七人も被害に遭っているわけですし……

 最初のインタビューのテーマは、鍵の管理である。

 屋上の鍵は生徒会室で盗まれたわけだけど、職員室ではふだんどんな管理がなされているのか――それが、あるいは事件解決のヒントになるかもしれない。

 二人は、赤坂先生に狙いを定めた。黒の担任の先生である。


 赤坂先生は愛想がよくて親しみやすいうえに、お喋り好きという、インタビューにはもってこいの相手だった。


 インタビューの建前は、灰原がテキトーに誤魔化してくれた。映画部の次回作は海高を舞台にしたミステリーを考えている。その映画で使う予定の密室トリックは、鍵が重要な要素になってくる。そこで、海高の鍵の管理について知っておきたい。そんな内容だった。


「鍵は、いつもあそこに仕舞ってありますよ」


 そう言うと赤坂先生は、教頭先生の席のそばの壁を指さした。そこには壁掛け式のキーケースが三つ並んでいる。全て同じタイプで、縦40センチ横30センチくらいの長方形、片開きの扉がついている。扉を開けると、中にはあらゆる部室の鍵がずらりと並んでいるわけだ。


「あのキーケースから鍵を持っていくには、先生の許可がいるんですよね?」

 黒は尋ねる。インタビューは彼女の役割だ。


 黒の斜め後ろに、灰原は立っている。彼は手帳とペンを形式的に持っている。一応、書記という位置づけなのだ。

 しかし、会話を記録するのはiPhoneの役目だ。彼のワイシャツの胸ポケットに入っているiPhoneが、絶賛稼働中なのである。カメラのレンズがポケットからはみ出しており、しっかりとインタビューの光景を撮影している。

 そう、盗撮である。灰原にとっては日常茶飯事だろうけど、黒はやはり、ちょっぴり罪悪感を覚えてしまう。


「もちろんです」

 赤坂先生は答えた。

「職員室に顧問がいるなら顧問に、顧問がいないなら他の先生に声をかけて、キーケースを開けてもらう。それがルールですから」


「許可を得ずに、先生の目を盗んで鍵をこっそり持って行くのは無理でしょうか?」


「うーん……。キーケースには鍵がかかっているわけじゃないので、誰でも開けることはできます。でも、職員室には必ず誰かがいます。無人になることはありません。誰かが入ってきたら気づくし、教員じゃない人がキーケースに近づこうものなら、当然こっちだって警戒します。たぶん、こっそり持っていくのは無理だと思いますよ」


 それに、水越の証言によれば、放課後、彼が職員室に鍵を取りに行ったとき、屋上の鍵はきちんと存在していた。生徒会室の鍵と一緒にまとめられていて、それを生徒会室まで持っていった。

 もし何らかの隙に職員室から盗まれたのなら、屋上の鍵は、水越が職員室を訪れた時点で消えていたはずである。


「そういえば昨日、屋上の鍵がなくなってしまったみたいですね」

 赤坂先生は言った。


 黒はドキッとした。屋上の鍵は今、黒たちが所有しているからだ。こっそりと……。


「そ、そうみたいですね……。屋上の鍵は、その、作り直すんですか?」


「さあ、どうでしょうか。他の先生たちも、鍵が消えたことはもう知っているはずですが、そのことについては、今のところ全然話題になっていません。たぶん興味がないんだと思います。べつに屋上に校外秘情報が載った資料が保管されているわけでもありませんからね。それに、マスターキーを使えば屋上へは出入りできますし」


 屋上は先生たちにとって、さほど重要な場所ではないようだ。鍵を生徒会に丸投げしているのも、軽く見ている証拠と言えなくもない。


「ちなみに、マスターキーはどこにあるんですか?」


「教頭先生が保管していますよ」


「ここ最近、マスターキーを借りに来た人はいますか?」


「昨日、生徒会の水越くんが借りに来ましたね」


 黒は昨日を思い出す。

 生徒会室から屋上の鍵が消えてしまったため、水越は職員室にマスターキーを借りに行ってくれたのだった。


「そのときは、私が対応しました。私が教頭先生から鍵を借りて、それを水越くんに手渡しました」


「水越先輩以外の誰かに、最近マスターキーを貸し出したことはありますか?」


「私はないですね。他の先生は、ちょっと分かりませんが……。でも何はともあれ、マスターキーは滅多なことじゃ貸し出しません。昨日は水越くんだったから貸し出したんです。例外的に、です。ふつうは生徒に貸し出したりしません」


 水越は生徒会長だ。成績優秀で素行がよく、先生たちからの信頼も厚いという。そんな彼だからこそ、マスターキーを借りることができたわけだ。


 そろそろ潮時かなと黒は思った。インタビューを切り上げようか。


「ちなみに」

 赤坂先生は言った。

「海高を舞台にしたミステリーを撮るなら、『スマホブレイカー』の事件を取り入れてみてはどうですか? きっとインパクトがあると思いますよ」


 スマホブレイカーは、ここ二ヶ月のあいだ、海高でかなりホットな話題になっている存在だ。

 二ヶ月のあいだに、生徒のスマホが立て続けに破壊されるという事件が発生しているのだ。

 犯人の真意は謎だが、一部では、スマホからデータを抜き取るのが目的だと噂されている。端末を破壊するのは、データの盗難の証拠を端末ごと消してしまうためなのだと、校内の有識者は言う。

 黒としては、単なる快楽犯罪という説を推しているけれど。

 

 とにかく、「スマホブレイカー」の全貌は謎に包まれている。

 生徒たちは皆、次は自分の相棒が被害に遭うのではと戦々恐々の毎日を送っている。


「考えてみます」

 黒は答えた。


「あ、でも、ちょっと不謹慎ですかね……?」

 赤坂先生は呟いた。

「七人も被害に遭っているわけですし……」


 七人。

 そうか、七人も被害に遭っていたのか。黒は具体的な数字を、いま初めて知った。


 黒と灰原は、赤坂先生にお礼を言うと、職員室を後にした。

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