黒の推理どおりだよ
「テントの外に出よう」
白はそう言うと、黒の返事を待たずに靴を履き、テントを出て行った。
黒は彼女のあとを追った。
白はフェンス越しに、町を眺めている。
オフィスビル。大通り。傾斜地に連なる家々。その向こうに広がる、夕日を映した海。ここから離れるほど、町は閑静な雰囲気になっていく。地理的グラデーション。
見慣れた町。歩き慣れた町。
黒も、白の隣で町をぼうと眺めた。それから、ポツリと言った。
「あたしは最初、真犯人をこの屋上に呼んであると言った。あとで来ると言った。でも、それは嘘。本当は、もう既に屋上に来ていた。騙してごめんね」
「べつにいい」
白はゆっくりと、首を左右に振った。
「黒の推理はあたりだよ。すべて、私が仕組んだことだ」
「すべて」
「そう。すべて。徹頭徹尾、ぜんぶ」
白は視線をフェンスの向こうに投げ出したまま、淡々と言った。
「遺書も。屋上の密室も。黒に嫌がらせLINEを送ったのも」
「あたしのスマホに嫌がらせLINEが着信するタイミングには、ある法則があった。ズバリ、Wi-Fi環境があること。いちばん最初の自殺予告のLINEは、さっき言ったとおりだね。アジトのWi-Fiの電波をいただいて送った。屋上のテントに白と二人で泊まった時も同じだね。白は、朝、パソコン部が活動を始めてWi-Fiが使えるようになると、青陽くんから盗んだスマホを使って、あたしにLINEを送ったんだね」
「そのとおり」
「それらを除くと、あたしに嫌がらせLINEが来たのは、決まってコンビニに足を運んだタイミングだった。コンビニは今はどこも、独自のフリーWi-Fiサービスを展開しているもんね」
「うん。あらかじめ、Wi-Fiが繋がるように設定しておいた」
白はスマホを取り出す。
「青陽くんから盗んだこのスマホは、青陽くん自身によって解約させられちゃった。だからWi-Fiに頼らないと、LINEはできなかった」
「その盗んだスマホを、あたかも自分のもののように、いつも持ち歩いていたんだね」
「そう。昨日も言ったことだけど、私と青陽くんはスマホがおそろいだった。深い意味は本当にない。偶然だ。でも、その偶然が、今回の計画では役に立った」
白と青陽のスマホの機種が同じだったせいで、黒はずっとスマホの入れ替えに気づかなかったわけだ。
「私のアカウント宛のLINEは、タブレットで受け取っていた。だから黒とも普通に会話ができた」
黒は思い出す。最初に白の家を訪ねた時、彼女は朱鷺からの電話をタブレットで受けていた。
それは、白は自分自身のスマホを持っていなかったからなのだ。彼女のスマホは、すでに青陽の手元に渡っていたのだから。バキバキに破壊したうえで、青陽のものと入れ替えたのだから。
「屋上の鍵についての推理も、正解?」
黒は尋ねる。
白は夕日に染まる町並みを見つめたまま、こくりと頷いた。
「正解だよ。大正解。私は、監督兼カメラマンである灰原先輩を除いて、唯一『なないろの青』を鑑賞した人物だった。映画には屋上の鍵の鍵番号がばっちり映っている。私はオンラインサービスでスペアキーを二本作った。一本は遺書と共に封筒に入れて、もう一本で屋上を施錠した。密室を作った」
白はふぅと息を吐き、さらに続けた。
「パソコン部のルーターが映った映像についても、黒の推理どおりだよ。知ってのとおり、私は『なないろの青』のデータを、タブレット端末に保存している。だから好きな時に見ることができる」
ローソンの駐車場の隅で、白がタブレットを取り出して『なないろの青』を再生するシーンを、黒は思い出す。
「さっき黒、雷がなんちゃらって言ったよね? たぶん、それも黒の想像通りだと思うよ」
「白がテントを回収しなかった理由。正確には回収できなかった理由。それは、雷が怖かったから。そうだね?」
