第23話 餃子が美味い

「オーダー入りましたー! チャーハン3、餃子定食ごはん大盛り2、特製横綱スープは人数分! おいムラサキ! 8番テーブルの料理まだ!?」


「ん。出来たやつから持っていって」


「オッケー! 下野頼んだぞ!」


「りょうかい! お待たせしました~、とんこつラーメンと半チャーハンセットです! そちらのお客様には激辛麻婆豆腐の大盛り! お水はセルフでお願いします————はいはい、お会計のお客様、今いきます。コード決済ですね。助かります。またのご来店を~」


「下野、それ終わったら3番の食器片づけて! 全部持ちきれるよな!?」


「余裕! もうコツはつかんだ。こうして両手で抱えれば……ほら、完璧!」


「よし次だ!」


「合点、承知! …………って、あれれ?」


 下野はお客さんのところに向かおうとして、ピタリと足を止めた。

 しばらく経ってもずっと動く気配がない。


 イラつき、俺は声を荒らげた。


「ゴラァ下野ォ!! 突っ立ってんじゃねえ! どんどんやらなきゃお客さん捌ききれないんだぞ! 昼時の飲食店ナメてんのかあ!?」


「なんかおかしくない!?」


「なにが!!」


「なんなのこのガチ労働!? なんで私はこんなバタバタ働かされてるの!?」


「あ?」


 今更なことを言う下野。

 俺は二時間ほど前の発言を思い返していた。


「手伝ってもいいって言ったじゃないか」


「言ったけど! でも軽い気持ちだったっていうか! まさか初っ端からガチ労働を課されるなんて微塵も思ってないから! ただのクラスメイトをフロア中走らせる普通!? もうちょっと遠慮とかないわけ!?」


「ちょっとぉ! 早く注文取りにきてよ! いつまで待たせる気!?」


「はい、ただいまー!」


 ほぼ条件反射でお客さんのもとへ向かう下野。

 最初こそおっかなびっくりな部分もあったが、もう板についている。

 あいつになら横綱食堂の店員を任せられる。


「いや店員の自覚はないのよ!?」


 戻ってきた下野がオーダー表を叩きつける。

 直後、またベルが鳴る。それも複数の卓で同時に。

 俺と下野でオーダーを取りにいく。戻ってきたら料理が出来上がっていてそれをまた運びにいく。休んでいる暇がほぼない。


 もう一度下野と話せるタイミングは30分以上あとだった。


「なんでこんな客多いの!?」


「知らんかもしれんけど、この店は結構評判が良い。それにGWで結衣山に帰省してきた人もいるだろうね。身に覚えのあるおっちゃんが多い」


「フロアに人数増やしてよ! 私とキミの二人だけで回すのは無理寄りの無理だから!」


「根性ねえな。体育5だろ」


「まだ結衣山で評定もらってねえよ!」


「どうどう。落ち着け。アメちゃんいる?」


「いらんわ! お客さんの前でちゃんと話せなくなるでしょ!」


 芽生えるプロ意識。

 敬意を表し、水の入ったコップを差し出しておく。

 受け取った下野が大口を開けて一気に飲み干した。こういうところ本当に女子力低いな。


「俺だって人手が欲しい。でもオヤカタはキッチンにいなきゃだし、ヨウキャはうまく喋れん。ムラサキが人前に立ったら余計なトラブルが発生する。三人とも接客には不向きなんだよ。よって消去法で俺ら二人しかいない」


