第9話 今日からお前は

「イカれたメンバー紹介ィィイイイイイイヤオゥ!!」


「うるさっ」


「俺の幼馴染にして町一番の定食屋、横綱食堂の跡取り息子! ムチムチボディに騙されるな。こいつは動けるデ………だ! 俊敏性S、ふくよかさSS、握力60キロ! その名もオヤカタ!」


 突然、下野がビシッと人差し指を突き付けてきた。


「以上!」


「勝手に終わらすな!」


 俺と下野のやり取りを見てもオヤカタはニコリともしなかった。

 うむ。今日もお前は平常運転だな。


 改めて、俺は親友1号に向き直った。


 オヤカタの身長は190センチある。縦にも横にもデカい奴だ。

 両腕は大木のようにたくましく、筋肉もそれなり備わっているがそれ以上に脂肪がついている。そのあだ名の通り、力士みたいだ。


 オヤカタがわずかに会釈した。

 下野も頭を下げた。両者、しばし目を合わせるが一向に会話が生まれる気配がない。

 むすっとした顔のオヤカタに見下ろされ、さすがの下野にも不安が表れた。


「な、なにか怒らせたかしら」


「慣れてくれ。これがデフォなんだ。たぶんこいつは今なにも考えてないぞ」


 オヤカタはとにかく口数が少ない。表情筋の変化も絶望的。

 おっとりした丸顔だから話しやすそうに見えるが、コミュニケーションは困難を極める。今まで何人もオヤカタとの対話を断念してきた。


「オヤカタ、なんか喋ってやって。このままじゃ下野がおしっこ漏らす」


「だれが漏らすかぁ!!」


 下野に蹴りを入れられる。

 全面的に俺が悪いけど、かなり痛い。


「……仲良し、だな」


 ここで初めてオヤカタが口を開いた。

 下野は「しゃ、喋ったァ!?」と謎のリアクションをしている。


 オヤカタは、俺と下野を交互に見比べる。


「いつから」


「先週くらいから、ちょいちょい。最近付き合い悪くてメンゴ」


「喜ばしい」


「なんでだよ」


 ときどき意味わからないこと言うやつだな。


「4人というから」


「おう」


「ムラサキがきたのかと」


「あー、あいつな。いつまでサボってやがんだよな。謹慎なんてとっくに解けてるくせに。今度あいつの家押しかけてやろうぜ!」


「ひとりで行け」


「ホントになんでだよ!?」


 急に冷たい。

 家業が忙しいんだろうか。


 下野が俺の制服をひっぱる。


「ムラサキって?」


「俺の親友2号」


「あー。まだ見ぬ未知のキャラ」


「ナンバリング的にあいつを紹介したかったけど、今日は省略な。じゃあ続いて3号の————おーい、ヨウキャ。いつまでそんなところにいるんだ、こっちきなよ」 


 親友3号は教室の隅で縮こまっていた。

 下野を目にした途端からこんな調子だった。女子耐性ないからね。


「こほん。では改めて……サブカル系といえばこいつだ! 小説、マンガ、動画制作まで何でもござれ! そのフォロワー数は驚異の万越え! ただし握力32キロ。なんでこんな辺鄙な高校にいるんだ!? レア度SSR創作系オタク、ヨウキャ!」


