第28話 まけぐ……廃部連合結成

「諸君。よく集まってくれた」


 旧校舎の一室には総勢20名近い結衣山生がひしめき合っていた。

 あんな置手紙で呼び出されてくれるあたり、みな九頭への鬱憤を相当抱え込んでいたらしい。


「お前か? 俺たちを集めたのは」


 一人が赤紙を取り出すと他の生徒も倣って同じものを見せてくれた。

 いかにも。廃部騒動の経緯をキズナ先生から聞き出した俺は、対象となった部活の部室に手紙を配っておいた。『廃部の運命に抗いたいか?』という文言で。


 え? ダサいって? 俺は楽しいけど。レジスタンスみたいで。


「お遊びに付き合っているヒマはねえ。その廃部の件で今から校長に直談判してくるところだからよ」


「それは一番無駄だよ」


「なんだと」


「校長は何もしないって分かり切ってるだろ? だいたいこの騒動の主犯格はクズなんだよ。あいつをどうにかしない限り廃部は覆らない」


「ちっ!」


 ドカッとイライラしたままその男子は座り直した。

 おそらく九頭とも対峙した後だったのだろう。他の面々も。顔を見ればどういうやり取りがなされたのか想像に難くない。


「最初に大事なことを確認するぜ。全員、自分たちの部活を守りたいからこの場に集まってきた。おーけー?」


 皆が頷く。


「次だ。あのモンスター教師と真っ向から対立する気概があるか?」


 皆が頷く。


「最後に。全校生徒から笑い者にされても戦えるか?」


「なっ……ああ?」


 今度は皆頷かなかった。

 意味が分からないのは当然だ。計画について何一つ伝えてないのだから。


「ここに集まっているのは実績を作れなかった部活だ」


「てめっ……! 煽ってるのか!?」


「不服なのはわかる。俺だってこの決定に納得なんかしてない。でも一見暴論じみたクズの主張が通っちまうのは、それに賛同する教師陣もいたからだ」


 特に、結果を叩き出した部活動の顧問が。

 キズナ先生に教えてもらった議事録によれば、本来の処分は予算の削減・配分見直しに留まっていたらしい。だがサッカー部の予算をさらに欲しがった九頭が、強引に廃部の方向で話を進めていったのだ。全体の部活数が減れば、それだけ多くの予算を獲得できるからだ。


「そんなのどうしろってんだよ! だってもう大会に出ようにも……」


「そう。実績を作ろうにも時間がない。来月の職員会議には正式な決定が下される見込みだ。そうなったら本当に終わりだ」


 重苦しい雰囲気の中、全員が固い表情になった。

 みんな自分たちの部活に想い入れがある。結衣山高校は去年できたばかりの新設校。当然、部活動としての歴史もまだ1年しかない。メンバー集めから始動まで全て自分たちでやってきたのだから、このまま黙ってなんていられない。


「何か策があるんだよな。だから俺たちをここに集めた」


 さっきとは別のやつが声をあげた。

 部屋中の視線が一気に集まるのを感じる。期待じみていて重苦しいな。

 俺は作戦を口にした。


「球技大会だ」


「あ……?」


「球技大会で俺たちの価値を————いや。逆かな。実績ある部活動の価値を潰す」


 まだ俺の意図を掴み切れていないらしく、ほとんどのやつが困惑顔だ。

 この場には少数ながら1年生もいる。説明がてら球技大会にも触れていこう。


「結衣山高校の球技大会は全日程1日だけ。しかも競技種目はサッカー、バレー、ソフトボールの3つ。クラス対抗で試合が行われていくが……知っての通りウチは全校生徒数が少なくてね。去年なんか午前中で全部の試合を消化した」


 面白みの欠片もないクソ行事だった。

 新入生が入ってきた今年はさすがに午前中で終わるってことはないだろうが、全校生徒200人以下、8クラスしかない。たぶん、今年も寂しい行事になる。


 だが。


「さあ答えろ2年ども! 去年、球技大会で不完全燃焼だったお前らはどこで何をしていた!?」


「————カオスタイムだ!」


「え。ごめん。カオスがなんだって?」


 なんかいきなり履修してない用語が出てきてな。

 2年の運動部どもが一気に騒がしくなった。


「ありゃあ楽しかったな! 全種目最強王者決定選ってなぁ!」


「そうそう! 結局、球技なんかじゃ決着がつかねえってなんでもアリの異種格闘技戦になってよお! 俺は初戦で敗れちまったが、誰が優勝したんだっけ」


「ガンテツだよ」


「うわっ、あいつかよ。でも納得だわ、なんせ鋼の肉体だしな……」


 完全に俺を置いて盛り上がってやがる。

 俺は実際にそのカオスタイムとやらを体験できていない。だって親友たちがそそくさと帰り支度するんだもん。あの日の午後はオヤカタとヨウキャと遊んで、夜はムラサキと映画観てた。あいつらと遊ぶのはもちろん好きだけど、こういうの見逃すと惜しい気分になる。


