第29話 アホ韋駄天と気弱な超人

 そいつの名前は速水といった。陸上部だ。

 丁度いいので伝言役を任せてみた。今日の夜、学校近くの河川敷で作戦会議だと。


「任せろ。1分で伝えてくる」


「いやそんなスピード感いらな————」


 言い切る前に速水の姿が消えた。

 風のように去っていく背中だけが見える。


「なんなんだあいつは……」


「この詐欺師」


「ん?」


 トゲのある声で下野がなんか言った。

 詐欺師って誰のことだろう。まさか俺じゃないよね。


「どうしたんだい。孤高でクールでミステリアスなレディ?」


「今更ご機嫌取り? 嬉しくないから」


「そっか」


「よくもペラペラと適当なことが言えるわね。さっきの話通りにうまくいく可能性なんてほぼほぼゼロに近いんじゃないの」


「んー、女子にメロメロは盛りすぎたかな」


「バカ。廃部は撤回、の部分よ」


「だって究極的には廃部になろうがなるまいがどうでもいいからね。俺には関係ないし」


「ひどいわね」


「言ったでしょ。丁度良い仕返しだって。嫌がらせの域でなきゃ」


 落としどころとしてベストなはずだ。

 だが下野は割とマジメな顔で忠告してきた。


「烏合の衆じゃ勝負にもならないわ」


「その心は?」


「サッカー部の実力は本物よ。いつも良い練習をしているなって感心しているくらいだもの。まだまだ伸びる」


 ほう?


 運動おバカの下野にここまで言わせるとは。

 俺が考えるよりもサッカー部は強敵らしい。


「悔しいけど、あんなクズでも指導の才能は本物ってことなのね」


「いやまったく」


「え?」


「クズがサッカー部の顧問になったのは、サッカー部が大会で結果を出してからだよ。それまでの仮顧問を追い出して、自分でその座に居座ったんだ。だから指導能力なんて全然。だいたい、クズがサッカー部の練習に出てるところなんて見たことある?」


「う、うそ。そんなんで指導者面してるの……?」


「そうだね」


 下野の怒りが頂点に達した。


「なによそれ! 後出しで顧問になっておいてその功績を自分のものにするって……! どこまで恥知らずなことをすれば気が済むの!?」


 俺だってびっくりしてるよ。

 あそこまで都合よく王様気分でいられるのはある種才能だと思う。


「けど、なら尚更に強敵ってことじゃない。指導者の指示がなくても動ける選手ばかりってことよ。そういうチームは本当に強いわ。勝ち目なんてない」


「ああ。下野がいなかったらな」


「……ん?」


「この対決、下野にも出てもらう」


 俺がそう言い放って数秒、下野が固まった。ようやく理解が追い付いたのか、今度は驚愕に目を見開いた。


「ええっ!? 私、出るの!?」


「そんな意外そうにするなよ」


「だって聞いてないし! え、ありなの!?」


「カオスタイムはルール無用って話だったから、イケるっしょ」


 男子チームに女子を放り込んだくらいで文句なんて飛んでこないはずだ。

 もし何か言われてもゴネてやる。お菓子を買ってもらえない幼児くらい騒いでやる。


「えー、でもぉ、私はか弱い女の子だしぃ」


「ふっ」


「ああ?」


 ぶりっ子が似合わな過ぎて笑ったら胸ぐら掴まれた。

 すごい。足が浮く。九頭なんかよりずっとパワフルだ。


「女の子の下野がいたら士気爆上がりだなあ」


「そうよね?」


「圧勝だなあ」


「まあ、私がいれば当然だけどね」


 すげえ自信。

 でも大袈裟とは感じない。下野が加入するだけで勝率がグンと跳ね上がる。下野のスペックは男子運動部にだって引けを取らないのだから。


「しょうがないなー、やったるわよ!」


 乗り気みたいで助かった。どうせスポーツとか勝負事は好きだろうと予想していたし、だからこの対決をセッティングしたんだけど。


「透真くんも出るってことなのよね?」


「ああ、そのつもりだけど」


「じゃあ私も練習に参加するってことでいい?」


「ああ、それで————」


 ありし日の記憶が突如として蘇る。


 ドッヂボールで蹂躙され、屈辱感に苛まれたあの日を。


「いや、待て。下野に練習は不要だな」


「え。でも感覚取り戻したいし」


「必要ない」


「けど」


「どうしてもっていうなら俺と2人でやろう」


 巻き込まれる奴らが可哀想だ。

 サッカー部との対決前に連合が空中分解する。


「えー、2人で?」


「不満か?」


「不満っていうか。透真くんって私のこと好きなの?」


 ああ?

