水は当たり前にようにそう言い放った。
「大会に出れなかったのは残念だが、あいつの言うことを無視したのは後悔してない。また同じことを言われたって俺の答えは変わらない」
「陸上を続けられなくなってもか」
「どこでだって走れる。この両足さえあれば。でもクズに言われてやる走りは不自由だ。つまらない。息苦しくなる。お前はちがうのか」
「それは……」
ガンテツが口ごもる。
言い返せないのは図星を突かれたせいだろうか。
「お前にとってのサッカーも自由のはずだ。ボールを追いかけるだけで楽しかったって自分で言ってたじゃないか」
おお、ついに速水がこの競技の名前を覚えたぞ!
俺は少しずれた部分に感心していた。
ガンテツは弱々しく首を振った。
「教師とトラブルなんて起こして、もしサッカー部がなくなったら、俺は……」
「そうなったら」
速水が急に俺の肩を組んだ。え、なになに。マジでなに。
「こいつがお前の相手をする」
「えっ!? 普通に嫌だけど!?」
「意外と頼りになるんだ。人も場所もこいつに用意させればいい」
「俺に無許可で勝手に話を進めるな!」
なんで友達でもないやつの頼みをきくハメになるんだ。冗談じゃないぞ。
「たまになら俺も。サッカーは走れるから好きになってきた」
ガンテツは代わる代わる、俺たちを見つめてきた。
いや、あの、出来れば俺の方は見ないでほしいんだけど。困るだけだから。
「ふっ。素人相手じゃ、良い練習にはなりそうにないが」
ふっ、じゃなくて。そんな満更でもない反応されても。
え? もしかして俺、なんか妙なことに巻き込まれてるのか? 運動部のノリはマジでわからない。帰宅部だったツケが回ってきた。
「————良い練習相手になるかもだよ?」
別のやつがログイン。
その肌黒さと日本人離れの長身、なにより気弱そうな笑い方。
どこからどう見てもマルティンである。
「マルティン……」
「久しぶりだね。てっちゃん」
ガンテツを愛称で呼ぶマルティン。
やっぱりサッカー部と浅からぬ関係だったか。
「オレたちいっぱい練習してきたんだ。今日はいい試合になると思う。オレ、どういう形でもまた皆とフットボール出来るのが嬉しいよ」
「マルティン。俺は去年、お前のことを……」
「そろそろ整列しなきゃだから。もう行くね」
足早に去ろうとするマルティンを、俺と速水は追いかける。
振り返れば、ガンテツが中途半端に手を伸ばしているところだった。
「なんか話したそうだったけど」
「ううん。いいんだ、今は。あとでいっぱい話せるから」
マルティンはいつも通りぎこちない笑みを浮かべた。
「オレ、今日を楽しみにずっと待っていたんだ」
それぞれ色んな想いがあるよな、と当たり前のことを考えた。
みんな胸のうちに大事なものを秘めていて、それを守るために戦っている。
環境とか、信念とか、友達とか。
俺はどうだろう。
観客席にあいつの姿はない。
出来れば観てほしかったと思う。もし勝てたらどういう反応をするだろう。一緒に喜んでくれるか、それとも出れなかったことを悔しがるか、どっちかな。
「よし」
勝って、会いにいこう。
ホイッスルが試合の開始を告げる。
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