ごめん……
「で」
黒は言った。
「あたしたちはこんな夜遅くまで、こんなところで何をしているのだろう?」
「さあ」
白は寝転がった格好で、投げやりに言った。そしてポテチをひとつ摘まんでうまそうな音を立てて食べた。
「細かいことは気にしちゃだめだよ、黒。なんてったって今は夏休みなんだ。どんな疑問も不条理も、今が夏休みだという圧倒的事実の前では無力だ」
「そういうことにしておこう」
黒もごろんと寝転がった。そしてポテチを一枚食べた。
あたりはすっかり暗くなり、星々が輝き始めている。日中の熱気の余韻は、すでに闇に吸い尽くされている。町の家々の窓から淡い明かりが漏れ、人々の営みを暗示している。
そんな時間に、黒と白はまだ本校舎の屋上にいた。屋上のテントの中にいた。小型扇風機がやさしい風を彼女たちに捧げている。
男性陣は二時間前に帰宅した。黒も帰宅しようと思ったのだが、白がもう少しここに残ると言い出したので、付き合うことにしたのだ。
「どうやって帰る?」
黒は尋ねた。
「長期休暇中は完全下校時間が早いって話だから、先生たちも帰るの早いはず。もうみんな帰宅しちゃってるよ、たぶん。校舎は施錠されちゃってるはず」
「今日はここに泊まる。ここは閉鎖空間だし、バレやしないよ」
「バレる心配はしてないよ。でも、ほら、お風呂と夕飯はどうするの?」
「そのために、私は一度買い物に出たんだよ」
白は、テントのすみに置いてあるビニール袋を指さして言った。
「あれで一晩過ごせる」
「お菓子ばっかりじゃん?」
「一日くらい不摂生しても死にゃあしないよ。私たちは天下の女子高生なんだ。知ってる? 女子高生って無敵なんだよ」
「うん、わかった。もうさ、ぜんぶ白に任せるよ」
「汗拭きシートも買ってある。好きな時に裸になって、体を綺麗にしていいからね」
「へいへい」
「
「ありがと」
二人は、それぞれ親に電話をかけた。黒は「白の家に泊まる」と言い、白は「黒の家に泊まる」と言った。
電話を終えると、黒と白はダラダラ過ごした。雑談して、お菓子を食べた。
「黒。いったんテントから出るよ」
白はスマホで時間を確認してから、そう言った。
「なんで?」
「いいから、私に従って。さっき、ぜんぶ私に任せるって言ったよね? つまり今日は私が王様だ。なんでも言うこと聞いて」
べつにそういう意味で任せると言ったわけではないのだが、まあいいや。黒は靴をはいて、テントの外に出た。
「おお! 星が綺麗だ」
黒は空を眺め、歓声をあげた。
「どうしてだろう、屋上から見ると、夜空が余計に綺麗に見える。やっぱり、空に近い場所だからかな?」
「さあね」
白は興味なさそうに言うと、黒をフェンス際に連れて行った。そして床に腰を下ろした。
黒も彼女の隣に腰を下ろした。
「あ」
白の目的は、すぐに分かった。遠くで、打ち上げ花火が上がったからだ。カラフルな炎が、夜空にパッと咲いて、パッと散る。
「うーん」
白はうなった。
「想像以上に小さい」
たしかに打ち上げ花火は、かなり小さい。
「あれって、どこで打ち上げてるの?」
「
「めっちゃ遠いね」
「でも見えると思った」
「見えるよ。十分見える」
黒はそう言い、白の頭を撫でた。でもすぐに手を離した。
「ごめん……」
「なんで謝るの?」
「いや、その……」
まだ白がいじめを受けていない頃は、黒と白は気軽にスキンシップをとっていた。頭を撫で、手をつなぎ、ハグをする。そんなことを自然にしていた。仲良しだったのだ。
しかし今は、黒と白の関係性はすっかり変わってしまっている。黒は虐げる側。白は虐げられる側。そうやって、明暗がはっきり分かれてしまっている。
なのに。
「なんか黒、最近妙によそよそしい時あるよね。どうしたの?」
なんて、白は言うのだった。
どうして、と黒は思う。
どうして白は、昔と何も変わらないの? やっぱり、あたしのことを最初から友達だなんて思っていなかったの? だからあたしがイジメる側に回ってしまっても、何も感じないの?
黒は目の奥に涙の気配を感じた。おそらく涙目になっている。あたりが真っ暗であることが救いだ。
白は花火を見ながら、ペットボトルのお茶を飲んでいる。
「ねぇ、黒はさ、修学旅行のグループ、誰と一緒になったの?」
白は花火から目を離さず、明日の天気を尋ねるような軽い口調で言った。
「ああ、えっと……」
秋に控えている修学旅行。白が不登校になったあとに、グループ決めは行われた。だから白は、修学旅行についての詳細は知らない。
「まだグループは決めてないよ」
黒は嘘をついた。本当はすでに決まっている。綾香といつもの取り巻き連中と一緒のグループだ。
でも言いたくなかった。綾香の名前を出したくなかった。
「私さ、やっぱり青陽くんが黒にこんなひどいことをするなんて信じられないんだ」
いきなり青陽の話になったので、黒は少し反応が遅れた。
「……でも、青陽くんの犯行と考えるしかないじゃん。LINEだって、青陽くんから来てるんだよ?」
「たしかにそうだ」
「それに、青陽くんには動機がある。もし青陽くんじゃない誰かの仕業だとしたら、あたしには見当もつかないよ」
「ほかの誰かから恨みを買った覚えは?」
「ないよ」
「じゃあ、やっぱり青陽くんの仕業か。うーん、でも、なんだかなあ……」
やはり白は腑に落ちないようだった。
実を言えば黒も、まだ完全には腑に落ちていない。心優しかった青陽が、こんな卑劣なことをするなんて……。
「あたし、聞いてみるよ」
そう言って、黒はポケットからiPhoneを取り出した。
「何する気?」
「青陽くんに聞いてみる」
黒はLINEで青陽にメッセージを送った。
青陽くん。聞かせて。本当に、すべて青陽くんの仕業なの? 私はどうしても、青陽くんがそんな人だと信じきれない。私、知ってるよ。青陽くんは綾香に虐げられても、私のことを守ろうとしてくれた。私、知ってるんだよ。
メッセージを送ると、黒はiPhoneをポケットに仕舞った。そしてまた花火を眺めた。
花火はすぐに終わった。白曰く、千発程度の小規模な花火大会なのだという。
二人はテントに戻った。
白は横になると、寝息を立てて眠り始めた。疲れていたようだ。
今夜はかなり涼しい。それにこのテントは、ファスナーを開けるとメッシュの窓を作れるタイプで、非常に風通しがいい。これなら安眠できそうだ。
黒は寝転がり、試しに目を閉じてみた。でも睡魔は一向に彼女に触れようとはしなかった。
黒は起き上がった。そしてワイシャツを脱いだ。白が買ってきてくれた汗拭きシートで体を拭いて、それからミネラルウォーターを飲んだ。すると、少しは眠れそうな気がしてきた。
「トイレ」
白がいきなりスッと起き上がって、寝ぼけ眼をこすりながらテントを出て行った。トイレは校舎のものを利用する。
白がトイレに行っているあいだ、黒はiPhoneを三度確認した。青陽に送ったLINEに既読がついているかを確かめる。
既読はけっきょくつかなかった。
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