黒もやんなきゃ許さないよ

 夢の中では、綾香と、その取り巻きたちが、白の体操着をハサミでズタズタにしていた。


 綾香は仲間たちに、一人一回は必ず体操着にハサミを入れることを強要した。体操着がほとんど原型を留めなくなったところで、黒の番が回ってきた。


『もう十分でしょ?』

 黒はヘラヘラ笑いながら言った。


『ダメ。一人一回はやるようにって言ったでしょ? 黒以外はみんなやったんだからさ、黒もやんなきゃ許さないよ』


 綾香は、体操着とハサミを押し付けてきた。


『はいはい。分かりましたよ』


 黒はやれやれといった感じでそれらを受け取った。内心では、目の前の女に唾を吐きかけてやりたかった。


 ハサミを入れるたびに、黒の中の繊細な部分も裂けていった。彼女はほとんど泣きそうだったけど、笑顔を繕って誤魔化した。


 綾香は満足そうだった。


 白が教室に戻ってきて、ロッカーを開けた。次は体育の授業だった。


 白はロッカーの中に、ズタズタになった体操着を見つけた。


 綾香たちは笑いを押し殺していた。


 白はしばらく固まっていたけど、やがてロッカーの扉を閉めた。


 白がロッカーに背を向けたとき、黒と一瞬目が合った――。


 ――黒は目を覚ました。


 視界は涙で水没していた。天井のシーリングライトが滲んで見えた。


 涙を手で拭ってから、壁の時計を見た。ほとんど時間は経過していなかった。


 ただの夢なら、「嫌な夢だったなあ」で済む。しかし、さっきの夢での出来事は、じっさいにあったことなのだ。


「――黒」


 ソファの上でぼーとしていた黒は、その声でハッとなった。


 白が黒の顔を覗きこんでいた。


「ああ、白。電話はもう終わったの?」


「とっくに終わってるよ」


「そっか」


「黒、目が真っ赤だ」


「ああ、その、ちょっとかゆくてさ……」


 にわかに、ゴロゴロという音が聞こえてきた。雷の音だ。また天気が悪くなってきたようだ。


「今日はそろそろ帰るね。雨が降る前に」


 黒はそう言うと、ソファから起き上がった。


 しかし、白が黒の手を掴んで、ふるふると首を振った。そして言った。


「それはよくない。もう少し待機するべきだ」


 白の顔は真っ青になっている。


 それを見て、黒はぷっと吹き出してしまった。


「白、相変わらず雷が怖いんだ?」


「怖くない。あんなのただの静電気だ」


「白はちっちゃいから、雷落ちないよ」


「うるさい。黒はさぞかし雷が落ちやすいだろうね――」


 ゴロゴロ……。

 また雷の音が鳴ると、白はびくっと体を震わせた。それから黒の手をさらに強く握った。


「分かった分かった」

 黒はふっと笑みをこぼした。

「お父さんかお母さんが帰ってくるまで一緒にいるね」


「賢明な判断だ」

 白はこくりと頷いた。

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