「それは、わかるけど……」


「頼む。俺を助けてくれ。親友1号の店を手伝いたいんだ」


「ん、んぅ……」


 下野が腕を組んだまま唸る。

 上気した顔からはどんどん汗が流れている。


「しょうがないわね。今回だけだからね?」


「ありがとう。しもえもん」


「ねえ、やっぱり帰っていい!?」


 そこに間延びした、ふわっと眠たげな声が届いた。


「ねえ、とうまぁー、あたし疲れた。ちょっと休憩したい」


 そろそろ言い出す頃合いだと思っていた。

 キッチンを窺う。ふらついた足取りのヨウキャが見えた。限界は近い。


「オケ、問題ない。30分は時間を稼いでやる。ムラサキとヨウキャが抜ける分は下野が代わるから」


「え、聞き間違いカナ!? フロアもホールもやれと!? なんのために分業してるかご存知ない!?」


「うっせーな。自分のできることだけやって満足するな。現状維持は衰退と同義。新しい仕事覚えていかないと将来はない」


「アルバイトどころか社員扱い!? し、死んじゃうよ!」


「死ぬ気でやれよ。死なねえから」


「さっきからモラハラとパワハラがひどくないっ!? 終わったら絶対に訴えてやるから覚悟しなさいよ!?」


「口より手を動かせよ」


「うがああああ!!」


 下野は吼えた。

 俺への怒りを、しかし俺にぶつけることはなく。

 全て下野自身へのエネルギーへと変換し見事な大立ち回りを演じてくれた。


 あとからオヤカタにきいた話だが。

 この日の売り上げは過去一良かったそうだ。



 閉店後。

 後片付け中にぶっ倒れた下野を外に連れ出し、水をかけてやった。


「ハッ!?」


 一瞬で目を覚ました下野が元気よく応える。


「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか!?」


「もう終わったよ。全部」


「へっ?」


 キョロキョロと首を振る下野。

 あたりはすでに暗闇に包まれている。あれだけ大挙していた客人たちもお帰りになられた。あるのは静寂だけ……とは言い難いが、虫の鳴き声がするだけ。


 下野にギロリと睨まれた。


「目つき、わっる~」


「なんか顔濡れてるんだけど」


「汗じゃね」


「その手のバケツなに」


「ただの水まき用」


 クソ適当な言い訳を続ける。

 下野からの疑いは濃くなった。


「それよか晩御飯もう食べた?」


「朝も昼も逃したわよ。知ってるでしょ」


「よし、メシ食べにいくぞ!」


 俺はうしろの横綱食堂を指差した。

 なぜか下野の顔が恐怖にひきつった。


「明日の仕込みをするとか言わないわよね」


「いいや。俺らだって腹減ってるし。皆で餃子パーティにしようぜって話になった」


「ほ、ほんと? これ以上働かせない?」


「働かせない。ほら、こわくないよー。おいでおいで」


 怯える下野の手を引いて再入店。

 途中、病院から戻ってきたオヤカタの親父さんとお袋さんに挨拶。大事にはならなかったみたいで一日安静にしていれば治るそうだ。


「えれぇでっかくなったのうキヨ坊! 今日はあんがとな! 助かった!」


「いえいえ。これぐらい当然ですよ」


「まー、礼儀正しくなっちゃって! 余った肉ダネも皮も全部使っちゃっていいからね。いっぱい食べていきな!」」


「ありがとうございます」


 軽く世間話をしたのち、お二方は上の階に戻っていった。一階部分が食堂、二階はオヤカタたちの住居になっているのだ。


 2人の姿見送って、下野がきいてきた。


「仲良いのね。昔から?」


「ここでよく飯食ってるから。普通よ、普通」


「ふーん」


 下野は階段を見上げたままだ。

 俺たちにとっては普通だが、下野にとっては同級生の親御さんと仲が良いのは珍しく映るのかもしれない。


 皆が待つ厨房に入る。

 ……っていうところで、下野に力強く肩を掴まれた。


「な、なんでそっち行くの。もう働かないんでしょ!?」


「だってこっちの方が広くて作りやすいし」


「作る!? 餃子を!? 労働!?」


「労働じゃないよ」


 なんか申し訳なくなってきたな。

 俺のせいで下野が将来ニートになったらどうしよう。


 ……結婚して養えばいいか!


「結局キッチンやらなかったよな?」


「代わりにホール全部回したよ!?」


「それはえらい。けど、そうじゃなくて。餃子包むの初めてでしょ」


 皮とタネを目の前にした下野が所在なく立ち尽くしている。

 俺の方を見て弱々しく頷いた。


「では匠の技をお魅せしよう。とくとご覧あれ」


 皮の中央に具をのせます。包みやすい量で取りましょう。

 具の水分を利用して端っこをとじます。

 さて、山ひだを作っていきます。指を三本使って皮をとじながら波打たせます。

 はい。あっという間に完成です。


 ……匠の技とか言っちゃったけど普通のことしか教えてねえな?


「じゃあ、やってみよう」


「え、ええ」


 おっかなびっくりな手つきで皮とナイフを持つ下野。


 俺の手元を何度も確認しようとして視線があっちこっちするのが面白かったです。

 予想通りとも言うべきか。下野はものすごい不器用だった。包もうとするたびに具が飛び出し、山ひだを作ろうとして爪で皮を破る。ようやく形になったかと思いきや生八ッ橋みたいなのしか出来上がらない。


「下手くそすぎるぞ下野」


「ぐっ………クソ」


 料理中にクソとかほざくな。


「どうせみんなにだって出来ないでしょ——あれぇー!?」


 手こずる下野の横で、黙々と餃子を包む三人。

 昔から慣れ親しんだイベントだからな。ぶっちゃけ全員できる。不器用なムラサキでさえそれなりに仕上げてくる。


「う、うそ、ヨウキャくんまで……絶対ヘタそうなのに」


「できねえ奴探そうとしてんじゃねー! 性格わるいぞー!」


 なんならヨウキャが一番うまいかもしれない。

 速さ・正確さ・出来栄えはオヤカタとほぼ同程度だが、ヨウキャはそこにアレンジを加えてくる。風車、花びら、金魚、帽子型……様々な餃子を創り上げてくれる。技量どうこうじゃなく、それを創ろうって発想がすごい。


「そろそろ。焼く」


「頼んだオヤカタ~!」


 大量に作った餃子をフライパンに並べてコンロに点火。

 焼き加減はオヤカタに任せておけば問題ない。絶妙にサクサクした食感の羽根つき餃子がものの五分でどんどん出来上がる。下野はとなりでヨダレを押さえていた。


「俺たちはよく働いた。いっぱい食べるぞ! かんぱーい!」


「かんぱーい!」


 俺の音頭に下野が続く。

 あ、ノリを合わせてくれるのなんか嬉しいな。俺がどれだけはしゃいでみせても他三人はグラスをかかげるだけだからね。別に不満とかないけど、やっぱり場が明るく華やかになる。


 丸一日食べてなかったからか、下野の食欲は限界知らずだ。次々と餃子が消えていく。途中、俺とオヤカタが追加を作ってそれで材料が底を尽きた。どんだけ食うんだよって文句のひとつでも出かかって、でも幸せそうに腹を膨らませた下野を見ていたら、まあいいかなんて思っちゃった。


「………」


 満足そうに頷いているのを俺は見逃してないぞ。オヤカタ。

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