第32話 行けたら行くわ
マルティンと速水にボコボコにされた翌日。
俺はそわそわと下野の登校を待っていた。
「トウマ。うるさい」
「口は閉じてる」
「動きがうるさい」
ムラサキに言われて渋々俺は席についた。
早く昨日の興奮を伝えたい。あの2人と下野を戦わせたらどっちが勝つのかすげー興味ある。下野任せの寄せ集めチームも、案外秘めた強さを発揮するかもしれない。
「えいえいっ」
「…………」
「やあっ。おりゃー。とうっ!」
「やめろ。可愛い掛け声で俺の足を踏むな」
お前の方が口も動きもうるさい。
内履きがどんどんよごれていくが、ムラサキは容赦がない。むしろ一撃ごとに威力が増していってる。
「怒ってるのか」
「怒ってない」
「夜中に連絡もらっても困る。サッカーしてたから」
「あたしが呼んだら這ってでもこい」
「無茶いうな」
「うるさい。あほトウマ。一緒に映画観たかったのに」
言ってることは可愛いんだけどなあ。
このままでは大事な足が使い物になる。それは困るので反撃。
「おー、よしよしよし」
「むぎゅ」
ムラサキをこちらに引き寄せ、その顔を撫でまわす。ついでに髪を梳いてみる。これをやると途端におとなしくなってくれるのだ。小学生くらいのときはよくこうしてた。最後にしたのは……いつだっけ。
狙い通りムラサキはされるがままになっていた。なんか猫みたいだ。あごしたを撫でるとゴロゴロ鳴く。今度、猫カフェとか行ってみたいな。結衣山市にはないけど。
「キヨ」
「おお、オヤカタ。どうした。それにヨウキャも」
親友1号、3号が登場。
オヤカタが声を落とす。
「そろそろやめた方がいい」
「ん?」
『すごい見られてるよ!!』
ヨウキャがタブレットをかかげる。
クラス中の視線が突き刺さっていた。
うおっ、こわ。例外なく全員こっち見てるじゃん。しかも無表情で。なんだお前ら。怒ってるの? どうなの?
「……とうま」
ムラサキがふやけた顔で見上げてくる。
手の平に伝わってくる熱は強くなってる。俺はそっと手を離した。
「みんな。おはよう」
キズナ先生が入ってきたことで教室の時間が動き出した。
何事もなかったかのようにクラスメイトは席につくし、キズナ先生も絶対目撃したくせに淡々と出席をとっていく。
誰かいじれよ。ノーコメントかよ。
「下野は欠席っと」
「えっ」
俺は後ろを振り返った。
空席だった。下野がいない。
「せんせー、下野どうしたんですか」
「………」
キズナ先生はわずかに顔を上げた。
でも俺の発言をなかったことにしてまた出席をとっていく。
え、なんで。
ホームルームが終わった瞬間、俺はキズナ先生を追いかけた。次の授業は教室移動だけど、それより優先したいことがある。
「キズナ先生。下野はどうしたんだ。なんでさっき無視した?」
「清浦……」
先生は沈痛な表情で振り返った。
何かを言いかけて、それが止まる。
「先生?」
「下野さんから何もきいてないのか」
「何もってなんだよ」
「そうか」
キズナ先生は踵を返した。話は終わりといいたげに。
「お、おい。まだ聞きたいことが」
「先生からは言わないでおくよ。どうしてもっていうなら直接下野さんに尋ねてみてほしい。というか、清浦がそうすべきだ」
今度こそ、俺の静止をきかずに先生は去っていく。
なんとなしに窓の外を見る。天気は晴れだ。しばらく梅雨続きだったのもあって今朝はすがすがしい気分だった。マッマも洗濯物が干せるって喜んでた。
ケチをつけられた気分だ。俺がモヤモヤしてるのに晴れやがって。
◇
下野はお昼休みに登校してきた。
ちょうど俺が教室を出ようとしたタイミングだった。
「うおっ」
「わっ」
2人して驚いて飛びのく。
下野は何故か必要以上に慌てふためいていた。腕をバタバタとさせている珍妙さのおかげで俺は一足早く冷静になる。
逃げられないように腕を掴む。
「わっ、こら! 離しなさい!」
「お前。なんか俺らに言うことあるんじゃないのか」
「えっ」
下野は目を泳がせている。
「別に……ないわよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「もう4限終わってんぞ。どこでなにしてた」
「寝坊よ」
バレバレな嘘なのに下野の態度は強気だった。
いつになく強情な姿に、俺は手の力を緩めた。
「わかった。もういい」
口を割る気はなさそうだが、一応は元気そうな下野を見てひそかに安堵した。
キズナ先生め。変なこと言うから心配になったじゃないか。
「下野。今いいよな。サッカー部に行くぞ」
「いきなりなによ」
「こいつを叩きつけてやる」
封筒を突き出す。達筆な字で『果たし状』と書かれている。
ちなみに書いたのは俺じゃない。ヨウキャに頼んだ。
「試合をセッティングする。俺だけじゃまともに取り合ってくれないかもしれないから、下野にもいてほしい。下野うらかの名前は売れてるから。あ、それと背番号10番はお前のものだから」
「………」
「でも安心しろ。意外と俺らのチームは粒ぞろいだぜ。超人と韋駄天がいるんだ。下野だけに負担を強いたりしない」
「………」
「なんなら俺もいる。実はなんでもそこそこ器用に出来るのが取り柄だ」
「………」
すれちがっている感がすごいな。
言葉を口にするほど虚しくなる。
下野はずっと視線を落としている。俺が球技大会の話をしたあたりから。
「球技大会ってさ」
下野がようやく言葉を返してくれる。
「いつだっけ」
「今月末。6月30日」
「………」
眉間に皺を寄せ下野が口を閉ざした。
「出られるのかな……」
「あん?」
「あ、いや。その」
下野が早口になった。
「ほらっ! 最近は梅雨続きだから。雨になったら中止でしょ。だからその、天気もってくれるのかなーって」
「下野。お前」
「ご、ごめん。職員室行かなきゃなんだ。それじゃ!」
下野は顔を伏せて俺の横を通り過ぎていく。
「サッカーの練習、来れそうか? 夜だけど」
「あ、うん。行けたら行くから。ごめん、本当に急いでるから」
足早に下野が去っていく。
本人を目の前にできなかった軽口が今頃になって出てくる。
「絶対に来ないときのやつじゃん。それ」
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