第37話 矛より盾
「ぐおおお痛ええええええ」
「骨が折れたああああああ」
ピッチには激痛にのたうち回る男子2人の姿があった。
ラグビー部とアメフト部である。
「もう無理だああああああ」
「医者を呼んでくれえええ」
2人はそのまま退場していった。
あ、ありのまま今起こったことを————いや、なんでもない。
端的にまとめよう。
キックオフ早々、ボールを無視して敵陣に突っ込んでいったバカ2名は相手CB(センターバック)のガンテツにタックルを仕掛けた。
「っしゃはー! いくぜオラー!」
「かましてやるぜー!」
とか叫びながら。
止める暇もなかった。
耳を塞ぎたくなるような激突音のあと、倒れたのは2人の方だった。
ちなみにガンテツは無傷だった。全力で体当たりされた側なのに。
しかも不意に手を差し伸べたかと思いきや、
「すまない。大丈夫か」
と心配してみせる余裕すらあった。
なんて良いやつなんだ。そんでラグビー部とアメフト部はなんて惨めなんだ。
アホ2人が退場していったことはどうでもいいんだけど、いきなり数的不利になってしまった。今のってレッドカード扱いだろうか。だとしたら相当まずいな。
「あのー、ガンテツさんや。ちょいとよろしいですかい」
「なんだ。その気持ち悪い喋り方は」
「図々しいとは思うんですケド。人数補充してもいいっすか。9人相手に勝ったところでそっちも微妙な気分にならん? なるよね! わー、ありがとう!」
「別に構わん。素人が何人いたところで結果は同じだ」
「へ、へえー。そっすか」
その慢心が命取りになるぜ!
とは言えなかった。息巻いてもダサいので黙ることにした。
数だけは無駄に多い廃部連合軍、次もゴリゴリの体育会系がFWとして入った。柔道部とレスリング部である。俺はあらかじめ忠告しておいた。
「いいか。ボール持ってない相手に当たりにいくな。絶対にいくなよ。フリじゃないぞ。怪我したら危ないんだから———」
「オラァ!! 敵討ちじゃあ!」
「場外に追い出してやるでごわす!」
きけよ。
止める暇もなかった。パート2だ。
さっきのリプレイみたいな光景を見せつけられて、こいつらも10秒ほどで退場していった。この試合、審判が存在してなくて本当に良かったと思う。じゃなきゃ戦うまでもなく終わってた。
「そろそろサッカーを始めたいんだが」
俺もだよ。観客は盛り上がってるけど。
これ以上問題が起きても面倒なので、リーダー権限でメンバーを総入れ替えした。血の気の多いやつらを下げて、野球やバレーなどぶつかり合いがない競技の部員を選ぶ。
サッカー部ボールから試合再開。
同じ高校生同士、走力とか筋力とかにそこまでの差はないと思う。サッカーは誰でも一度はやったスポーツだろうし、廃部連合軍での練習も行った。
とはいえ県まで進んだ選手はやはり凄まじい。
ボールタッチの技術、選手間の意識共有、戦術、全てがこちらを上回る。
中盤はあっさりと崩され、あっという間にゴール前。
最終ラインは俺とマルティン、あとめっちゃ離れた位置に速水。あいつはもっとゴール前に寄ってほしい。
マルティンと目配せする。
「俺が行く!」
ボールを持つ選手に俺はアタックする。
あらかじめチャレンジ&カバーの役割は決めていた。敵が迫ってきたとき、ボールをとりに行くのは俺。ゴール前に残ってくれるのはマルティンだ。
俺の接近を見て、敵はパスを選択した。
しかもただのパスじゃなくて、俺の股下を抜くようなやつだった。あ、なんか、すげえ悔しい。
しかもパス先には別の選手が走り込んでいる。
あ、しくじった。ゴール前ガラ空きじゃん。
先制点を覚悟する。でも結局そのパスは通らなかった。マルティンがカットしたから。
「え?」
敵が動揺している。俺もだ。
なんでさっき立ってた位置からボール奪えるんだよ。
まるでパス先もタイミングも全部見切っていたみたいだ。じゃなきゃ説明がつかない。
「だってオレ。みんなのこと知ってるから」
マルティンが前線にボールを蹴り返す。
カウンターの形になり、選手が一斉に群がっていく。
俺やマルティンは上がる必要はない。だから、今のうちに聞いておきたかった。
