密室を説明できるんだよ

 金城が映画部の部室を出ていくと、黒と灰原は情報をまとめる作業に取り掛かる。


 しかし間もなくして、灰原が「お腹減った」と言った。灰原は昼食を食べていないらしかった。そこで、いったん学校を出て遅めの昼食をとることにした。


 お店選びは灰原に任せることにした。しかし彼は「僕、ここらへんの店よく分からないんだ」と情けないことを言った。


「お店をパッと決められない男はモテませんよ」


「ごめん……」


「べつに謝ることじゃないですけど……」


 黒は、海高からほど近い中華料理屋に灰原を連れて行った。よく白と一緒に行っていた店だ。ぼろいけど、安くてうまい。


 灰原は広東麺を注文した。

 黒は肉野菜炒め定食を大盛で注文した。


「黒もお昼まだだったの?」


「いえ。学食でうどん食べました」


「黒って、けっこう大食い?」


「大食いではなく、食いしん坊と言ってください。そっちのほうがかわいいので」


「食いしん坊のくせに、すごい痩せてるよね」


「太らないけど、上には伸びてしまいました。けっこうコンプレックスなんです」


「いいじゃないか。モデルみたいでかっこいいよ」

 灰原は平然と言ってのける。


 黒は言葉に詰まった。ちょっとうれしかったからだ。だからムスっとした顔をしておいた。それが彼女の照れ隠しなのである。


 料理が運ばれてくるまでのあいだ、二人は事件のことは話さなかった。関係ない雑談をした。


 料理が運ばれてきて、お互いに半分ほど食べ終えたとき、やっと事件の話はスタートした。


 金城の証言のおかげで、『青陽くん事件』の全容はだんだんとクリアになってきた。


 黒と灰原は仮説を組み立てていく。


 犯人はまず、一昨日、金城に脅迫メールを送った。

 続いて、昨日、金城に、屋上の鍵を生徒会室の窓から放り投げさせた。犯人は中庭で鍵を拾って、屋上へ走った。

 で、最後に、あらかじめ用意しておいた遺書を大急ぎでセットし、屋上を去った。


「パズルのピースは早くも集まりつつある」

 灰原は言った。

「しかし中心部分がごっそり抜けている。密室。こいつが厄介だ」


 黒は空になったグラスにピッチャーでお冷を注いだ。灰原のグラスにも注いであげた。


「ありがとう」


 灰原は礼を言うと、いっきに飲み干した。黒はまた注いであげた。


「ひとつだけ、密室についての仮説があるんだけど、聞きたい?」


「聞きたいに決まってるじゃないですか」


「『青陽くん事件』について、僕は青陽くんの自作自演説をあげたよね」


「はい」


「でも、白が言うように、学校の陰謀説を支持するなら、密室を説明できるんだよ」

 灰原は広東麺の最後の一口をすすって、箸を置いた。

「職員室で、赤坂先生から聞いた話を思い出してほしい。先生は言ったよね。マスターキーは教頭先生が保管している、と」


 黒はピンときた。


「つまり、こういうことですか? 犯人は、マスターキーと、それから、金城くんが生徒会室の窓から放り投げた屋上の鍵、そのを利用した、と」


「察しがいいね」


 犯人は、屋上の鍵を封筒に入れ、ペントハウスから校舎の中に戻る。そして、マスターキーを使って扉を施錠する。これで密室は完成する。


 なるほど。たしかに、それなら筋は通る。犯人が学校関係者なら、マスターキーを入手しやすいだろうから。


「信じたくありませんね。学校の陰謀説なんて、そんなの現実離れしすぎです」


「あくまで仮説だよ。僕だって、青陽くんが消されてしまったなんて信じたくないよ。無邪気な自作自演だったと信じたい。また彼と話がしたいし」


「灰原先輩は、青陽くんと仲がいいんですか?」


「彼は天才脚本家だ。腕のいい脚本家をリスペクトしない映画人なんていないさ」


 もう映画人気取りかよ。


 黒と灰原は店を出ると、海高に戻った。ドキュメンタリー映画撮影、つまり調査を再開する。


「次は、パソコン部から話を聞こう」


「なぜにパソコン部ですか?」


「パソコン部の部室は、本校舎の七階にある。そして、すぐそばに、屋上へ上がるための階段がある。位置的に、パソコン部の部室の真上に、屋上のペントハウスがある形だ」


「なるほど。屋上へ向かう、それか屋上から下りてくる犯人を、パソコン部の人たちが目撃した可能性がある。そういうことですね?」


「そのとおり」


 黒は、パソコン部の人たちへのインタビューの流れを、灰原からザッと説明してもらった。それから念のため、軽くインタビューの練習をした。


 灰原は「完璧だ。黒は正式に映画部に入って、インタビュアーとしての才能を伸ばすべきだよ」と言った。

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