「認めよう」
白は肩をすくめた。
「そうだよ。雷が怖かったんだよ。運よく雨は上がったから、遺書は設置できた。でもすぐに、雷が鳴り始めた。私は大急ぎで校舎の中に入って、階段の踊り場でWi-Fiの電波が来るのを待った。電波は来た。LINEも送った。さあ、あとはテントを回収するだけだ。でも雷が鳴っている」
「で、白はテントを諦めて、その場を後にした」
「うん。本校舎は七階建てだ。その屋上に出るなんて、雷さん雷さんどうか私の頭に落ちてくださいって言っているようなもんだ」
「白さ、雷なんて怖くない、ただの静電気だって言ってたじゃん」
黒はぷっと吹き出して言った。
「雷は静電気界の横綱だ。怖いに決まってる」
「うん。しょうじき、あたしもちょっと怖いよ」
白は満足そうにうなずいた。それから続きを語った。
「雷が鳴りやむのを待つのは得策じゃなかった。黒も知ってると思うけど、屋上の扉の前のスペースって、放課後は頭のネジが外れたカップルがいちゃいちゃしにやってくることがあるんだ」
そのことは、パソコン部にインタビューした際、桃田の口からも語られた。
「そのネジぶっとびカップルに、姿を目撃されてしまうのを恐れた。そういうことだね?」
「そ。だったら、テントくらい喜んで諦めるよ。どうせ大した値段でもないし。お父さんの私物だけど」
おいおい……。
白は、「ほかに答え合わせしたいことある? なんでも答えるよ」と言った。
お言葉に甘えて、黒は尋ねてみることにした。
「この前、あたしと白が藤條のセブンに寄ったとき、白は通りの向こうに青陽くんを見つけたよね。あれは白の嘘だった。正しい?」
「正しい。あのとき青陽くんはカナダに行っていた。藤條のセブンの近くにいるはずない。私が迫真の演技で嘘をついたのさ」
たしかに迫真の演技だったような気がする。
「あ、そうそう」
黒は疑問点リストの項目を思い出す。
「遺書と血糊を盗み出せたのは、演劇部が、映画部の部室である多目的室Bを物置として使っていたから。正しい?」
「正しい」
黒が初めて多目的室Bを訪れた時、彼女は部屋の物の多さに呆れた。そして灰原に「少しは片付けたほうがいいんじゃないですか?」と言った。
それに対して灰原は、全ては演劇部のせいだと嘆息した後、こう説明した。
――あの連中、最近、僕の好意に付け込んで、この部室を物置として使い始めるようになったんですよ。最初は『段ボールを二つか三つ置かせてほしい』ってだけのお願いだったのに、今ではご覧の有様です。白アリのような連中ですよ、演劇部は――
「演劇部が多目的室Bに放置していた段ボールの中に、小道具の遺書と血糊は入っていたんだね?」
「うん。ラッキーだったよ。演劇部の部室に忍び込む手間が省けた。映画部である私は、とうぜん映画部の部室の鍵は自由に借りることができる。そこに置いてあるものを持ち出すなんて造作もない。ちなみに、この盗みの仕事は、『青陽くん事件』を起こす一週間くらい前に決行したよ。ちょうど、赤坂先生に話したいこともあったから、そのついでにね」
赤坂先生に話したいこと。
それって、もしかして。
「ねえ。これは完全にあたしの推測なんだけど、赤坂先生にイジメのことを垂れ込んだのも、白、あんたなの?」
「うん」
なんでもなさそうに、白は答えた。
「黒の名前だけを密告した。紺野さんの名前は一切出さなかった。私は黒からイジメを受けている。黒からだけイジメを受けている。そう言った」
「どうして、あたしの名前だけを?」
「その前に、せっかくだし、今回の事件を起こした目的を話してあげるよ。犯行の動機ってやつだ」
願ってもないことだ。
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