どうして、裏切ったの?
白は言った。
「黒に思い出させるためだよ。青陽くんという存在が、いかに黒にとって大切な存在かをね」
「え……?」
「私は、黒と青陽くんが付き合うことを望んでいたんだ。だけど黒は青陽くんの告白を断ってしまった。それを知って、私は今回の計画を立てた」
白は、報告書を読み上げるようなテンションで淡々と語る。
「ねえ、黒。人が人の大切さに気づく瞬間って、いつだか分かる?」
「……失ったとき、とか?」
「そのとおり。失ったときだ。逆に言えば、失うまで気づけないんだよ。私はそう思う。だから黒に、青陽くんを失う悲しみを与えてやろうと思ったんだ」
「失う、悲しみ……」
「青陽くんは屋上から飛び降りて、この世を去ってしまった。それか、学校に消されてしまった。黒にそう思わせようとしたんだ」
「だから白は、あたしが家を訪ねたとき、これでもかとばかりに陰謀論を語ったんだね?」
「そのとおり。まあ、黒が私の家を訪ねてきたのは予想外だったけどね」
想定外の出来事だったにもかかわらず、平然とあたしを不安に陥れることができた白は、やっぱりすごい。悔しいけど、黒はちょっぴり感心してしまう。
「さて、私の計画がどんなにうまくいったところで、いずれ青陽くんが生きていることはバレる。だけど私は、青陽くんがカナダに行っている間だけでも、黒に失う悲しみを与えられれば十分だった。実際、黒は最初、青陽くんが死んでしまったかもしれないと考えて、彼の大切さを再確認したよね。私の計画どおりに」
「でも、白は途中から、あたしを真相へとわざと導いていったよね? 謎を解くヒントをあえて提示してきた。おかげで、事件発生二日目にして、青陽くんが死んでいないことが判明した」
「その疑問は、私の動機の動機、つまり、どうして私が黒に、青陽くんを失う悲しみを味わわせ、そして彼の大切さを再確認させたかったのか。それを説明すると見えてくる」
「教えて」
「黒と紺野さんを、仲たがいさせるためだ」
あたしと綾香を、仲たがいさせるため……?
「紺野さんは青陽くんのことが好きだった。だけど青陽くんは黒のことが好きだった。もし黒と青陽くんが付き合えば、とうぜん紺野さんは怒る。黒を迫害する。私はそれを狙ったんだ」
「……」
「でも、途中で、衝撃的なことが判明してしまった」
「衝撃的なこと……?」
「紺野さんが、すでに青陽くんにフラれていたという事実だ」
綾香は青陽に交際を迫るも、断られた。そして暴行に及んだ。その様子は、灰原が撮影した映像にしっかり残っている。
「これはもう、灰原先輩から聞いていることかもしれないけど」
そう前置きしてから、白は続ける。
「灰原先輩が撮影した映像は、基本的に私が編集する。だから灰原先輩は、撮影した映像をほとんどすべて私と共有する」
「共有した映像の中には、綾香が青陽くんにフラれるシーンを撮ったものもあった。白はそれを見て、綾香が青陽くんにフラれていたことを知ったわけだね?」
「そうだよ。映像自体は7月の初めに撮影されたものらしいけど、私がそれを見たのは、終業式の前日の夜だ」
つまり『青陽くん事件』発生日の夜、ということだ。
「その日の夕方は、黒が家を訪ねてきていた。そこで黒は、灰原先輩が撮影したっていうインタビュー映像の話をしてくれたよね?」
不審者を目撃したという生徒に灰原がインタビューをして、その様子を映像に収めた。黒はそのことを、灰原本人の口から聞いていた。なので、家を訪ねた際、白に話してあげた。
「そうだね。あたしは白に、灰原先輩がそういう映像を撮ったって言ってたよって、教えたね」
「私は、その不審者が自分のことなんじゃないかって、不安になったんだ。黒がさっき暴いてくれたとおり、私は屋上を拠点として、コソコソ行動してた。私はルパンでも怪盗キッドでもないから、人から物を盗むなんてすごく緊張した。細心の注意を払って行動したけど、テンパってる様子を見られていても不思議ではなかった」