「さっきの。どうやって?」
「8番ゼッケンの選手はね……」
俺がアタックしようとした相手のことだ。
「パスが特に上手いんだ。技術的な面もそうなんだけど、度胸が凄くて。さっきの股抜きもそうだけど、もっと密集した場所で、針に穴を通すみたいな……そういうパスも得意」
「へえ?」
「それと、さっき抜け出そうとした12番。彼はダッシュが速くて。トップスピードは速水くんの方が上だけど、10メートル以内の加速力ならサッカー部で一番だよ。気を付けないと裏をとられちゃう。それから……」
マルティンはひとりひとり指差していく。そいつがどんなプレーが得意とか、本当はFWだったけど今ではDFをやってるとか、果ては交友関係や趣味のことまで。
もう俺の中では確信に変わるものがあった。
「マルティン。お前、元サッカー部だな?」
マルティンはなんとも言えない表情のまま、バツが悪そうに頷いた。
どうして辞めたかまでは聞かない。きっと不愉快なものに決まってるから。
「戻りたいって思うか」
「え。えっと、どうだろう———あ、ボール来たよ!」
敵が迫ってきたことで会話が途切れた。
マルティンに教えてもらったことを参考に、守りを固めてみる。俺ひとりでは敵の侵入を完全には阻止できないが、マルティンの負担は減ったらしい。全て危なげなく弾き返せる。
「うん。良い調子」
マルティンは今日初めてちゃんと笑った。
もっと一方的な展開になると思っていたが、俺たちは意外にも健闘していた。
頭の悪いバカばっかりの集団だが体力ある奴が多い。失敗を恐れない思い切りの良さとか、やられたらすぐにやり返す反骨心とか、なんかそういう感じが俺たちにはある。さすが結衣山で育っただけあるわー。
もちろんそれだけで全て上手くいくわけないんだけど、そういうのは全部マルティンがカバーしてくれる。一度、ゴール前で敵2人に挟まれた場面があったけど、マルティンは余裕でボールキープしてみせた。以前、プロ目指せよなんて軽い気持ちで持ち上げたけど、本当になってしまえばいいと思う。
「でもあっちの守備もやばいな」
こっちにも攻撃のチャンスは何度もあった。
だが全てガンテツによって阻止されている。ゴール前を陣取れず、中途半端なパスはクリアされる。こっちの守りは紙一重なのに、むこうはビクともしない壁か要塞って感じだ。
「てっちゃんはすごいよ。あの筋力だから誰にも当たり負けしないし、それでいて足も速いから守備範囲が広い。県内ナンバーワンのCBだと思う」
「どうやったら突破できる?」
お互い、矛より盾の方が強いから未だスコアレスのままだ。
「……攻め手に欠けるかな」
「俺ら3人以外全員攻撃してるんだけどな」
今はこちらの攻撃ターン。
野球部が勝負を仕掛けた。ゴール前、密集地だがシュートモーションに入っている。当然、何枚ものディフェンスが壁となって立ちはだかる。
だが野球部はそのまま撃ちにいかなかった。やわらかいタッチで浮いたボールは逆サイドへ。しかもそっちではバレー部が既に高く飛び上がっていた。
「おっ!?」
秀逸なフェイントだと思った。自分に敵を引き寄せ、空いた逆サイドのバレー部を使う。恵まれた身長とジャンプ力によって放たれたヘディングシュートはキーパーに届かない。
これは入る。そう直感した。
だが、視界の端からガンテツが猛ダッシュで駆けだした。助走を生かし、バレー部員とほぼ同様の跳躍をしてみせるとその額でボールを弾き返した。
「これでも決まらないのかよ!」
試合が始まって何分たっただろうか。
普通に90分で区切った方がいいんじゃないか。3点も入る気がしない。
ボールがサイドラインを割る。
サッカー部からのスローインになるはずだった。
だが、ここでガンテツの声が響く。
「メンバーチェンジ!」
何故か、サッカー部たちがざわつき始めた。
部員の何名かがガンテツに駆け寄り、なにやら抗議している。やがて渋々といった様子で2年生がひとり出ていく。代わりに入ってきたのは……。
「あれは誰だ。目覚えがないってことは1年生だよな?」
「オレにもわからないかな」
今年の新入部員ということだろう。
身に着けてる背番号は10番。エースということか?