「まあいい。でもそのルール無用の無法地帯になったらチャンスだ。どんな相手ともマッチングが成立するその異空間————カオスタイムに勝負を挑む」


「どこにだよ。だいたい廃部と球技大会で話関係ねえだろ」


 訝しんだ顔が並ぶ。

 ここまでの流れでわかるやつがいてもよさそうだが……。


「サッカー部だ」


「あ?」


「クズが率いる結衣山高校サッカー部を倒す。ここにいる俺たちが」


「なっ……」


 驚愕と動揺が広がっていく。ようやく俺の狙いが伝わってきたらしい。

 俺はさらに作戦の補足説明をした。


「クズの言い分は『優秀な部に金をよこせ』だ。ウチのサッカー部は確かに強い。でもそれが期待外れな部だと知れ渡ったら? 野良試合とはいえ勝負は勝負だ。サッカー部を負かせば、教師陣は誰もクズの味方にならない」


 元々、九頭は教師陣から嫌われまくっている。

 職員会議でキズナ先生が上手く立ち回れば、その空気は作り出せるはずだ。


「いやいや、ちょっと待てよ! それは勝てばの話だろ。サッカー部は県大会まで進んでんだぞ。勝てるわけねえだろ!」


「皆そう思ってるだろうよ。でも、だからやる意味があるんじゃないか」


 俺は大袈裟に腕を広げてみせた。


「想像してみろ。経験者揃いのガチ集団VS寄せ集めの素人集団。普通にやり合えばサッカー部が勝つ。見物人全員がそう思うよ。けど、それを引っくり返したら? しかも全校生徒に見せつけてやったら? これほど爽快なことはないだろ。廃部連中の想いを背負って圧倒的な実力差を覆した俺たちは学校のヒーローだよ。賞賛の嵐。女子はメロメロ。廃部は撤回。良いことづくめ!」


「………」


「まあ無理にとは言わないよ。失敗したら間違いなく笑い者にされるだろうからね。腰が引けちゃっても仕方のないことさ。ただ……それでも挑みたいという、本当に勇敢なやつだけ残ってくれたらそれでいい。お前らはどっちだ?」


「—————」


 シン、と静まり返る。


 勝ち目の薄い戦いに絶望しているわけではない。

 俺の絵空事みたいな作戦に呆れたわけでもない。


 むしろ、みんなの目が熱を帯びていくのがわかる。


「おいどーする!?」

「俺は正直燃えてきたぞ」

「いいねえ。クズをぶっ飛ばすチャンス到来だぜ」

「女子にモテモテ。ウハウハ」

「なあ、そのさっかー? どこまで走れば勝ちなんだ。タスキ必要か?」


 自分でそそのかしてなんだけど、結衣山のやつらって単純なバカばっかりだな。ノリが良くて助かるけど。あと、1人だけサッカー全く知らないやついるな?


「いいぜ。お前の口車に乗ってやる。最初に顔見たときは胡散臭いヤツだと思ったんだがな。名前は?」


「清浦透真だ」


「清浦……? なんか聞いた覚えがあるな。どこの部活だ」


「俺は帰宅部だ」


 瞬間、檀上の俺に様々なモノが投げつけられた。


「引っ込めー!」

「図に乗るな!」

「運動部差し置いて偉そうにしてんじゃねえ!」

「あいつを引きずりおろせ!」

「俺より足速いのか?」


 俺より二回りくらいデカい男どもが押し寄せてきた。

 まあサイズ感的にはオヤカタみたいなもんだから、可愛く見えてくるけど。


「おういいのか!? ここで俺をボコって!? 下野うらかが黙ってねえぞ!?」


「へっ? え、ちょ」


 置き物と化していた下野が素っ頓狂な声をあげる。

 誰も気付かなかっただろうけど、俺の演説中もずっと真横に突っ立っていた。半分くらい眠りかけていたみたいだけど。


「や、やはり下野うらか……!」


 強者の存在に、男たちの足が鈍った。


「女に助けを求めるとは、なんて情けない奴」

「しかし下野うらかは強いぞ。ガンテツ以上かもしれん」

「俺たちが束になっても勝てねえってことか……!?」

「病院送りにされるぞ……!」

「俺より足速いのか!?」


 下野うらかの名前は効果てきめんだった。

 怒り狂っていたはずの連中は脱兎のごとく逃げ出す。


「あ、しまった。練習時間を伝えそびれた。また連絡取るの面倒だな」


「ねえ。私の印象が孤高でクールでミステリアスな美少女からどんどん遠ざかっていくんだけど」


「そんなことより」


「そんなこと……?」


 ほとんどの生徒が逃げ出してしまった教室で、一人だけ悠然と腰かけているやつを見つける。


 まさか逃げ遅れたわけではあるまい。

 実力者特有の泰然とした雰囲気を感じる。

 こいつは一体何者なんだろう。


「で、俺はいつ走ればいいんだ?」


 変人なのは間違いなさそうだが。

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