第18話 胸騒ぎ

 電車で1時間も移動すればそれなりに栄えた場所に出られる。

 俺たちみたいな年代が遊ぶとなったらこの隣町にくるやつがほとんどだろう。隣って言っても結衣山からめちゃくちゃ遠いけどな!


「待ち合わせの時間っていつなの」


「知らん」


「ひま。そのへん歩かない?」


「一人でどうぞ。俺はここにいるから」


 離れた隙に見失ってしまったら元も子もない。

 かたくなに動こうとしない俺に見切りをつけて、ムラサキはどこかへ行ってしまった。

 一人きりになった途端、強張った体から力が抜けていくのを感じた。


 理由はわかってる。

 俺はこういう部分をムラサキに見られたくなかったんだ。オヤカタやヨウキャだったら抵抗感なんてもちろんない。馬鹿なことやったなー、で済ませられるから。




 トウマが本気になりかけてるからだよ。




 ムラサキがどういう意味であんなことを言ったのか、考えずにはいられない。いられないけど、考えたところでどうしようもないのだ。こればっかりは。


 そこで俺の腹の虫が鳴った。空気を読まないやつである。

 自分で笑いそうになり、助かった気分にもなる。おかげでそっちに意識が切り替わったから。


「朝飯食い損ねてなければなー」


 下野の合コンが気がかりで寝付けず、起きたときにはもう家を出なきゃ追いつけない時間だったのだ。サクッとコンビニに走るべきか。


 下野に動きはない。駅前でひとり佇んでるだけだ。っていうか他の待ち合わせ連中はなにしてんだよ。あんなマブい女を放っておきやがって。俺がナンパしちゃうぞ。


 とか考えていたら、香ばしいにおいが漂ってきた。

 誰やねん。こんなときに俺の近くで旨そうなモン食っているやつ。


「ってまたお前かよ!」


 いつの間にかムラサキが戻ってきていた。

 チキンやたい焼きなど、小さな腕じゃ持ちきれないほど抱え込んでいる。


「どうしたんだ、それ」


「そのへん歩いてたらもらった。サービスだって」


 そうか、と普通に納得した。

 だっていつものことだから。可愛いはコストゼロで利益を生む。


「お前、小食だよな」


「うん」


「そんなに食えるか?」


「これ全部トウマが食べる分」


「なんで!?」


「はい、あーん」


 やめろ。誰がそんなアホなカップルみたいな真似するか……!

 抵抗むなしく、むりやりチキンを突っ込まれる。仕方ないので咀嚼。

 瞬間。広がる圧倒的な旨味。だるかった身体にエネルギーが巡っていくのがわかる。


「うまっ!?」


「こっちも食べる?」


「食べる!」


 たい焼きの頭にかじりつく。サクサクとした食感のあと、じんわりと甘さが広がってくる。こっちも美味い。つい最近オープンしたばかりのたい焼き専門店を見つけたという。そっちを見れば確かに行列ができていて……ん? どうやってサービスされてきたんだ、こいつ。まあ、いいか。


「サンキュ。朝から食ってなかったから助かった」


「ん。べつに……あ」


「どした」


「お相手様の登場、かも」


 なにぃ!?

 くるりと回れ右。ようやくのお出ましかコノヤロー、どこの馬の骨の1年坊主だ、おおん? 舐めてるとしばくぞ!


 なんてイキがってみせたけど、下野と合流したのは爽やかな笑顔を振りまく三人組の男たちだった。女慣れしてないハナタレ坊主がくるだろうと思っていただけに、意外にも————というか、同性の俺から見てもなかなかイケメン揃いだった。それもそうか。後輩ちゃんが昔から想いを寄せる相手なのだから。そらレベルも高くなるか。


 愛想よく対応する下野を見てモヤモヤは加速する。


 俺はなにをやっているんだろう。せっかくの休日を使ってストーカーまがいになって、勝手に機嫌を悪くしてちゃ世話ない。もう帰ろう。


 ムラサキの手を引く。

 しかし、全然動かない。俺の食べかけたい焼きを頬張りながら、ムラサキはじっと下野たちの方を見ている。


「なんか、おかしくね」


「え?」


 下野が携帯を耳に当てて誰かと通話している。その表情は焦っているような、困り果てているように見えた。何かあったのだろうか。


 通話を切った後、下野は何度も男連中に頭を下げた。

 しばらく4人だけで話し合っていたみたいだが、やがて全員でカラオケ店があるほうへ移動を開始した。


「え、え、え?」


 何が起きている?

 どうして女側が下野1人しかいないのに移動してる? あと2人くるはずだろ。例の後輩ちゃんはどうした。あとから合流する流れとか?


 胸騒ぎがする。

 追いかけたほうがいい。直感がそう教えてくれる。

 でも理性的な部分がそれを押しとどめてくる。


 せめぎ合っている。決められない。

 動けないまま、時間だけが過ぎていく。どうしたら……。




 突風が駆け抜けていった。




 飛び出したのはムラサキだった。

 少し走ったところで意外そうに振り返る。俺がついてきていないことを不思議がっているみたいだった。


「行かないの」


「……行くよ」


 下野たちを追いかける。

 もし見つかって軽蔑されたって、そのときはそのときだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る