遠目でしか見えないが流し目の横顔がクールだ。どこか退屈そうな瞳をしているのに存在感がある。たぶんモテるんだろうな。なんか黄色い声援がきこえてきた。
スローインを受け取ったのは、その10番だった。
すぐさまプレッシャーをかけにいこうとして、俺は足を止めた。
「—————」
やばい。なんだこいつ。
まだ一度もプレイを見てないのにわかる。フィールドで最強の選手はこいつだ。
無策で飛び込むのは危険だ。ドリブルでの縦突破を警戒し、10番と一定の距離を保つ。
「あのさ」
「え」
話しかけられるなんて微塵も思ってなかった。
「隙だらけだけど、もういい?」
10番が踏み込んだ。
仕掛けてくる。
でも狙いはわかる。重心が右に傾いていた。行きたい方向はそっちなんだろ。
ボールが蹴り出された。ほら、右。止められる!
だが次の瞬間、10番はもう俺の横を通り過ぎていた。
「なっ……」
なんだ?
今なにが起こった?
いや、わからないフリなんてするな。気付いているだろ。
今のはテクニックとかじゃない。緩急を利用した単純な速さだ。
反応できなかったから抜かれた。それだけ。
でも、嘘だろ。目で追うことすらできないなんて。
「そんなんアリか……」
反転し、すぐさま10番を追う。
正面にはディフェンスが間に合ってる。マルティンだ。俺が抜かれるのを見越してあらかじめカバーの準備をしていたんだ。さすが。
その長身を生かして、マルティンはシュートコースを消している。
敵陣に一人で突っ込んできた10番はパスを出せる味方がいない。
マルティンなら……いや、これで奴が止められると思えない。
細かいタッチでボールが躍る。あれだけ激しい動きなのにボールは10番の足元におさまる。あ、これがいわゆる『磁石でも仕込んでんのか!?』ってやつか。
攻撃パターンを絞り切れないのだろう。マルティンの表情がいつになく険しい。10番がどういうプレイヤーなのか俺たちは何も知らない。
「っ! 右から来るぞ!」
マルティンが反射的飛び出した。10番も同じ方向だった。
読み勝った。だがボールの位置がおかしい。かなり遠くに蹴り出している。10番が大きく踏み込む。わずか一歩半で再びボールが収まった。ワンアクションで進む距離がおかしい。
だが敏捷性はマルティンだって負けていなかった。同じ一歩で追いついてみせ、シュートコースを消すためにブロックに入る。
「止め……は?」
マルティンの動きを予見していたのだろうか。
嘲笑うみたいなルーレットターンでマルティンの真横を通り過ぎていった。
急加速したり反対方向にターンしたり、どういう脚力なんだ。
ゴール前。パソコン部のキーパーは棒立ちだ。
どこにどういう風に蹴ってもゴールネットを揺らすだろう。
シュートできれば。
「まずは1点目」
「気が早い!!」
死角から身体を思い切りぶつける。10番がよろめいた。
マルティンが時間を稼いでくれたおかげで追いついた。
しかし勢い付け過ぎたか。シュートを止めるためとはいえ、ほとんどタックルじみた危険な接触。審判がいればカードが出されていたはずだ。
10番とともに倒れ込みそうになる。押し潰してしまわないように倒れ方に気を回そうとしたときだった。体操服が引っ張られる感覚があった。同時に、よろめいたはずの10番が身体の軸を戻していく。
何が起きているのかまったくわからない。
ただ、致命的なピンチなのは理解できた。
「まずは1点目」
強烈なシュートがゴールネットに深く突き刺さっていた。
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