「あっ、あっ、あっ……!」


 ぺこぺこと何度も頭を下げるヨウキャ。

 ふわっとした天然パーマが揺れ、丸メガネがずり落ちる。

 今日も愛用のクソデカタブレットをしっかり抱え込んでいる。


「えっと。よろしく?」


「あっ、あっ、あっ」


 へっぴり腰でもう一度頭を下げるヨウキャ。

 なんかこのままだと勢いで土下座しそうだな。


「…………陽キャ?」


「あっ、あっ、あっ」


 陽キャじゃなくてヨウキャです。

 親友3号はそう伝えたかったのだろうが、残念ながら何も伝わっていなかった。


「ヨウキャくん。清浦くんたちとは昔から仲良いの?」


「あっ、あっ、あっ」


「どのあたりに住んでるの? 徒歩? 自転車?」


「あっ、あっ、あっ」


「カオナシって知ってる?」


「あっ、あっ、あっ」


「うぇーい」


 くっそ低いテンションで下野がそんなことを言いやがった。

 いきなり何の真似だろう。

 ハイタッチでも求めるみたいに手をあげて……あ、なるほど。


 意図を汲み取ったヨウキャが手を伸ばす。


「あっ、あっ、あっ……!」


 すかっ、とハイタッチは失敗に終わった。

 この距離感でミスるなよ。


「コミュニケーションがディフィカルト」


「ヨウキャは基本的に一文字しか発声できないから。そのつもりでいてくれ」


「キミの友達ってまともに喋れる人いないの?」


「二人ともシャイボーイなんだ。大目に見てくれよシティガール」


「なるほど。確かに私って可愛いものね。なんて罪な女なの」


 あいかわらず自己評価たけえな。

 でも俺は下野のそういうところを気に入っている。おもしれー女だから。


 下野は気取った所作でヨウキャに手を差し出してきた。


「照れなくてもいいのよ。私に見惚れてしまうのは仕方ないことだもの。でき好きになっちゃダメよ。叶わない恋はつらいでしょ?」


 さすがにこれは調子乗り過ぎだけど。

 ヨウキャは反応に困り「あっ……」すら言わなくなった。


「まじまじと見ちゃって。女の子の手を握るのは初めて?」


 ヨウキャがわずかに視線をあげた。

 今度は別の箇所に目線が変わる。


 胸だ。胸を見てやがる。


 マジかよ、ヨウキャ。

 こいつこそ『むっつ』の称号にふさわしいんじゃないか?

 が、ヨウキャはどういうわけか安心しきった笑みを浮かべた。タブレットにペンを走らせ、画面をこちらに向けた。




『実家のような安心感』




「んだとゴラァ!!!」

「うわーっ!? ヨウキャーーーーー!?」


 ヨウキャが殴り飛ばされた。ものすごい勢いで。

 壁に激突する寸前、俊敏な動きでオヤカタが回り込んだ。腹クッションがヨウキャの身を守った。さすがの俊敏性・ふくよかさだ。


 だが下野のうらかの怒りはまだ収まっていなかった。

 さらにヨウキャに追い打ちをかける。


「ばっ、ぎっ、ぼっ」


 それはヒューマンビートボックスか。

 はたまた苦悶の断末魔か。

 ヨウキャは虫の息だった。


「やめろよ! 俺の親友3号をこれ以上ボコすのやめてくれ!」


「実家のような安心感って何だァーー!? どこ見て言ってんだァーー!?」


「当然、胸だろ!」


 視界が暗くなった。こめかみに激痛が走る。

 アイアンクローだ……。

 怒りの咆哮がとどろく。


「寄せれば××カップくらいあるわ!」


 大声で自分のカップ数を申告しちゃうお茶目さんがいたんですよ~。

 ぬぁーにぃー?

 やっちまったな!


 本当にやっちまったな。


 彼女の名誉のため、伏字にさせていただく。

 実際のところは読み手の想像に任せる。


 というか、そろそろ限界だ。

 意識が急速に遠のいていく……。




「ごっ、ごっ、ごっ、ごめん!」





 気を失う寸前、きこえたのは友の声だった。


「その声は、我が友、ヨウキャではないか!?」


 アイアンクローから抜け出す。

 ヨウキャは息も絶え絶えで、苦しそうに胸を押さえていた。

 やはりそうだ。ヨウキャが言葉を紡いだのだ。

 中学時代から一文字しか喋れなかったヨウキャが!