「だからインタビューの映像を見て、その生徒が目撃した不審者の正体が白じゃないことを確認しようと思ったんだね?」
「そう。けっきょく、私を見たわけじゃなさそうで安心したよ」
その生徒が見た不審者の正体は、けっきょくただの来客だった。本校舎のつくりが不親切ゆえに、迷って挙動不審になってしまっていただけだった。そのことは、以前に灰原の口から聞いている。
「私はそのインタビュー映像を見せてほしいと灰原先輩にお願いするとき、その他の動画も全てまとめて見せてほしいと頼んだ。インタビュー映像をピンポイントで指定したら、怪しまれると思ったからね」
それも以前、灰原から聞いた。溜まっている新しい映像を、全て共有するよう白から頼まれた、と。
それは偏に、真の目的の映像を悟られないようにするためのカムフラージュだったわけか。
灰原は、こうも言っていた。
――実を言うと、白にはなるべく見せたくない動画もあるんだけど、白が『一つ残らず見せてください』なんて言うから、その通りにした――
「なるほどね」
黒はピンときた。
その見せたくない映像というのが、綾香が青陽に暴行を加える映像だったのだ。綾香の毒牙にかかって不登校になってしまった白に、綾香の凶悪な映像を見せたくないのは当然だ。
しかし、白はすべての映像の共有を灰原に迫った。
そして灰原は言う通りにした。
そうして、白は綾香の映像を見るに至った。その映像で、綾香が青陽にフラれる瞬間を目の当たりにした。
「時を同じくして、朱鷺から新たな情報が入ってきた。紺野さんが今度は紫崎くんを狙っているという情報だ。これも初耳だった。で、その紫崎くんは黒に気があるときた。ねえ、黒、分かる? こうなると、紺野さんはむしろ、黒と青陽くんが付き合うことを望むようになるんだよ。だってそうでしょ? もし黒と青陽くんが付き合えば、さすがの紫崎くんも黒に手を出さなくなる。紺野さんは紫崎くんをゲットしやすくなる」
白は早口になってきた。淡々とした口調は崩れ、言葉に感情がにじみ出ている。
「そんなわけで、私の計画はオジャンになってしまった。もう、黒と青陽くんが付き合うように仕向ける意味がなくなってしまったからね。だから二日目にして、私は黒を真相へと導くことにした。事件の後始末をしようとした」
黒が青陽と付き合おうとなんであろうと、綾香が黒を恨むことはなくなってしまった。白の計画は無意味になってしまった。そして用なしになった事件を、白は片づけることにしたわけだ。
「……どうして、あたしと綾香を仲たがいさせたかったの?」
白にとって、黒の学校での立場など、微塵も興味がないはずだ。
白はそもそも、黒のことを友達だなんて思っていなかったのだから。
「白が今回の事件を計画してまで、成し遂げたかったことは何なの?」
白が犯人であることは判明した。黒が自力で突き止めた。
だけど、動機だけは、説明されても分からない。
「――ねぇ、どうして……」
「待って、黒」
白は黒の言葉を遮った。そしてフェンスの向こうから視線を回収し、体ごと黒に向けた。
つられるようにして、黒も白に体を向けた。
二人は向き合った。
「今度は私の番だ。私の質問に答えて」
夕日が輝きを一段と強めた。目に沁みるくらいのオレンジ色が、黒と白を照らしている。
白は黒の目をジッと見つめる。身長差の関係で、見上げる形になっている。
黒も白の目をジッと覗きこんだ。奥行きのある美しい両目に吸いこまれそうになる。落ちていきそうになる。
初めて出会ったときも、同じような感覚を味わった。
入学式のときだ。
友だち作りに失敗した黒を呼び止めてくれた。
その澄んだ瞳に魅了された。桜が舞っていた。花弁がひとつ、白の髪に乗っかっていた。
もう桜なんてどこにも咲いていないけど、今にも頭上からピンクの花弁がハラハラと舞い降りてきそうだった。
白はゆっくりと口を開いた。
「黒。どうして、裏切ったの?」
白の目から涙がこぼれた。
頬を伝う涙は、夕日に映えてきらりと輝いた。
白の涙を、黒は初めて見た。