 突然なにを言い出してんだ、コイツは?


 黙りこくった俺を見て、下野は勝手に話を進める。


「前々から怪しいとは思っていたのよねー。マイハニーとか顔が可愛いとか言ってて。ワンちゃん狙ってるんじゃないかと。合コンの時も勝手についてきてたし。実は好きだったりする?」


「いや。そんなことないけど」


「えー、ほんと? テスト勉強のときだって————いや、あれは私が迷惑かけまくってただけか。でもいくら私がダメでも透真くん最後まで投げ出さなかったな……え、待って。まさかガチで好かれてる?」


「おーい」


 小声でずっと何か言ってる。全然聞き取れないけど、下野が自分で暴走してるのだけなのは分かる。夏も近いのに頭から湯気が出てるし。


「と、とにかくよ!」


 下野が人差し指を突き付けてきた。


「そこのところはっきりさせないと、気が散って集中できないわ。大丈夫よ、どんな答えだってしっかり受け流して後腐れないように綺麗に振ってあげるから!」


「受け流した上に振るのかよ」


 なんか下野にとんでもない誤解が生まれたな。

 否定するのに時間がかかりそうだし、でも無視したらそれはそれで面倒そうだし、俺はどうしたらいいんだよ。


 ……いや。待てよ?


「わかった」


「えっ」


 通過儀礼として告白するのは全然アリかもしれん。

 どうせ振られるの確定なら俺にはノーダメージだし。それで下野の気が済むなら何度だってやってやろうじゃないか。


「下野がそこまで言うなら。俺も男だ。変に隠したり誤魔化したりせず、正直な気持ちをぶつけよう」


「タイムタイム! お願い待って! なんか急じゃない!? そんな覚悟決まるの早いことある!?」


「下野。俺はお前のことを」


「うわーっ!? わぁーっ!!?」


 耳を塞ぎ、大声を張り上げながら座り込む下野。

 おい、なにやってんだよ。それじゃ俺の言葉がきこえないだろ。


「おい下野」


「………」


 下野が亀みたいに動かなくなってから数分後。

 俺たちに近づいてくる人影があった。


 背丈はオヤカタくらい高いが、かなり細身だ。

 日焼けでは説明できない肌黒さと、日本人とは明らかに異なる目鼻立ち。

 俺はそいつのことを知っていた。


 なので開口一番、宣言しておく。




「アイ キャン オンリー スピーク ジャパニーズ!」




「ええっ!? あ、ずっと日本育ちだからオレも話せないよ!?」


「あ、そうなのか」


 身構えて損した。俺の平均的な英語力が火を噴くところだったのに。

 とかなんとかやってる間に、下野はふらふらの足で立っていた。俺に人差し指を突き付けてくる。


「きょ、今日はこのへんで勘弁してあげるわ!」


「俺まだ何も言えてないが?」


「い、いい、命拾いしたわねっ!?」


 と、どう考えても命拾いをしたのは下野の方なのに、見逃してやった感を出しながら下野は逃げ出していった。あ、あいつにも練習時間伝えそびれた。


 俺の隣で、長身の男は卑屈に笑った。


「なんかゴメン。その、邪魔だったよな。ほんとゴメン、昔から気が利かないトコロあって」


「別に気にしてないよ」


「えっとオレの名前は……」


「知ってる。マルティンだよな」


 先んじて言い当てると、マルティンは苦笑した。

 面識はないが学内で唯一の外国人だ。見かければ目に留まる。たしか父母ともにドイツ人だったはずだ。


「清浦だ。覚えなくてもいいけど。で、何か用?」


「その、君がサッカー部に挑むってウワサできいて」


「お?」


「オレも入っていいかな、なんて。だ、ダメだよな。いきなり」


「………」


 自分から関わってくるやつとかいるんだ。あ、こいつもどっかの部員か?

 正直、さっきの会合で充分な人数を確保できたと思っているから、これ以上増えられても面倒な感じはある。


 でもなんか、初めて勇気出して友達を遊びに誘う小学生感があって、無下にするのも気が引ける。余った人員は控えにでも回しておけばいいか。


「いいよ。好きにしな」


「あ、ありがとう!」


「ちなみに経験は」


「オレ、フットボールが好きで……それなりに蹴ってるんだ」


「それは頼もしいね。色々と世話になるかも」


「うん、うん……!」


 マルティンは俺の手をがっしりと掴んで、ブンブンとふる。

 しばらくして満足したのか良い笑顔で帰っていった。


「この学校、変なやつ多いな」

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