第8話 キャッチボール?

 小走りで駆ける。行き先は第二校舎。

 予想通り、いつもの外階段に下野うらかはいた。


 いつもと違うのは体育座りで俯いてる点だ。おいおい、まさかホントに落ち込んでいるのかい?


「よっ」


 軽い調子で呼びかける。

 顔を上げた下野に驚きの色はない。追いかけてくるってバレていたのだろうか。あらやだ、恥ずかしいわ。


「なんでくるのよ」


「きちゃ悪いのか」


「授業出なさいよ、この不良」


「そのままお返しするよ。あっ、隣座っていい? いいよね、ありがとう!」


「チッ」


 舌打ちされた。

 そんなにウザかった?


 足を崩した下野があぐらをかく。狭い幅だからそんなことをされたら当然座れない。遠回しな拒絶。ちょっとだけ傷つきますね。


 それはそうとあの、お行儀悪い座り方をするものだから、見えそうっすね。何がとは言わないけど。


 女はそういう視線に敏感だから気を付けろと、親友2号からの助言を思い出す。

 断腸の思いで回れ右をして、下野から低い位置で腰かける。


「そんなに似合わないかしら」


「おん?」


 なんの話だ。


「音楽とか美術とか茶道とか」


「あー。んー」


「はっきりしなさいよ」


「逆に一個聞いていい?」


「なによ」


「好きなの? 音楽とか美術とか茶道とか」


 前を向いたままだから下野の顔を見れない。

 けどはっきりと感じるっすね。じとっとした視線を。


 ていうか、そろそろ何かリアクションしてくれないかな。

 振り返ろうとしたら蹴られた。強制的に前を向かされる。


「パンツ見ようとするな」


「してない」


「なんでそんなつまらないこと聞くわけ。好きとか。どうでもよくない?」


「これは俺の親友1号と3号の話だけど」


「うん」


「あいつらは家業や好きなことに全力で打ち込んでる。やってることはそれぞれ違うけど、結構レベル高いと思うんだ。友達の贔屓目を抜きにして。好きこそものの上手なれってマジなんだな」


「それで?」


「二人とも普段は思ってることを顔に出さない、言葉にしない性分でさ。それが原因で学校じゃ馴染めねえの。ぜんぜん。笑っちゃうくらいに。2号もだけど」


「………」


「でもそんなのカンケーねえってくらい、眩しく見えるときがある」


 初めて会ったときからずっと。

 脇目もふらず突き進んでいる。


「んで、俺は下野にも同じものを感じたよ」


「どういう意味」


「スポーツテスト、お前楽しそうだったじゃん。良い記録が出るたび、はしゃいでさ」


「は、はしゃいでないから。子供じゃあるまいし」


「あの運動部連中も同じなんじゃないかな。下野が輝くところを近くで見たいから、しつこく誘ってくる。ま、さすがにしつこすぎるか」


 毎日クラスに押しかけられても面倒だな。

 こりゃあいよいよ、あの計画を始動させるべきか?


「……性に合わないかもって思ってた。実は」


「うん?」


「音楽とか美術とか茶道とか。体験入部のときに」


「正座すらできないし、楽器や筆を壊しちゃうからな」


「さすがに楽器は壊してない」


「他二つも否定しろよ」


 しょうもない理由で入部拒否されてて少し笑ったわ。


「清浦くん」


「なんだい下野ちゃん」


「キミはわたしに……」


 下野の言葉はそこで途切れた。

 今度は不用意に振り返ったりせず、辛抱強く続きを待った。

 でも、やっと出てきた言葉に拍子抜けすることになった。


「ううん。やっぱいい」


「おいおい。そこで止めるなよ。気になるじゃんか」


「キミに聞いたところで意味がないって気付いたの」


「そうか」


 それは良かった。

 俺のうっすい言葉が下野の決断を左右させたら申し訳ないからな。


「キャッチボールでもするかあ」


「どういう流れよ。道具は?」


「そのへん探したら見つかるかも。やるよな?」


「……やる」


「ふっ」


「何を笑ってんのよ」


 ぶっきらぼうな物言いなのに、案外乗り気なところをだよ。



 始めはキャッチボールをするつもりだったんです。

 でも体育倉庫を探してみてもグローブが見つからなくて、なくなく断念するしかなかった。


 本校舎の方はともかく、こっちの倉庫には使い物にならない道具が多い。

 廃棄処分のモノをこっちに押し込めている、そんな感じだった。


 そんな俺たちの目に留まったのは子供の顔くらいの大きさのボールだった。

 ドッジボールのそれである。状態も綺麗だ。


 いやいや。小学生じゃあるまいし。

 しかも二人でドッジボールってなんだよ?


 心の中で言い訳をして素通りしようとしたが、下野は目を輝かせて言った。


「やろっか!」


「……はい」


 まあ、いざやるとなったら俺もテンションが上がってきたんだけど。

 童心にかえって楽しんでみますか。


「オラァ!!」


 気合いの入った掛け声と、爆速の球体が飛来する。

 俺は間一髪でなんとかそれを避けた。耳をつんざく衝撃音はボールが壁に激突したときのものだろう。


「タイム」


「始まったばかりだけど」


「ウォーミングアップさせて。じゃないとついていけないから」


「わかった」


 めちゃくちゃ入念なストレッチで身体をあっためる。

 怪我が死に直結する気がした。


 一方的なゲーム展開だった。

 攻めるためにはどこかでボールをキャッチする他ないのに、あの豪速球を取れる気が微塵もしない。不用意に触れたら火傷する。二時間くらいずっと俺だけ走って逃げ回っていた。


「楽しかったね! やっぱり久しぶりだからかな!」


 ステキな笑顔の下野がいう。


 全然楽しくなかった。

 こんなガチで運動したかったわけではないのだ……。


「いっぱい動いたらお腹すいちゃった」


 軽やかな足取りで下野は鞄を取りにいった。

 化け物を見ている気分だ。こいつを誘う運動部たちはきっと正気じゃない。


 外の水道に走り、喉を潤す。

 ついでに頭からも水をかぶった。気持ちいい。

 犬みたいに水を飛ばして、薄目をあけた。


 しょんぼりした下野がいた。


「お弁当忘れた」


 そんな絶望しきった顔で言われても……。


 弁当がないと分かった途端、空腹が耐えがたいものになったのか。

 下野は力なく座り込んだ。


「わたし、ここで死ぬのね」


「冬山じゃねえぞ」


 時計を見る。ちょうど昼休みだった。

 授業はサボってるのに学校に居座ってるの、改めて考えるとやべーな。クソ度胸あるわ。

 でも、だからこそ取れる手段もある。


「あ、もしもし? そっちもう授業終わった? ……そっか。俺まだ第二校舎にいるんだけどさ、メシ食おうぜ。4人で」


 電話を終えると、下野が不思議そうに見上げてきた。


「なに、いまの」


「昼飯にしよう。俺の親友たちと」

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