黒は呼吸すら忘れていた。白のこぼした涙の意味を必死で考えていた。答えが出るまでは呼吸する資格がないと、神様が彼女の周囲から空気を奪い取ったみたいだった。
「裏切り者……」
白はかすれた声でそう続けた。
黒は呆然と立ち尽くすしかなかった。
白は、まっすぐ近づいてくる。
そして、黒の胸に顔をうずめ、両手を背中に回した。
「し、白……?」
「裏切り者……裏切り者……」
白はしゃくりあげながら、呪文のように繰り返した。
黒の胸もとは、白の涙でだんだんと湿っていく。
「どうして裏切ったの……? 私は黒の親友じゃなかったの……? どうして紺野さんの仲間になったの……? どうして学校で無視するようになっちゃったの……? どうして私にひどいことしたの……?」
ようやく理解した。
白は、黒が白をいじめる側に回ってしまったことを言っているのだ。黒が綾香の取り巻きになってしまったことを言っているのだ。
白は黒のことを憎んでいた。
白は黒のことをどうでもいいなんて思っていなかった。
白は裏切られてショックを受けていた。
白は今まで平然を装っていたけど、心はずっと泣いていた。
平然を装っていたのは、白なりの復讐だったのだ。
それを理解した瞬間、黒の感情も決壊した。
抑えることができなかった。
あっという間に視界は水没した。オレンジ色の光がぐにゃぐにゃと屈折する。
限界を超えた涙は頬を伝って、白の髪にポタポタと滴り落ちる。
黒は白を強く抱き返した。
「ごめんね、白……」
「黒の馬鹿……黒なんて嫌いだ……裏切り者……嘘つき……嫌いだ……大嫌いだ……」
「うん……うん……ごめんね、白……」
白が赤坂先生に黒の名前だけを密告したのは、黒のことがそれだけ憎かったからなのだ。
主犯の綾香が霞んでしまうほど、白は黒を憎んでいた。
親友だったのに、裏切ったから。
今なら分かる。
白は黒のことを親友だと思ってくれていた。
大切な存在だと感じてくれていた。
白は、黒に綾香と袂を別ってほしかったのだ。
そして、帰ってきてほしかったのだ。白のもとに、親友として。
人の大切さは、失って初めて分かる。
そして、人の大切でなさも、失って初めて分かる。
黒が綾香と仲たがいすれば、その大切でなさにきっと気づいてくれる。同時に、白の大切さを思い出してくれる。
白はそう考えて、今回の事件を起こしたのだ。
「殺してやりたかった……嘘つきの黒……裏切り者の黒……馬鹿……アホ……嫌いだ……大嫌いだ……」
不思議だ。白が恨み辛みを口にするほど、黒の胸のわだかまりが消えていく。
恨まれていたと知るほどに、安堵していく。
憎まれていたと知るほどに、白が愛おしくなっていく。
「さっき、黒を真相にわざと導いたのは、事件の後始末をするためだって、私は言った……。でも、あんなの言い訳だ……。本当は、黒と一緒に過ごしたかったからだ……。一緒に謎解きゲームをしたかったからだ……。嫌がらせのLINEを送り続けたのも、謎を増やして長く遊べるようにするためだ……。バカでアホでマヌケな黒にヒントを与えるのも大変だった……。でも、大好きな黒と夏休みをいっぱい過ごしたかったから、私すごくがんばったんだ……」
「白……」
黒は、より一層、白を強く抱きしめた。
「やっぱり、黒なんか大嫌いだ……。前言撤回だ……。大嫌い……黒なんて大嫌い……」
「うん……うん……。大好きだよ、白」
もうちゃんとした言葉にならないほど、黒の声はかすれていた。
涙が止まらない。
ずるずると鼻水が出る。
体中が熱い。心地よい熱さだ。
白を強く抱きしめながら、黒は思った。
もう絶対に白を裏切らない、と。
どんなことがあっても、あたしは白の味方でいる。
心から、黒はそう思った。
影が床に染みついてしまうくらい
黒と白は、オレンジ色の祝福を受けながら、仲良く、仲良く、泣き続けた。
< End >
白と黒と消えたアオハル 汐見舜一 @shiomichi4040
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