真相は闇の中だ

 あまりに非現実的な話に、黒は反応が数秒遅れた。


 学校が、死体を隠す……?


「……本気で言ってる? さすがは映画部、想像力が豊かだね」


 白は真顔をまったく崩さない。どうやら冗談で言っているわけじゃないようだ。


「むしろ」

 白は言った。

「学校関係者が青陽くんを殺害した、という可能性もある。そのうえで死体を隠した」


「ちょ、ちょっと待ってよ。意味分かんないよ。そんなこと、学校がやるわけないじゃん。学校だよ? 人を育てる場所だよ?」


「黒は知らないかな? 海高のスキャンダルの数々を」


「スキャンダル?」


「一つも知らない? いくつもあるけど」


「全然知らないよ」


「ふぅん。じゃあ、一番有名なやつを話してあげる。四年前の、焼身自殺未遂事件」


「焼身、自殺……?」


「海高の男子生徒がね、教室の中で焼身自殺を図ったんだよ。ジッポオイルを自分に振りかけて、火をつけたんだってさ。運良く――その生徒にとっては運悪くかな?――火は全身に燃え広がらなかった。オイルの量が少なかったのと、先生が迅速に鎮火したのと、あとはまあ、いろいろ偶然が重なったんだろうね。その生徒は右足を大やけどしたけど、命に別状はなかったみたい」


「そんなことが……」


 どんな嫌なことがあったのかは分からないけど、自殺の中でもぶっちぎりで苦痛を伴う焼身を選んだという事実から鑑みるに、きっと彼が抱える闇は相当なものだったのだろう。


「でね、その様子がスマホで撮影されていたんだよ。その動画、Twitterで広がって、けっこう炎上したんだよ」


「その男の子に、何があったのかな……?」


「さあね。真相は闇の中だ。学校が揉み消したから」


「揉み消したって、そんなことできるの?」


「海高の理事長は、お偉い政治家先生とか、警察関係者とか、有名企業の社長とか、そういう連中とのコネがすごいからね。ネットの動画はあらかた削除されて、荒らされていた学校のWikipediaは綺麗に修正されたうえで編集禁止設定されたんだよ。まあ、一度ネットの海に流れた動画を完全に消すのは不可能だから、頑張って探せば見つかると思うよ。試してみたら?」


「いや、遠慮しとく……」

 黒は意気消沈した様子で答えた。

「ねえ、その男の子、今はどうしてるのかな? 元気に暮らしてるのかな?」


「分かんない。いろんな噂があるからさ。口封じのために学校に消されたって噂もあるよ」


 黒はゆっくりと首を横に振った。邪悪な情報を頭に詰め込まれて、パンク寸前だった。


「焼身自殺未遂事件は有名な話だけど、本当の本当に知らなかった?」


「ぜんぜん知らなかった……。そんな残酷なことが、日本で、それも身近なところで起きていたなんて……」


「ほんと、黒ってさ、頭メルヘンお花畑の典型だよね。世界は善意と優しさとホイップクリームと可愛いウサギさんでできてるとでも思ってる?」


「……」


「もちろん、理事長が事件を揉み消したってくだりは、噂と想像に過ぎないけどね。でも、私は海高の隠ぺい体質は本物だと思ってるよ。日常的にスキャンダルの揉み消しが行われてると確信してる」


「もし、白が言ったように、理事長がやばい人だとしても、さすがに青陽くんを殺したりとか、死体を隠したりとか、そこまでできるはずはないよ。権力にだってさ、限界があるよ」


「そうだね」

 白はあっさり認めた。

「ちょっと陰謀論が過ぎたかも。すまんすまん。ほら、私って『月刊ムー』とか『やりすぎ都市伝説』とか大好きだし。さっきの話は忘れてくれてかまわないよ」


 黒はどうしても、全ては青陽の自作自演の悪戯だと信じたかった。


 何か、それを立証できる証拠はないだろうか……。


 ……ん? そういえば……。


「そういえば今日ね」

 黒は言った。

「灰原先輩が言ってたんだけどさ。本校舎内で不審人物を目撃した生徒がいるんだってさ」


「不審人物……?」


「うん。その不審人物が、青陽くんだとは考えられないかな? 青陽くんは急遽あたしに悪戯をしたくなったからこそ、『急用ができた』なんて言い訳をして、学校を予定より早く早退した。だけど慣れない悪事にテンパって、挙動不審になった。それを目撃されてしまった。どうよ、この素晴らしい推理は?」


 勝手な想像に過ぎないけど、筋は通っているはずだ。


「ありえない話ではないけど、うーん、今の段階じゃなんとも言えないね。目撃者に話を聞いてみないことには」


「灰原先輩がインタビューしたって言ってたよ。インタビューの動画も撮ったってさ」


「ふぅん。灰原先輩、相変わらずスイッチが入るとアクティブだ……おや?」


 テーブルの隅に置いてあるタブレット端末の画面が、ぱっと点灯した。白の端末である。着信があったようだ。


 白は画面をのぞき込むと、「LINE……。朱鷺ときから電話だ」と言って、タブレットを持ってリビングを出て行った。


 朱鷺とは、クラスメイトの友人のことである。新聞部の副部長を務めている。彼女も今や、黒と同じで、綾香の手下になってしまっている。嫌々、従わざるを得ないのだ。

 だけどこうして、たまに白に電話をかけてくれているのかもしれない。


 こっそり電話していることが綾香にバレたら、きっとただでは済まないだろう。綾香は白を徹底的に嫌っている。

 その白に手を差し伸べる者には、容赦ない罰が与えられる。

 黒だって、今日家を訪ねたことがバレでもしたら、かなりまずいことになる。


 間もなくして、白はいったんリビングに戻ってくると、「ちょっと時間かかるかもしれないから、テキトーにくつろいでて」と言い残し、また廊下へ消えた。


 なぜ朱鷺は、スマホにではなくタブレットに電話してきたのか? 黒はちょっと不思議だった。

 てか、タブレットって電話できるんだっけ? ああ、LINEとかのアプリを入れればできるんだったな。


 白が戻ってくるまでのあいだ、黒は、青陽と連絡をとる方法を模索してみることにした。

 ちょっぴりだけど、白が語った陰謀論に感化されてしまった。黒は影響を受けやすい少女なのだ。だから青陽のことが余計心配になってしまった。


 黒は今一度、LINEでメッセージを青陽に送った。すぐに連絡がほしいという内容だ。


「Twitterとかも見てみるか……」


 Twitterやインスタをチェックすれば、青陽の「なう」が分かると、黒は考えた。だけど直後に、青陽がTwitterもインスタもやっていないことを思い出した。彼はSNSにまるで興味を覚えないオールドタイプなのだ。


 黒はため息をつくと、椅子から立ち上がった。そしてリビングのすみにあるソファまで歩き、そこに寝転がった。ひどく疲れてしまった。しばらく頭を空っぽにして、ジッとしていたかった。


 疲労は重石となって、黒を眠りの海へと沈めた。


 黒は夢を見た。嫌な夢だ。うんと嫌な夢――。

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