転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。

雨夜かおる

第1話 セカンドコンタクト

「だから別にち〇こなんて好きじゃないって言ってるでしょ!?」


 放課後、二人しかいない教室にて。

 彼女の口からとんでもない発言が飛び出した。


「落ち着け転校生。俺が悪かった。だからそんなデカい声出すな」


「あなたのせいでしょ!? ワクチンを二倍にしたらワクワクチンチンとか! ニコニコチンチンとかチンチンチラチラとかくだらないことばっか言って!」


「わかった。一旦、声のボリューム下げよう。な?」


「腑に落ちん。ふにふにおちんちんって……『お』が一個足りないじゃない! どこいったのよ!」


「あ、ああ。思いつきと勢いだけだった。すまん」


「まったく! どうせ仕掛けるならもっとネタを詰めてきなさいよ!」


 気になるポイントそこなん?

 セクハラで訴えるとかしないんか?


 怒ってカバンを手にする転校生————下野うらか。

 東京からこんなド田舎にやってきた彼女が気になり、ついちょっかいをかけてしまったが本気で怒らせたみたいだ。


「帰るのか?」


「当たり前でしょ!? クラスメイトからいきなり下ネタかまされたら怖いでしょーが!」


「悦ぶかと」


「誰が!?」


「シモ野」


「なんか悪意あるんだけど!」


 髪が逆立つ勢いで憤慨する下野である。

 人を怒らせておいてなんだが、不思議と申し訳なさとかは感じない。

 かつて親友たちと初めて会ったときに感じた興奮と一緒だ。


「じゃあ、下野はまったく下ネタが好きじゃないと」


「当たり前でしょ。っていうか、東京でそのノリやったら冗談抜きで通報案件だから。マジで気を付けなさいよ」


「じゃあ今から問題を出す。〇に文字を埋めて言葉を完成させろ」


「きけよ! 私の有難い忠告を!」


 有難い忠告とやらを無視して、俺はチョークを手にした。

 書き慣れない黒板に苦戦しながらなんとか書き終える。

 下野の顔はひきつっていた。

 書かれた問題はこれだ。



 ち〇こ



「さあ答えろ!」


「こ、答えられるわけないでしょ!」


「なんでだ? 一つや二つ思い浮かぶのがあるだろう。それを言え」


「…………」


 唇をきゅっと引き結び、下野が押し黙る。

 一つや二つといったが、もうそれしか思いつかない様子だ。

 激しい葛藤のすえ、下野は少しだけ顔を赤くしてその単語を口にした。


「ち、ちんこ…………とか」


「————」


 わざとらしく溜息をついて、窓の外を見やる。

 校庭ではサッカー部が練習に励んでいた。怒号のような掛け声がきこえてくる。額に汗を流しながら必死に走り回っていた。


 下ネタ転校生との対比がえぐいな。


「ねえ」


 解答を期待する下野の視線を受け、俺は大きく頷いた。


「ネクストクエスチョン」


「まって答えは!?」


 次のお題を記述していく。



 〇んぽ



「いい加減にしなさいよ!」


「さあ答えろ!」


「どうせチンポでしょうが!」


 今度は恥じらいも躊躇いも一切なかった。

 適応能力の天才か?


「なんなの。女の子にそういう言葉を言わせるのが好きなの? マジで警察呼ばれたいの」


「お前はちんちんに毒されている」


「あんたの頭だよ」


「ちんこだのチンポだの、もっと恥じらいはないのか東京女子」


「それしか答えがないくせに白々しい!」


「んなことねえよ」


 日本語はもっと広大だ。

 俺はそれぞれの回答を記すことにした。


 ちょこ

 さんぽ


「小文字アリなの!? ズルじゃん!」


「これでお前がむっつりだと証明されたな」


「まって」


「明日からお前のあだ名はむっつだ。あばよ、むっつ!」


「むっつは嫌だ!」


 下野は本気で嫌がっていた。

 なんだよ、良いニックネームなのに。


「もういっかい」


「む?」


「もういっかい! 問題出してよ。次はひっかからない」


「……ん?」


 下野は謎の対抗心を燃やし、俺に問題をせがんできた。

 予想外な展開にうろたえる。


 だが俺の苦悩を知る由もない下野は、まっすぐな瞳で俺を待っている。

 こんなときになんだが、やっぱり可愛い顔だなと思った。

 一回惚れて、幻滅して、また好きになりかけてる。我ながら耐性なさすぎか?


