第2話 ファーストコンタクト
語らねばなるまい。下野うらかがやってきた日のことを。
おそらく彼女にとって黒歴史となった転校デビューを。
ほんの2週間前。
担任のキズナ先生は教室に入るなり大声を張り上げた。
「今日はこのクラスに緊急アップデートが入るッ!」
「……?」
なんだ。アップデートって。ゲームの話か?
キズナ先生はまだ校内でのキャラ付けに迷走しているらしい。今日は情熱系教師の日らしい。
成人男性の奇行は目に余る。クラスの女子は腰が引けていた。
「転校生がきたぞって意味だ」
「だったら最初からそう言えって————転校生!?」
「しかも東京から」
「フロムトーキョー!?」
なんて可哀想な。
あんな大都会からこんなクソ田舎に引っ越してくるなんて。
結衣山の良いところなんて自然豊かなトコだけだ。これで喜ぶのはアスレチック趣味のあるやつだけ。
「おとこー、おんなー?」
「女だ」
「Yeah」
「しかもけっこう可愛い」
「Fooo~‼」
男子も女子も大盛り上がりである。
ぶっちゃけ性別はどっちでもよかった。転校生ってだけでテンション上がる。過疎化の一途をたどる結衣山から出ていく人間は多くても参入してくるやつはいない。歓迎するには充分な理由だった。
「さあ、そろそろ紹介といこう。しかも一発芸を披露してくれるらしい。転校生カモン!」
「しませんけど」
平坦な声と真顔で入室してきた少女。それが下野うらかだった。
彼女を一目見た瞬間、懐かしい思い出たちが引き起こされた。
小学生のときに好きになったハルカちゃん。
中学生のときに好きになったカナコちゃん。
高校ではじめて好きになったミドリちゃん。
全員の雰囲気と共通するものを感じる。
長い黒髪なのによく手入れされているところとか、やわらかそうなほっぺとか、ちょっと不機嫌そうに目を細めているところとか。
まー、何が言いたいのかというと。
ドがつくくらい、タイプの女の子だった。
「では自己紹介を頼むぜ、ベイビー。最初が肝心だ。かましてこうぜ!?」
「先生うるさいです。黙ってもらえませんか」
女子高生に泣かされる教師の図ができあがった。
そんな光景はわりと日常茶飯事なので、先生のことは無視して下野へと視線を戻す。
少しだけうつむきながらも、優美な所作で教壇の前に立つ下野。
俺はごくりと喉を鳴らし、彼女の第一声を心待ちにする。
そうして紡がれた言葉は、
「私。皆さんと仲良くするつもりはないです」
というものだった。
う、うあ~~~~~!!
き、きち~~~~~!!
嫌いなタイプですわ!!
100年の恋が一気に冷める。
「父の仕事の都合で引っ越してきました。本当に嫌だったんですけど、どうにもならなくて。最後の抵抗と思って編入試験は全部白紙で出したんですけど何故か受かりました。本当に何故ですか」
「名前だけ書いても受かるぞ」
俺の発言を皮切りに、各所で「俺も」「あたしもー」という声があがる。
下野は蔑むように笑った。
「さすが、新設のバカ高校」
結衣山高校は創設されてから二年しか経っていない。
今年の新入生は知らんが、去年は受験の合格基準がすこぶる低かった。
俺の親友2号は試験すらしてないのに受かってた。なんでだよ。
「まあ、そんなトゲトゲすんな。この高校にも良いところはある」
「どんな?」
「俺たち2年生が最高学年だ。しかも後輩(パシリ)が100人も入ってくる。存分にイキリ倒せるぞ」
「くだらない」
一蹴されてしまいましたとさ。
だが下野は俺を個別認識してくれたらしい。有象無象の中から一歩リードだぜ。今となっちゃあんまり嬉しくねえけどな。
「だいたいあなた誰。委員長的なひと?」
「俺は清浦。みんなからはキヨぽんとかキヨむーとかゲーム実況者とか呼ばれている」
「呼んでねえよ」
真横から親友1号の冷静なツッコミ。控えめな笑いが起こった。
こういうノリのクラスです。
「そっちも名乗ってくれると嬉しいぜ。じゃないとこれからマイハニーって呼ぶぞ」
「下野うらか」
愛想ゼロで名乗る転校生。
せめて黒板に書くとかしろや。転校初日だろ、もっと初々しい感じでこいよ。
「ふむ。じゃあ下野さんもクラスに打ち解けたようなので」
「キズナ先生は目ん玉腐ってんのか?」
「下野さんの席は……おっ、清浦くんのうしろが丁度空いてますね。あそこに座ってください」
下野は懐疑的な視線を向けてきた。
「なんで都合よく席が空いているんですか」
「え、えーと、それは……」
キズナ先生があからさまに口ごもった。
アドリブに弱い先生だな。助けてやるよ。
「ここは俺の親友2号の席だ。けど自由に使っていいぞ。俺が許可する」
「なんでよ。2号はどこにいるの」
「今日は来ない。あと2週間は来ないだろうな。自分探しの旅に出てるところだから」
適当に喋って煙に巻いたつもりだった。
だが、どうやら下野は勘の良いガキらしい。
「暴力沙汰でも起こして謹慎処分になった?」
「さてね」
「ふん、なにが自分探しよ。自制がきかなくてすぐ手が出る野蛮人ってだけじゃない。そんな人は一生外に出てこない方が世のためよ」
カッチーン!