「喋った! ヨウキャが喋った!」


 俺とそれからオヤカタでヨウキャを胴上げする。

 ヨウキャは目を回し、気を失った。


「ごめんなさい。どういうノリ? 何を喜んでいるの」


「バッカお前……! ヨウキャが頑張って3文字も喋ったんだぞ! こんなのお祝いしなきゃだろ!」


「勝手にやってなさい」


 許可が下りたので、俺は遠慮なくヨウキャに賛辞を送る。

 脳内の語彙を総動員してありとあらゆる言葉で褒め尽くす。

 ヨウキャが目を覚ました。「どうだ、嬉しいか!」と聞いたら真顔で見返された。


「あっ、あっ、あっ……」


 ヨウキャが申し訳なさそうな顔で下野に近づく。

 澄ました表情で下野は言った。


「なにかしら。もう謝ってもらったからヨウキャくんが気にすることは一つもないけど。私もノリとはいえやり過ぎてごめんなさいね」


「あの本気パンチ&アイアンクローが、ノリ……?」


「そろそろお昼ご飯をいただきたいのだけど」


 下野は瞳を爛々と輝かせ、一点を見つめている。

 期待の眼差しを向けられ、オヤカタは仏頂面のままブツを取り出した。


「清浦くんが毎日食べているお弁当……オヤカタくんのお手製だったのね」


「いえーす」


 オヤカタが弁当箱を取り出す。

 容器もサイズ感もそれぞれ異なる。オヤカタは俺たちに別々の献立を用意してくれている。やってることは完全にお母さんだな。


 下野にも弁当箱が手渡された。

 アジサイ柄の布でくるまれた小ぶりな弁当箱だ。

 下野はなぜか真顔だった。


「どったの」


「これ。もしかして親友2号さんの?」


「ああ、まあ、うん。どうせ今日も来ないだろうからな」


「……そう」


 来るかどうかわからなくても、いつも準備している。

 1日も欠かすことなく。あいつがいつ来てもいいように。

 オヤカタは律儀で義理固くて、優しいんだ。


「んじゃ、いただきますか」


 俺たちは無言で手を合わせ、それぞれの弁当箱をあけた。

 俺は特大ハンバーグ、ヨウキャとオヤカタは幕の内だった。


 下野のは、三色おにぎりと卵焼きやソーセージなどおかず数点。

 万人受け間違いなしのラインナップだった。


「こういうのがいいのよ。シンプルイズザベスト」


 さっそく梅干しおにぎりに口をつける下野。

 幸せそうに破顔する。一瞬で横綱食堂の虜になっていた。その後も無言で箸を動かす。


 オヤカタの口角がわずかに上がる。俺も鼻が高かった。友達の手料理が喜ばれるのは嬉しい。


「でも量が少ないわね……」


「はいはい、わかったから」


 物欲しそうな視線を向けられ、俺は特大ハンバーグを献上した。さっき激しく運動したせいか、逆に食欲が失せてしまっているからね。


 数口でハンバーグを平らげる下野を見て、オヤカタもヨウキャも啞然としていた。

 あ、そうか。初めてだったか。


「下野、ものすごい大食いだぞ。次からは大盛りで作らないとな」


「次」


「俺たちもう友達だろ」


「ふぇ? ほうふぁん?」


 下野はハンバーグを咀嚼しながら何か言った。

 お行儀悪いな。


「俺たち友達だよな?」


「えー」


「なんで不満そうだよ」


「オヤカタくんとヨウキャくんはいいけど、キミはなぁ」


 なんでだよ。

 なんなら俺が一番喋ってる仲だろうがい。


「わかったよ。下野のことを友達とは呼ばない」


「あ、いや、別にそこまでイヤってわけじゃ」


「今日からお前は俺のちんちんだ。そう呼ぶことにする」


 下野は盛大にむせていた。

 一気に顔が真っ赤になった。


「は、なに……? ちんちん……?」


「ある地方の方言で、仲良い友達のことをちんちんって言うらしい。今日からお前は俺のちんちん4号な!」


「いや、まって。いみふめい……」


「あ、そうだ。オヤカタ、ヨウキャ。二人ともきいてくれよ。俺と下野が話すようになったきっかけなんだけどさ、こいつ結構下ネタ好きで————」


 調子に乗ったら喉を突かれた。

 しばらくまともに声が出なくなった。

 どうすんだ、俺まで喋れなくなったら。男三人とも口きけないとか笑えないだろ!

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