スペアキーなんて存在しない

 黒と灰原は、生徒会室から金城を連れ出して、静かに話ができる場所を探した。そしてけっきょく、映画部の部室に戻ってきた。


 灰原は、金城に撮影の許可を求めた。しょうじきにドキュメンタリー映画を作っていると説明したうえで。


 金城は「はあ」と曖昧に頷いた。了承してくれたということでよさそうだ。


「それで、えっと、話って……?」


「金城くん」


 黒は喋り出した。インタビュアーは彼女の役割だ。話の進め方は、すでに灰原と打ち合わせ済みである。


 そこからの展開は早かった。黒は金城に例の映像を見せて「金城くんがスマホブレイカーの正体だった。間違いないかな?」と問いただした。問いただすというよりは、諭すという表現のほうが適当なくらい、優しく。


 金城はあっけなく観念した。バレるのは覚悟のうえだった、という感じだ。


「それで」

 金城は言った。

「僕はどうなるのかな? もう先生たちには知らせているの?」


「まさか。まだ知らせてないし、これから知らせるつもりもないよ」


 黒たちの意図を理解できないようで、金城はぽかんとした表情になる。


「その代わり、なんて言うと脅迫みたいだけど、知ってることを話してくれないかな?」


「ああ、うん」


「まず、金城くんがスマホブレイカーになった理由。それは、綾香のスマホを破壊して、そこに収められている映像をこの世から消すためだった。正しいかな?」


「……正しいよ」


 灰原の推理は正しかったのだ。

 綾香がスマホで撮影した、金城の屈辱的な映像。それを消すために、金城は、スマホごと破壊するという手段に打って出たのだ。


「だけど、綾香のスマホだけを壊したのでは、金城くんが真っ先に疑われる。映像を消すために破壊したと感づかれる危険があった。だからこそ、カムフラージュのため、ほかの生徒のスマホも破壊した」


「……うん。人を選ぶ余裕はなかった。盗めそうなスマホを見つけたら、持ち主が誰かなんてことは考えず盗んで、破壊した。でも、壊しても壊しても、恐怖は消えなくて……。けっきょく、合計六件もの事件を起こしてしまった……」


「ちょっと待って。いま、六件って言った?」


「うん」


「七件じゃなくて?」


「僕がやったのは六件だよ。間違いなく」


 おかしい。スマホブレイカーの被害者は、七人いるはずだ。赤坂先生はそう言っていた。


 黒は灰原に目線をやって、無言で指示を仰いだ。


 灰原は、撮影中のiPhoneを持っていないほうの手で髪を弄びながら、しばらく何かを考えていた。

 それから黒を見て、何度か小さく頷いた。数字の齟齬は、ひとまず棚に上げておこうということらしい。


「話を続けるね」

 黒は言った。

「単刀直入に聞くね。金城くん、生徒会室から屋上の鍵を盗んだよね?」


「なんでもお見通しなんだね。まあ、とうぜんか。状況から考えて、僕以外ありえないもんね。水越先輩も、言わないだけで、僕が犯人だって分かってるんじゃないかな」


「動機を、聞かせてもらえるかな?」


「脅迫を受けたんだ」

 金城は、ポケットからスマホを取り出して操作した。そして、一通のメールを見せてくれた。

一昨日おととい、届いたんだよ。これが」


メールの本文は、



お前がスマホブレイカーであることは知っている。バラされたくなかったら、明日(7月20日)の放課後、生徒会室から屋上の鍵を盗め。隙を見て迅速に行動してほしい。放課後、すぐにやるんだ。鍵は盗んだらすぐに、生徒会室の窓から中庭に落とすんだ。言う通りにしないなら、お前の悪行を先生にチクってやる。やるのかやらないのか、返信を待っている。



 という内容だ。メールアドレスは、金城の知らないものだった。どうせ捨てアドだ。


「このメールに、僕は『やります』と返信した。以降は、音沙汰なしだよ」


「なるほど。それで、金城くんはメールで言われた通り、生徒会室のロッカーから鍵を取り出すと、それを窓から落としたってわけだね?」


「うん。タイミングよく、水越先輩が生徒会室を出ていったから、簡単にできたよ。もし水越先輩が生徒会室の中にいたとしても、さほど難しい作業ではなかったと思う」


 黒は次に何を尋ねようか考えた。でも聞きたいことはだいたい聞いてしまった感がある。そこで、漠然とした質問を投げかけてみることにした。


「これまで、屋上の鍵に関連したことで、気になったこととかない? どんな細かいことでも大丈夫なんだけど」


 しょうじき、答えは期待していなかった。


 しかし。


「うーん……。そういえば、青陽くんが……」


 ! 青陽くん。


「青陽くんが、どうしたの?」


「えっと、先月だったかな? うん、たぶん先月。放課後、青陽くんが生徒会室を訪ねてきたんだ。『屋上に出たいのですが、鍵を貸してもらえないでしょうか?』って、水越先輩にお願いしてた」


「どうして屋上に出たかったんだろう?」


「ほら、青陽くんって、演劇部で脚本担当でしょ? 書いている脚本に、学校の屋上で黄昏たそがれるシーンがあるんだってさ。そこで、じっさいに学校の屋上を見てみたいと思ったそうだよ。そんで、昨日の黒木さんと同じように、水越先輩が同行する形で、屋上に向かって行った。少しすると、二人は生徒会室に戻ってきた。そこで青陽くんは『この鍵にスペアはないんですか?』って、水越先輩に聞いていたよ」


「どうしてそんなことを尋ねたんだろう?」


「なんか、また後日屋上に出てみたい的なことを言ってたな。だからもしスペアキーがあるなら貸しておいてくれないかって」


「でも、スペアキーなんて存在しない」


「うん。スペアキーなんてないよって、水越先輩は青陽くんに教えてあげた。それで話は終わった」


 スペアキーが存在しないことを知った青陽は、金城を利用してオリジナルの鍵を盗み出すという姑息な手段に打って出た。その可能性は決して低くない。


 しかし、いずれにせよ、いまの段階では結論は出せない。


 さて、そろそろ潮時かな。


「金城くん、インタビューは以上だよ。真実を話してくれて、本当にありがとう」


「そんな、感謝されるなんておかしいよ。僕はスマホを破壊して回った犯罪者なんだ」


「そうかもしれない。でも、金城くんだってべつに、好きでやったわけじゃない」


 金城は、綾香に撮影された屈辱的な映像を消すために、スマホブレイカーになったのだ。同情の余地は十分すぎるくらいある。


 インタビューは終わった。灰原はiPhoneの動画モードを終了させた。


「その映像って、映画にするんですよね?」

 金城は灰原に尋ねた。


「そうだよ」

 灰原は答えた。そして直後に、金城の意図を悟って、言葉を付け加えた。

「この映画では、金城くんの本名も顔も出さないよ。声も加工する。ぜったいに君だとバレないようにする。約束するよ」


「そもそも、発表する予定すらないんだよ」

 黒がそう補足した。


「え? 発表する予定がないのに、撮ってるの?」


「それが青春なんだってさ」


「よく分からないな」


「あたしも、さっぱり分からないよ」

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