スマホブレイカー

「けっきょく、有力な情報は得られませんでしたね。新事実といえば、スマホブレイカーの被害者が七人もいたということくらいです」


「まあ、一見どうでもよさそうな情報をこつこつ集めていくと、どこかの段階でバァーンと真相が浮かび上がってくる。そういうものだよ。だからそう気を落とさないで」


「はあ」

 べつに気を落としてはいないのだが。

「ていうか、いいんですか? 先生を相手に盗撮なんかしちゃって。許可なしに得た証拠は、法廷で証拠として扱われないって聞きますよ」


「法廷は関係ないでしょ」


「例えですよ」


「それに、民事裁判だと普通に証拠として通用するパターンが多い」


「だから例えですってば」


「なんであれ、許可なんていちいちとってたら日が暮れちゃうよ。『エスケイプ・フロム・トゥモロー』という映画はね、カリフォルニアのディズニーランドで撮影が行われたんだけど、許可は一切とってないんだ。だけど監督や出演者は今でも無事だ。消されたりなんかしてない」


 論点がずれている気がするけど、めんどうなので黒は黙っておいた。


「さあ、次だ」

 灰原はぐっと背伸びをした。


「次は誰に話を聞きますか?」


「生徒会がいいね」


「水越先輩に話を聞くんですね?」


「違うよ。インタビューの相手は、金城くんだ」


「え?」


 金城。

 黒のクラスメイトの男子だ。


「金城くんは関係ないですよ」


「黒、冷静に考えてみて。生徒会室から屋上の鍵が消えたとき、部屋の中にいたのは金城くんだけだった。そうだよね?」


「ええ、まあ」


 昨日の放課後、生徒会室には水越と金城の二人がいた。でも水越は少しのあいだ、生徒会室から出ていた。金を貸している相手がたまたま廊下を通りかかったので、催促するために部屋を飛び出したのだ。そして口論になった。

 ということは、口論の最中は、当たり前だけど生徒会室には金城ひとりだったことになる。


「それから少しして、黒は生徒会室に到着した。そこで屋上の鍵が消えているのが分かった。ほら、どう考えたって、金城くんが一枚噛んでいるとしか思えないじゃないか」


「でも、ほら、あれですよ。そもそも動機ってやつ。それがないじゃないですか」


「最初から動機なんて考えてちゃだめだ。動機ってものは大抵、第三者からは見えないものなんだよ。ミステリー映画ではいつだってそうだ」


 そう言うと灰原は、廊下を歩き始めた。しかし方向が生徒会室とは逆だった。


「灰原先輩、生徒会室はそっちじゃないですよ」


「生徒会室を訪れる前に、いったん部室に戻る。黒に見てもらいたいものがあるんだ」


 映画部の部室に戻ると、灰原はマックブックを開く。そして、とある映像を黒に見せてくれた。


 映像は、海高の屋内プールの様子を映したものだった。

 プールサイドに、ひとりの男子生徒がそわそわした様子で佇んでいる。彼以外に人の気配はない。


 映像は、どうやら扉の隙間からこっそり撮影されているようだ。安定の盗撮である。


「え……金城くん……?」


 そう。プールサイドにいる挙動不審な男子生徒は、金城だった。

 そして彼は、やがて、プールに何かを放りこんだ。


「これは、先月の初めに撮影した映像だよ。そして、この映像が撮影された日の放課後、水泳部がプールの底にスマホを発見したんだ」


「スマホブレイカー……。まさか、金城くんが……?」


「そう、金城くんがスマホブレイカーだ。じっさいに犯行を目撃できたのはこの日だけだから、100%とは言い切れないけどね」


 黒は衝撃のあまり、言葉を失ってしまう。


 金城は真面目で優秀な生徒だ。そんな彼が、他人のスマホを破壊して回る凶悪犯だったなんて……。


「黒、大丈夫……?」


「ええ、はい……。ちょっとびっくりしちゃって……。えっと、話を続けて下さい」


 灰原は頷いた。

「さて、ここで思い出してみてほしい。スマホブレイカーによる犯行の、いちばん最初の被害者の名前を」


「最初の被害者の名前、ですか……?」


「紺野綾香だよ」


 そうだ。綾香もスマホブレイカーの被害者なのだ。それも、最初の被害者。


「そしてこれは、黒が知らないことだと思うけど――金城くんは、紺野綾香から暴行を受けていた」


「……え? 綾香が、金城くんに暴力?」


 綾香の取り巻きである黒も、それは初耳だ。


「たぶん、ふだんから金城くんをいじめていたわけじゃないんだろうね。でも、たしかに紺野綾香は、金城くんに暴力をふるったことがある。何かの拍子に金城くんは、紺野綾香の機嫌を損ねたんだろう」


 紺野綾香。どこまでも理不尽で、利己的で、残虐で、そして絶対的な存在。


「暴行の現場を見たという人物がいた。僕はその人物から詳しい話を聞いた。どうやら紺野綾香は、金城くんをいたぶって、その様子をスマホで撮影していたらしいんだ。屈辱的な内容だったらしい」


「ひどい……」


「残忍だ。到底許されることじゃない。でも、今は金城くんへの同情を捨ててほしい。そして、表層的な事実にのみ目を向けてほしいんだ」


「はい……。でも、『スマホブレイカー事件』と『青陽くん事件』。この二つに、何か関連性が?」


「それはまだ分からない。でも考えてみてほしい。屋上の鍵が生徒会室から消えたとき、そこにいたのはスマホブレイカーただ一人だった。ごく控えめに言って怪しい」


 灰原はマックブックをスリープさせ、ぱたんと閉じた。そして「これは仮説だけど」と前置きをしてから、話を始めた。


 黒は話の内容をしっかりと頭に染みこませた。

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