何かがプツリと切れました、と。
下野がキズナ先生に促され、こっちに歩いてきている。
このまま黙って通すつもり気は毛頭ない。
下野が真横を通る寸前、俺は足をスッと伸ばして進路を塞いだ。
鬱陶しげな舌打ちがきこえた。
「ねえ。ガキみたいなことやめてくんない」
「んー、一言。言っておかなきゃって。取り消してくれない?」
「はあ?」
「野蛮人だの、外に出ない方がいいだの。間違ってもあいつの耳に入れたくないんだわ。あいつは良い奴だからよ。会ってみたら意外と下野と気が合うかもしれないぜ」
「知らない。いちいち突っかかってこないで」
「いーや、突っ込むね。こういう小さな誤解や偏見をそのままにしておくとあいつは独りになっちまうからな」
「ねえ。言いたいことはそれで全部? だったら足どけてくれるかな」
「勝手に越えていきなよ。そんな高くないだろ。まあ、2号への悪口を撤回してくれるならすぐにどけるけど」
さっきまでの歓迎ムードはどこへやら。
胃をしめつけられるようなギスギス感が充満していく。
大気汚染に耐えきれなかったのか、親友3号が泡を吹いた。なんかごめんよ。
時計の針の音ですらよく響く教室で、下野がふいに口をひらいた。
「わたし、あなたたちとは馴れ合わないわ。短い付き合いにするし」
「ほう? どういう意味だい」
「言葉のままよ」
相手をするのがバカバカしいと言わんばかりの不遜な態度。
全員がこうだとは思わないが、やっぱり都会の人間はいけ好かないな……なんて考えていた次の瞬間のことだった。
ビターン! と、どこか間抜けな衝撃が教室を襲った。
「えっ」
倒れている。下野が。なんで?
いや、見逃してはいない。
俺は一部始終を目撃していた。
彼女はつまずいてコケたのだ。何もないところで。しかもコントでしか見ないようなあざやかなフォームで、顔面から。水泳選手みたいだった。
「————え。ええ?」
断っておくが俺の足に引っかかったわけではない。そのハードルをとっくに越えた地点での出来事だった。
下野の体が『く』の字みたいに曲がる。スカートがおもいきりめくれ上がったが、さすがにこの状況でラッキーとか考えられない。スケベ心より心配が勝る。
「だ、だいじょうぶか……?」
下野はすっと立ち上がった。
綺麗な姿勢で通り過ぎていく。
『いま、なにかありましたか? 転んでませんけど?』
みたいな横顔をしていた。
いや、何も誤魔化せてないんよ。
流れ落ちる鼻血が親友2号の机周辺に赤い染みを作っていく。
ああ。また流血沙汰だなんだと騒がれるんだろうな。
下野が緩慢な動作で椅子を引く。そしてそのまま座ろうとして————
今度は下野の姿が消えた。
「!?」
ガタン! バタバタバタ……!
下野はおしりを押さえてのたうち回っていた。
どうやら距離感ミスって座り損ねたらしい。相当痛かったらしくまだ転がっている。わざとにしか見えないが、わざとにしては痛がり方がガチだ。
だいじょうぶか、なんて今更聞けない。
気遣えば余計に傷つける気がした。
さあ立て。立つんだ下野。何も見なかったことにしてやるから。頼むからおとなしく着席してくれ。
「ぐすっ……ひっく」
「!?」
しくしくと、下野うらかは真っ赤な顔ですすり泣いていた。
「き、緊急メンテナンスを実施する!」
「え、清浦くん、突然なに。ゲームの話?」
「キズナ先生だけは察しろよ! 下野を連れて一旦廊下出ろって!」
「あ、ああ。そういうことか」
ようやく察してくれたキズナ先生は、半ベソかいている下野と外に出ていった。
「出たか? 出たな? よーし、お前ら。俺たちは何も見てない聞いてない。転校生がやってくるなんてまだ知らない! 準備はいいな? 皆は1人のために! よし、キズナ先生入ってこい!」
ガラッ、と。
再び入室する我らが担任。そのうしろに小さくなった下野。
「きょ、今日はこのクラスに緊急アップデートが入る!」
「WRYYYYYYYYYYYY!!!!!!」
俺たちの心はひとつになった。
下野が超無難な自己紹介をしてくれる。
好きな飲み物はいちご牛乳だってさ。
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