第10話 グランシャリオ結衣山
「ムラサキが来ねえ!」
下野を迎え入れ、四人で昼食を取るようになってさらに数日。
親友2号のムラサキは一度たりとも学校に来なかった。
俺の魂からの叫びに、しかし友人たちは無反応だった。
黙々と食事をすすめている。
「もう4月も終わるんだぞ!? アイツ生きてるのか!?」
「心配なら」
『キヨくんが行けばいいと思う!』
二人が口を揃えてそんなことを言う。
いや、ヨウキャはタブレットに書いているんだけど。
「ああ、いくよ。学校終わったらな。だからお前らもついてこい。しばらくムラサキに会ってないだろ」
オヤカタとヨウキャが互いに目を合わせる。
え、なにその意味深なアイコンタクト。
「店を手伝う」
『ボクも創作仲間とさぎょいぷするから』
「………」
仕事に趣味に、精を出してるようで感心だ。
だがツッコませてくれ。
オヤカタの横綱食堂は定休日だ。よって手伝いなどない。
ヨウキャにいたっては、完璧ダウトだろ。喋れないんだから『さぎょいぷ』は実行不可だ。
「怪しい」
「なにがだ」
「わざと俺とムラサキを2人きりにしようとしてないか」
「………」
オヤカタは黙り込んだ。
ヨウキャもこれ以上タブレットに何かを書き込む様子はない。
こいつらめ。
「へいへい、わかりやしたよ。じゃあ俺だけで———」
「ねえ」
俺の言葉を遮ったのは下野だった。
持参してきたガテン系弁当に加え、横綱食堂の肉団子弁当をぺろりと平らげる。
日に日に食べる量は増えてるはずだが、一切太ってないのがすごい。
なんてことを考えていたら。
「わたし、ついて行ってもいい?」
「なっ」
意外すぎる申し出。
ふいうちで8倍くらいのダメージ受けた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「キズナ先生に頼まれたから」
「キズナ先生?」
「授業プリント届けてほしいって。直々に言われたの。なんで私なのかは謎だけど」
ああ、そういう……。
キズナ先生、何考えてるんだろ。どう考えたって俺が適任なのに。
「わかった。そういうことなら無理に下野が行く必要ねえよ。俺がついでに届けておく」
「あとね」
口元についたタレを拭って、下野は言う。
「興味あるの。キミたちの大事な友達に」
「………」
俺は言葉を挟めなくなった。
ま、まあ? そこまで言うなら? 紹介してやりますとも。
そんなこんなで放課後、下野とムラサキ宅に行くことになった。
◇
「2号のこと教えてよ」
授業を終え、ムラサキの家へ向かう途中。
下野がそう訊ねてきた。
結構困る質問だ。
なんせ、ムラサキは俺たちの中で最も気難しいからな。
「まず顔が良い」
「う、おおっ?」
「変な声出してどうした」
「まさかそんな発言が飛び出すなんて。これは期待大。楽しみになってきた。他には?」
「凶暴。すぐ手と足が出る」
「あー、それはポイント低い……」
「けどそこが可愛いんだよな」
「チャームポイント扱い!? どういうこと!?」
どうと言われても。
え、この感覚おかしいのか?
あいつらとつるんでいると一般的な感覚からずれていく自覚はある。まあ、俺は楽しいからいいんだけど。
「でもみんな仲良しなのよね」
「トーゼン」
俺は二つのモノを掲げてみせた。
ひとつは横綱食堂特製お惣菜。
肉じゃが・味付け煮卵・トマトサラダなど数点が入ったタッパーだ。
美味そう。ぶっちゃけ俺がお持ち帰りしたい。
もうひとつはヨウキャの授業ノート。
絵が上手いヨウキャは毎ページにイラストを挟んでくる。歴史科目はストーリー仕立てに、物理化学はコミカルに解説してくるから読んでいて飽きない。
「おかげで赤点を数科目に抑えられている」
「結局赤点なのかよ。ヨウキャくんが可哀想。ところでこの女の子は? 萌え系イラストに出てきそうな」
「ヨウキャのオリジナルキャラ」
「ふーん。ヨウキャくん、こういうの好きそうだもんね」
「それ、本人の前で言うなよ?」
血を吐いてうずくまる絵面が想像できる。
「2号のこと、余計にわからなくなったわ」
「会って話す方が早いよ」
「念のため確認するけど、いきなり暴力振るってこない?」
「安心しなさんな。いくらあいつだって女子に手を上げる真似は————いや、結構やってるな?」
「やっぱり帰る」
「帰るな。個人的にムラサキと下野の2人には仲良くなってもらいたいんだから」
「なんでよ」
「なんでってそりゃあ……」
そのとき、ムラサキの家が見えてきた。
俺は何度も指差すが、下野には全然伝わらなかった。
「ほら。あれ」
「どれ」
「だから、あれ。グランシャリオ結衣山っていうんだけど」
「そんなオシャレなの見当たらない。今にも崩れそうなボロアパートなら見えるけど」
「それで合ってるよ」
下野はひきつった顔になった。
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