第7話 気分じゃないんで

「見つけたわよ、下野うらか!」


 誰かが声高にそんなことを言ってのけた。

 それが合図になった。


 ある者は屋根伝いに、ある者は茂みの中から。

 あらゆる死角から姿を現わした屈強な女子たちが下野を取り囲む。


「今日こそは柔道部に入ってもらうわよ!」


「すっこんでなさい! 彼女は空手部に入るの! そうよね、下野さん!」


「いいや、ボクシングだ! オマエなら天下を獲れる!」


 熱烈な誘い文句に、しかし下野は首をふった。


「ぜんぶ、お断りだから!」


「な、なんだって……!? ま、まさかアメフト部にいく気か。そうはさせるか。お前ら、一時休戦だ! 絶対に逃がすんじゃないぞ!」


 揉めていたはずの三つの部活が団結し、下野の行く手を阻む。

 常日頃よりトレーニングを重ねているのだろう。彼女たちの体つきはたくましく、横に並んでしまえば道は塞がってしまう。この包囲網を抜け出すのは至難の業だ。


 だが、下野うらかは陣形のわずかな隙を見逃さなかった。


 フェイクステップで翻弄し、飛びついてきた相手をひらりとかわす。

 手を伸ばされたら捕まってしまう距離感なのに下野はひるまない。

 あっという間に十名以上を置き去りにし、華麗なフォームで駆けていった。


「バカな!? 私たちのロックディフェンスが一瞬で!」


「なんて美しい走りなの……」


「脚力、戦術眼、勝負強さ、どれをとっても一級品か。くぅ! アメフト部でも頑張れよ! 応援してるからな!」


「だから入らないって! 毎日なんなの!?」


 下野はアメフト部の部室を通り過ぎていった。

 その後ろ姿が見えなくなったところで、俺はようやく結衣山高校の敷地に足を踏み入れた。


「今日も賑やかだぁー」


 靴を履き替え、のそのそ自分のクラスへ向かう。

 教室には群衆が押し寄せていた。渦中の人物は当然、下野だ。


「頼む、後生だ。下野うらか、お前には剣道部に入ってもらいたい。大将の座は譲る」


「ちょっと、抜け駆けなんて卑怯よ! 下野さん、女子バスケ部に入って! 一緒にインターハイ出場……ううん、優勝目指しましょう!」


「いいや。下野にはテニスが似合う。私とダブルスを。最高の景色を見に行こう」


 以下省略するが、ほぼ全ての運動部が下野を欲しがった。

 騒ぎを聞きつけた生徒が野次馬となり、群衆の規模はさらに膨らむ。


 下野がもみくちゃにされながらも咆哮する。


「だぁー!! じゃかあしい!! 静かにせえぇ!!」


「い、イイ叫びだ……! 応援団に入ってくれないか!?」


「臆さず別角度の勧誘してくんな! 運動部なんて入らないって何度言ったらわかるのよ! このやり取りもう三日目よ!?」


「お前こそ何を言っているんだ! それほどの才能があってどの部活にも入らないだと!? 勿体ないと思わないのか。帰宅部は違法だぞ!」


「入りたいのは吹奏楽部なの!」


 言った瞬間、場がシンと静まり返った。

 それまでの熱狂ぶりが嘘みたいだった。部屋の温度がいくらか下がった気がする。


「え、え、こわあ。なんで急に黙るのよ。そんなに変なこと言った?」


「いや、だって、お前そんな、ええ……?」


 数日前の俺と同じリアクションになる運動部モブ。

 だよな、そうなるよな。


「だったらなんでオレらの体験入部にきたんだ」


「本命までの空き時間に寄っただけ。そっちも『ひやかしでもいいから見てくれよ!』って言ってたじゃない」


「そ、そういや……」


「アタシらも似たようなこと言った……」


 運動部たちは気まずそうに目配せし始めた。

 やたら勧誘が多かったのはそういうカラクリだったか。


「でも、じゃあなんでまだ吹奏楽部に入ってないんだよ」


「選考結果は後日お知らせしますって。だから待ってるのよ」


「おい。どうなんだ吹部」


「えッ」


 吹奏楽部がギクリとした。

 騒動のなか、こいつらは教室の端でずっと存在感を消していた。


「え、ええっと。厳正な協議の結果、今回は採用を見送らせていただきたく」


「私は就活生か! っていうか、ええっ!? なんでダメなの!? 未経験でも募集中って書いてたじゃない!」


「あんな乱暴な扱いじゃ楽器がかわいそう———理由につきましては個別の回答は控えておりますので」


「おもいっきり言ってるよねえ!? え、じゃあ茶道部は!?」


「正座ができるようになってから出直してください」


「美術部は!?」


「スケッチのたびに筆を折らないでください」


 どんな断られ方だよ。

 面白すぎだろ。小学生か。


「ってことは無所属ってことだよな。下野うらか。是非、我々の部に————」


「あれ、下野さんは? どこ?」


 いつの間にか下野が姿を消している。

 あたりを見回す。ちょうど教室を抜け出すところだった。

 気のせいじゃなければ、その足取りはふらふらだった。


「ま、まて。逃がさないぞ、下野うらか!」


 キーンコーン、カーンコーン


 のんきなチャイムが朝のホームルームを告げる。

 下野を追いかけようとした運動部たちの足が止まった。


「ぐっ……! また誘うからな!」


 彼らはぞろぞろと退散していった。

 すし詰め状態が緩和され、一気に呼吸しやすくなる。


 ほどなくしてキズナ先生がやってきた。

 いつも通りの挨拶のあと、出席をとっていく。

 俺はずっと教室のドアを見つめていた。下野が戻ってくる気配はない。


「清浦。おい、出席番号7番の清浦。返事しろ。欠席にするぞ」


「………」


 しばし迷ったすえ、俺は通学鞄を手に立ち上がった。

 下野の荷物も回収する。無断で女子の私物に触れるが、目を瞑ってもらおう。


 そのまま教室を出ようとして当然呼び止められた。


「どこいくんだ」


「気分じゃないんで帰ります」


「はぁー!? ふざっけんなよ。俺なんて今日6コマ授業なんだぞ! 無駄な職員会議のせいで残業ほぼ確定なのに! こんなクソ疲れ溜まる金曜日になに考えてんだよハゲ校長がァ!」


「うちの校長ハゲではなくない?」


 やさぐれキズナの暴言が止まらない。

 金曜日の担任はいつも機嫌が悪い。固定パターンである。


「お前、内申点覚悟しておけよ」


「別にいっす」


 俺たち男子高校生には学校の授業より大事なものがある。

 それは可愛い女の子とサボタージュすることだ。


「下野さんとデートかよ! 御杖村さんに言いつけてやるからな!」


「それだけはやめてぇ……」


 ここでその名前出すの反則だろ。

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