第5話 テンションの上がる弁当
「ちんちん電車って、なんであんな名前なんだろうな」
「………」
「路面電車は警笛音が『チンチン』って鳴るから、そこが由来になって———ってのはよく聞く話だけどさ。だからってちんちんはヤバいだろ。俺、初めてちんちん電車って単語きいたとき、おぞましい乗り物かと思ったよ」
「………」
「そもそも、男の股間についてるコレはなんで『ちんちん』って呼ぶんだ。別に音なんて鳴らないし。たまたまか? あ、すまん下野。今のたまたまは偶然って意味のソレで、決して卑猥なタマタマってアレじゃ」
「あのさ」
下野がようやくこちらを向く。
若干の不機嫌さが顔に出ている。
「食事中なんだけど」
「見りゃわかる」
コロッケを咀嚼しながら下野が言う。
「もっと品のある話題はないの?」
「切れる手札がマウントか下ネタか結衣山あるあるしかなくて」
「レパートリー最低か?」
「結衣山あるあるはいいだろう!」
「突然ムキにならないで。怖いから。それと股間のちんちんの由来は小さいって意味の『ちっこ』から派生したと言われているわ。諸説あるけど」
「はえー。物知り。サンガツ」
「清浦くんにはお似合いよね」
「どういう意味?? ねえ?? 今のどういう意味なのカナ??
俺のご立派様みたことないよな? ないよね。だって披露したことないもん。じゃあ憶測で人を傷つけるようなこと言っちゃ駄目でしょ。人の痛みがわかる子になりなさい」
「めっちゃ早口」
ガチギレ一歩手前だったが、下野はどこ吹く風だ。大きく口を開けてハンバーグを飲み込む。幸せそうな顔がそこにあった。
下野とこうして昼食をともにするようになって数日がたつ。
ただ、会食場所は相変わらず旧校舎の外階段である。
美少女と二人きり。そこだけ切り取れば勝ち組なんだけどな。
「いいかげん教室で食べないか?」
「ほんふぁほへいあい」
エビフライをくわえながら、下野がもごもご言う。
ちょっと何言ってるかわからないが、否定されたっぽい。
「キズナ先生を見ていて気付いたことがあるの」
「どうした急に」
「人間、キャラづくりが大事だって」
「………」
一番キャラづくりに迷走している人から学び取るか。
反面教師にされてるやん、キズナ先生。
「強い人や優しい人を演じたり、お調子者になったりワルぶってみたり。『この人はこういうキャラだよね』って認識を作れたら、相手は接しやすくなるでしょ」
「まあ、うん」
「だから私もキャラを作ってみることにしてみたの」
「……ちなみにどんな?」
イヤな予感がしながらも訊ねる。
「孤高でクールでミステリアスな美少女」
「きっつ」
「なんでよ! ぴったりでしょ!?」
「食いしん坊キャラのほうがハマってる」
「どこ見て言ってんのよ!」
「その弁当箱だよ!」
目の前にはガテン系が愛用してそうな二段弁当がある。
ご飯の方もボリューミーだが、おかずのラインナップも無視できない。
コロッケ
豚焼肉
ハンバーグ×2
エビフライ×2
シュウマイ
スパゲッティ
いそべ揚げ
卵焼き
ポテトサラダ
すごいだろう? 毎食こんな感じなんだぜ。
初めてみたときはテンション上がった。お子様ランチみたいで。
だが、人間には慣れがやってくる。見ているだけで胃が重くなりそうだ。
そして今度は下野が怖くなってくる。
なんでこの量を平然と食えるんだよ。
「それと俺は知ってるから。お前、早弁もしてるよな? スティックパン。それとおにぎり二つ。具はシャケと昆布か?」
「なんで知ってんのよ! ストーカー!?」
「うしろの席からにおうんだよ!」
前にいる俺からはバレバレなのだが、クラスメイトはまだ下野の食い意地には気付いていないようだった。皆もっと周りに目を向けるべきだと思う。
「あー、はいはい。認める。私はちょっとだけ食欲旺盛かもね。それで? 私がなにか人様に迷惑をかけたかしら。かけてないわよね。はい、論破!」
「このデブ」
「はあ?? 太っていませんが?? 無駄なお肉とかついてませんが??
だいたい私のナイスボディ見たことないでしょ。ないよね? だって誰にも見せたことないもん。じゃあ憶測で人を傷つけるようなこと言っちゃ駄目でしょ。舌を噛み切って死になさい」
「めっちゃ早口」
「あー、もうムカつく! お詫びにキミの唐揚げよこしなさいよ!」
まだ食うつもりなのかよ。
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