第34話 そんな恰好で飛び跳ねてはいけない
翌日からの結衣山高校では俺たちの話で持ち切りだった。
娯楽の少ない閉鎖的な土地柄のせいか、こういう話題はすぐに広まる。当事者でなかったら俺もはしゃいでいたかもしれない。
決戦の日は近い。俺はマルティンとの特訓に明け暮れた。
「ボクらはディフェンスを任されたから、それ中心にしようか」
「任されたというか押し付けられたんだけどな」
マルティンは苦笑した。
ラグビー部やアメフト部を始め、ガタイのいい連中が全員攻めたがったせいで俺らは後ろのポジションに追いやられてしまった。ゴールキーパーはコンピュータ研の部長だ。はっきり言ってしまえば不安である。
「速水を入れて、DFは俺たち3人だけか。守り切れるか?」
「こういうフォーメーションがないわけではないけど、前のめり過ぎかな。人数足りてないから、もし攻められたときはゴール前固めよう。両サイドは好きに使われちゃっても目的を見失わないように」
なるほど。わからん。
戦術なんて素人には難しい。あとで時間があるときに動画見ておこう。
それはそうと。
「いつまで走ってんだ、速水~!! ボール触れー!」
「むっ」
河川敷を走り回っていた速水が戻ってきた。
連携確認のために速水も呼んだのに、こいつは1人で好き勝手に走っている。
「さっきから一回もボール蹴ってないじゃねえか」
「走れないやつから戦えなくなる。俺は本番まで走り込む」
いや、言っていることは正しいけど。
こいつ、俺らがさっき決めたルールは理解しているんだろうか。
「おい、速水。ボールホルダーが突っ込んできたらお前はどうするんだっけ」
「ぼーるほるだーって何だ」
「……ボール持ってる選手のこと」
「そうか」
じっくり考え込む速水。
「忘れた」
「だろうな」
気付いていたよ。
マルティンはさすがに絶句していた。え? え? と、うろたえている。
俺はサッカーボールを遠くに蹴り放った。
「ほーれ、とってこーい!」
「っ! そういうのは任せろ!」
秒で追いついた速水がそのままUターン。
取ってきてもらったボールをまた別の場所に蹴り込む。犬みたいに駆け出す速水。これで多少はボールの感覚が残るはずだ。そう信じたい。
「マルティン。速水はあの調子だし、俺も素人だ。ほとんどマルティン頼りになると思う。指示は任せたぞ。言う通り動くから」
「指示……」
マルティンは難しい顔で唸っていた。
でも最終的には頷いてくれる。
「うん。わかった」
3人で特訓できない日は1人でもボールに触った。
朝はリフティングをしながら登校して。
昼は壁当てで跳ね返ったボールを受け止めて。
夜は何故かムラサキに呼び出されていた。
グランシャリオ結衣山に。
「なんで毎回ここまで来させる……」
「あたしが見たいからだ」
勝手な理由だ。でも無視したら拗ねるのは目に見えている。あとになってご機嫌取りをさせられるくらいなら、ここまでくる労力くらいなんてことはない。
「今日はどうするかな」
スマートフォンを取り出す。
結衣山の土地は辺鄙でも、この世は情報化社会。動画サイトを軽く検索するだけで色々な練習方法がヒットする。その中から1人で出来そうなものを実践していく。
選んだのは結局リフティング。でも単調に続けるためじゃなくボールコントロールを目的とした練習だ。高く上げたボールを、胸やもも、慣れない左足で浮かないよう止める。試合中のこぼれ球をすぐに拾えるようにしておきたい。
「飽きもせずによくやる」
「俺のセリフだ」
ムラサキに見守られながらの自主練もこれで3回目になる。
ほんの一時間くらいだが、当然ながら俺は自分のためだけにその時間を使う。呼び出されたところでかまってやれないのだ。
だがムラサキは不満な様子もなく、じーっと俺のリフティングを眺めている。
ときたまプロマックスをこちらに向けているのは録画のつもりか。別にいいけど。
「どうせならパス出してくれない?」
「汗かくからイヤ」
「あーあ、変わっちまったな」
ボール遊びでも川泳ぎでも山籠もりでもなんでも、とにかく俺を引きずり回したやつのセリフとは思えない。
今では多少おとなしくなったが、幼い頃のムラサキのバイタリティについていけるのは俺だけだった。色々な遊びを考えてくるくせに飽きるのも早くて、そういう意味でも振り回された。せっかくこっちが楽しくなりかけても全部無視だった。
「今でも覚えてる。新聞紙丸めて作ったボールを蹴り転がして職員室を暴れ回ったこと」
「あとで一緒に怒られた」
「怒られたのは俺だけな? ムラサキはそういうときいつも1人で逃げるから」
「そうだっけ」
「そうだよ」
軽く雑談を挟みながらもリフティングは継続。ボールコントロールに余力が生まれ始めている。一週間みっちり特訓した成果を感じて楽しくなる。俺はなにやらせても出来る男だからな!
「自分の才能がおそろしい」
「………」
「決戦のときが楽しみだわ。活躍し過ぎて女の子にモテモテになっちゃうかも」
「………」
「でも安心しなよ? もしそうなってもいつメンが優先だから。なんたって俺もお前といるときが一番楽しいもん」
「………」
「なんか言えや」
調子に乗ってもボケても思い切ってからかってみせてもムラサキはノーリアクションだ。最後のイジりなんか、けっこう勇気出したんだけど。一発もらう覚悟までしてた。
「あたしは」
ムラサキがようやく言葉を発する。
「欲望に忠実だ」
「急になに。知ってるけど」
「したいときにしたいことをやってる。食べたいときに食べて、寝たいときに寝て、会いたいときに会いたいやつに会う」
「うん。だから知ってるって。ムラサキはそうだろ」
「トウマは逆だ」
「………そ?」
「誰かに合わせてばっかりだから、自分を見失うんだ」
足元が狂ってボールが跳ねた。
ムラサキのほうへ転がっていく。
「なんの話?」
「うらか」
「どストレート。もう少し回りくどくしてくれていいよ?」
「話さないでいいのか」
ほんと、グイグイくるな。
今日にいたるまで下野とはあまり話せていない。
飯は一緒だし雑談もするが、上っ面だけでぎこちない雰囲気になる。本当に話したいことは別にあって、でもそれをお互いに避けているせいだった。
「今はサッカーに夢中だから」
「こんな玉蹴りにか」
ムラサキがサッカーボールを爪先ではじく。
俺の真似か、リフティングをしようとしているが力加減がまったくダメだ。あちこち明後日の方向にボールは跳ねていく。
でも流石なのは一回も落とさないところだ。全部に追いついていく。
俺にとっては意外でもない光景。ムラサキだって、こんな小さい身体で運動神経オバケだ。主に喧嘩に特化してるけど。
「あたしにはわからねえ。こんなボール遊びの何がおもしろいのか」
「………」
「気を紛らわすのに必死。そうとしか見えない」
さすが親友。
よくわかってるじゃん。怖いくらいに。
「ハァ……」
ひとつ溜息。
時計を見る。9時前だ。まだ寝てないと思う。
「ちょっと行くところできた」
「ん」
ムラサキはボールを蹴りながら答えた。
おい、段々夢中になってきてないか……?
「それと一応言っておくけどな」
「ああ」
「そんな短いスカートで飛び跳ねるな。見えてる」
「じっくり見てたトウマも大概」
「い、いやっ、そんな見てないし」
本当だよ?
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