そして私も、そう呼ぶ人は少なかった
黒が白と初めて出会ったのは、高校の入学式の日だった。
高校に入って、黒は友だちができるか不安だった。
中学時代は友だちが少なかった。というか、本当の意味の友達なんて一人もいなかった。
黒は背は高いけど気は小さかった。男子にからかわれたらすぐに泣いたし、誰かと衝突しそうになったときは一歩引いた。黒は自分の足場を確保するのに必死だった。いつも周囲の顔色をうかがっていた。
はっきり言って苦痛だった。二人きりで語り合える友人なんていなかった。
このままじゃダメだと思った。未来を色彩豊かで素敵なものにするには、行動しなければならないと思った。
入学式を終えると、さっそく黒はクラスメイトになる予定の人たちに声をかけた。
けれど、彼女の緊張がガンガン伝わっていたらしく、相手はみんな引き気味だった。帰りにどっか寄っていこうみたいなことを言った気がするけど、みんな気まずそうに笑ってごまかしていた。
完全に空回りしていた。
友だち作りに失敗した黒は、意気消沈して学校を後にしようとした。
けれど、後ろ髪を引くものがあった。それは文字どおり後ろ髪を引くものだった。
何かが、黒の長髪を後ろから引っぱっていたのだ。
振り返ると、小柄で色白の女の子が黒を見上げていた。大きな澄んだ瞳に、思わず吸いこまれそうになった。
桜の花びらが舞っていた。
花弁が一枚、女の子の髪にひらりと着地した。
『あ、えっと、なにか……?』
黒は震え声で尋ねた。
『なんで私には声かけないの?』
『……はい?』
女の子の言っていることがイマイチ理解できなかった。
『君、さっきいろんな人に声をかけていた。でも私には声をかけなかった』
『あー……えっと、ごめん……』
よく分からないけど、とりあえず黒は謝っておいた。
中学のときは、いつもそうしていた。よく分からないときは、ごめん。明確に自分が悪いときは、ごめん。明確に相手が悪いときも、ごめん。
『なんで謝るの?』
女の子は、未知の生物に遭遇したみたいな表情をした。
『……なんでだろう?』
よく分からずに謝ったのだから、謝った理由など分からない。
『私は白江詩音。新入生だ。君と同じクラス』
女の子は唐突に自己紹介をした。とりあえず自己紹介したいから自己紹介したという感じだった。きっとこの子は、ここが横断歩道のど真ん中だったとしても、立ち止まって自己紹介をしただろう。そんな気がした。
『あ、あたしは黒木桜!』
黒も自己紹介をした。是が非でも自分の名前を知ってもらいたいと思った。胸が熱くなった。
『あだ名は黒っていうんだよ! そう呼ぶ人は少なかったけど、とにかく黒ってあだ名だった!』
女の子は口角を僅かに上げた。それだけで、とびきりかわいい笑顔ができあがっていた。
『じゃあ仲よくできそうだね。私は白って呼ばれてた』
白は右手を差し出した。握手を求めていた。
『そして私も、そう呼ぶ人は少なかった』
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