第3話 うしろに可愛い顔があったもので

 下ネタ談義に花を咲かせた翌日。



 俺はいつもより早く学校にきていた。無論、下野に早く会いたかったからである。


 下野と仲良くなるため、昨日は徹夜で笑える下ネタを調べまくった。

 おかげで俺のスマホの検索履歴はえらいことになった。見られたら問答無用で病院送りだ。


 そわそわしながら彼女の到着を待ち続けること三十分。教室にほぼ全員のクラスメイトが揃っても、始業のチャイムが鳴っても下野は姿を現わさなかった。


「え。なんで」


「どうしたー、清浦。出欠を取ってるんだ。しっかり返事するんだぞ」


 キズナ先生が白い歯を見せてさわやかに笑った。

 今日はイケメン風優男キャラでいくらしい。先生の性格は日替わりで変わるし、日を跨がなくても突発的に変化することがある。去年から付き合いがあると、いいかげんこの習性にも慣れる。


 でも女子の何人か顔を赤らめてるの、なんか納得いかないな。


「せんせー、下野さんがまだ来てないです」


「ん、そうか。欠席の連絡はきてなかったが……」


 そう言った直後、教室のドアが控えめに開かれた。

 現れたのは下野だった。よかった。ちゃんと来てくれた。

 すぐに入ってくればいいのに、下野は迷子みたいに立ち尽くしたまま微動だにしない。


 キズナ先生が穏やかに笑う。


「いいぞ。席につけ。まだ下野の名前は呼んでなかったからな」


 その声に促され、下野はおそるおそるといった調子で一歩を踏み出す。

 亀のようにのっそりとした足取りだ。下野はどこか怯えた顔で俺たちを見ている。地雷原でも歩かされているのか。


 長い時間をかけて、下野はようやく自分の席に収まる。その際、何故か机の中や椅子の表面を念入りに調べる素振りがあった。


「よっ」


 違和感があったが、気にせず小声で話しかけた。

 びくっと、下野が少しおおげさに身体を震わせる。


 え、なんだよ。俺の方がびっくりだわ。


「どうしたよ。様子が変だぞ」


「べ、別に」


「運が良かったな。今日のキズナ先生は優しい。スパルタ鬼教師の曜日だったら問答無用で欠席扱いだったぜ? 寝坊でもしたのか」


「学校には三十分くらい前についてたけど……」


「ああ? なんだよ、だったらもっと早く教室こいよ。ずっと待ってたんだぞ」


「え、待ってたの……」


 顔面蒼白になって、下野の唇が渇く。

 こいつ、マジでどうした?

 昨日の今日で不自然すぎないか?


「こらー、清浦。いつまで後ろ向いてるんだ」


「すいません。うしろに可愛い顔があったもので」


「休み時間に思う存分眺めなさい」


「そうします」


 やんわりと注意され、渋々だが前に向き直る。

 まあ、いっか。とりあえず後回し。話す時間なんていくらでもあるんだからな。


 なんて思っていたら下野は休み時間のたびに姿を消した。

 一時間ある昼休みも一切見かけなかった。隙がない。

 聡明な俺の頭脳が回転する。そして一つの結論を導き出した。


「なるほど」


 どうやら俺は避けられているらしい。

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