 目を合わせていると動揺が伝わりそうなので、さっさと問題を出してやるか。


「しょうがない。今から3問出してやる。それをノータイムで答えるんだ」


「ノータイム……?」


「お前がむっつりじゃないなら、瞬間的な閃きで下ネタが出るはずないよな」


「わかった。望むところ」


 気合い充分な下野。いざ参る!


「ちんころと呼ばれていた日本原産の愛玩犬種は?」


「っ!? ち、狆(ちん)」


「古代中国において皇族の一人称を?」


「朕(ちん)」


「アゴを英語で」


「chin」


「フランス語で『乾杯』の————」


「チンチーン!」


 グラスを傾ける仕草で答えてくる。


「全ッ問、正解! エクセレント!」


「よっしゃあ!」


 下野とハイタッチで喜びを分かち合う。

 肩を組み、互いにグラスを合わせながら「チンチン♪ チンチン♪」とはしゃぐ。

 そうしてひとしきり騒いだところで。


「…………いやおかしくない!?」


 たっぷり時間をかけて下野が我に返る。


「才能あるぞ」


「誰に!? 何の!?」


「シモの」


「いま名前呼んだんだよね!? ねえ!?」


「お前は天才だ」


「そんな才能いらない!」


 ぎゃあぎゃあと文句を言う下野。

 本人にとっては不名誉な称号らしい。


「だ、だいたい! 穴埋めじゃないならそう言っておくべきでしょ!? 動揺したじゃない!」


「動揺したわりに解答が的確なんよ。けっこう難しめの問題だったのに」


「答えが全部ほぼ一緒でしょうが!」


 それにしても、だよ。

 雑学、歴史、語学にいたるまで守備範囲が広すぎる。


「それに4問目が出てきたし……」


「そう、それだよ、4問目。俺も文句あるぞ。出題の途中でかぶせてきやがって。早押しクイズじゃないんだぞ」


「だってどうせ薔薇の話でしょ」


「……はい?」


 何の話だ。

 わけがわからず固まっていると、


「だーかーらー、チンチンって名前の薔薇でしょ。4問目の答えは」


「いや、普通にフランス語で乾杯はなんていうかって問題だったんだけど……」


 チンチンなんて名前の薔薇が存在するわけないだろ。

 こいつもしかしてやべー奴なのか。

 身の危険を感じ、俺は後ずさりした。


「なんで離れるの!?」


「い、いや、だって……」


「む、むかしの番組でそういうのを扱ってたの! てかキミもそこから持ってきたんじゃないの!?」


 疑いの目を向けると、下野はその番組名を教えてくれた。

 半信半疑で検索をかけてみる。本当にあった。マジでチンチンって薔薇が紹介されている。

 だがこの番組、俺らが生まれた年くらいに放送が終了している。

 つまりリアルタイムで見ていたわけじゃなくて……。


「じ、自分から調べにいってるじゃん」


「い、いやいや! 別に私がこういうの好きとかそういう話じゃないんだって! 前の学校の友達とかがグループラインに貼ったりして、それで見たことあるだけだし! そういうノリわかるでしょ!?」


「れ、レベルたけぇ……」


 もしかして東京ってやばいところなのか。

 どいつもこいつもノリで下ネタを学んでいるのか。

 もう一生この故郷から出ないでいようかな。


 下野の言い訳は続く。


「私は頭がいいの! あなたと違って! 東京で受験勉強頑張ったし!」


「知的なせいでむしろ変態性が増したが」


「へ、変態って……!」


 赤くなったり青くなったり忙しそうな下野だったが、やがて虚無の顔になった。


「おうちかえる」


「気を付けてな」


「うん」


 とぼとぼした足取りで下野は教室をあとにしていった。

 追いかけようか悩んだが、今はそっとしておこう。傷心中のようだから。

 縮こまった下野の背中が見えなくなったところで、俺は呟いた。


「けっこう楽しかったな」


 転校してきてからというもの、下野うらかは誰とも接点がなかった。

 彼女が孤立してしまったのは俺のせいでもある。転校初日の余計なちょっかいのせいで下野はクラスに溶け込むタイミングを失った。


 今まで心苦しかったが、あの様子なら大丈夫だろう。教室でもさっきのノリを出せれば一気に馴染めるはずだ。最後のほうはお互いに盛り上がったし……。


「………」


 俺の脳裏を『チンチン♪ チンチン♪』がかすめていく。

 盛り上がったの下ネタ限定じゃねえか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る