俺はやってない
青陽は、自室に黒と白と灰原を通した。
青陽はベッドに腰かけ、白は学習机の椅子に座り、黒と灰原は床に座布団を敷いて座った。
灰原はiPhoneで撮影をしている。青陽はあっさりと撮影を許可してくれたのだ。
まず、黒が代表して事の顛末を話した。
青陽は腕を組んで、黙って話を聞いていた。
黒が語り終えると、彼はひと言「俺はやってない」と言った。
黒はiPhoneを取り出して、青陽からのメッセージを本人に見せた。
これでもしらばっくれるつもりか。ここに動かぬ証拠があるのだ。
「結論から言うよ」
青陽は言った。
「俺はずっと、黒にLINEできない状態だったんだ」
「……え?」
「俺のスマホはね、終業式の前日、つまりカナダに発つ日、『スマホブレイカー』の餌食になっちゃったんだ」
青陽が、スマホブレイカーの被害者に……?
「体育の授業を終えたら、俺のXperiaは見るも無残な姿になっていた。だから、俺は予定より早く学校を早退したんだ」
「なんのために早めに早退を?」
黒は尋ねた。
「携帯ショップに行くためだよ。スマホを解約したんだ。飛行機の時間に遅れるわけにはいかないから、だいぶん急いだよ」
「解約?」
黒は首をかしげる。
「新しい端末を買うなら分かるけど、なんで解約を?」
「スマホブレイカーが怖かったんだ。ほら、スマホブレイカーの目的は、スマホから情報を抜き取ることだっていう噂もあったでしょ? 壊されたスマホをよく調べたら、SIMカードが盗まれているのも分かったし……」
SIMカードが盗まれていた? スマホブレイカーのほかの被害者からは、そんな話は一度も聞いたことがない。スマホブレイカーの正体である金城も、一言もそんなことは言っていなかった。
「本当は、その後に新しい端末を買いたかったんだけど、時間がなかった。携帯ショップは結構混んでて、解約が精いっぱいだった。まあ、カナダ滞在中は日本の友達と連絡取り合う必要もあんまりないし、別にいいかなって思ったよ」
それから青陽は、「ほら」と言って、スマホを見せてくれた。
「俺がもともと使っていたのは、白と同じモデルのXperiaだったでしょ?」
青陽は白に向かって言う。
「でも、今は、ほら、iPhone。今朝買ったばかりの新品だよ。電話番号も当然変わってるから、後で登録よろしくね」
「貴様アップルに寝返りやがったのか」
白が憎々しげに言った。
「すまぬ」
「まあ、君もかわいそうな男だ。私とおそろいだったXperiaは、スマホブレイカーの餌食に。割と新しいモデルなのに。ご愁傷」
白はわざとらしく両手を合わせた。それから黒を見て、「おそろいって言っても、とくに深い意味はないからね。妬かないように」と言った。
「や、妬いてないし!」
黒はそっぽを向く。
「ちなみに」
青陽は言う。
「このスマホでは、以前使っていたLINEアカウントはもう利用できない。LINEってね、あらかじめ引き継ぎの準備をやっておかないと、新しいスマホでアカウントを引き続き利用することができないらしいんだ。まさかスマホブレイカーにやられるなんて夢にも思っていなかったから、引継ぎの準備なんて当然していなかった」
なんだかんだで自分は大丈夫と思ってしまうのは、人間の性だ。
「そんなわけで、俺が早退した日、もし新しい端末を買うのが間に合っていたとしても、黒にLINEするのは不可能だっただろうね」
「なるほどねぇ……」
黒は頷いた。そしてこれまでの話を総括し、言った。
「じゃあ、けっきょく、あたしに気色悪いメッセージを送り続けていたのは、青陽くんを
「そうとしか思えない。俺のLINEアカウントは今、宙に浮いている状態だ。犯人は、そのアカウントを、何らかの方法で乗っ取ったんだ。そして黒に嫌がらせを続けている。俺がアカウントにログインできないのをいいことに」
「ねぇ、青陽くん。改めて確認なんだけど」
白が疑わしそうな表情で言った。
「青陽くんは、終業式の前日にカナダに発った。そして最近帰ってきた。そういうことで間違いない?」
「間違いない。家に帰ってきたのは、昨日の夜だよ。二週間程度の短期留学だったからね」
「でも私は、終業式の当日に、藤條のセブンイレブン近くで青陽くんの姿を見ているんだ」
そうだった。アイスを食べるためにセブンに寄ったとき、白は通りの向こうに青陽を見つけている。黒は見ることができなかったけど。
「そんなバカな……。終業式の日の昼にはもう、俺はバンクーバーに着いていた。なんなら、ホームステイ先に問い合わせてもらっても構わない」
「……分かった。信じるよ。じゃあ、私が見たのは、青陽くんのドッペルゲンガー……?」
「まさか」
黒は笑った。
「真犯人が、青陽くんに変装してたんだよ。ルパンみたいに」
白は腑に落ちない様子だけど、反論はしてこなかった。
「整理してみよう」
灰原は言った。
「まだ不確定要素が多いけど、ひとまず、犯人は屋上の鍵の鍵番号を盗み見て、オンラインサービスでスペアキーを作った。その線で考えてみよう」
犯人の行動をまとめると、こうなる。
(1)屋上の鍵に彫られている鍵番号を盗み見る。
(2)鍵番号をもとに、オンラインサービスでスペアキーを二本作る。また、演劇部の部室から、芝居の小道具である遺書と、血糊を持ち去る。
(3)犯行の前日、金城に脅迫メールを送る。また、何らかの方法で、青陽のLINEのアカウントを乗っ取る。
(4)犯行の当日、犯人は本校舎裏に血糊をまく。そして屋上に行った。テントを張って、行動の拠点とする。激しいにわか雨が降る。そのせいで血糊はほとんど洗い流される。
(5)放課後。15時30分~40分頃、金城は脅迫メールの要求どおりに、屋上の鍵を窓から中庭に放り投げる。この放り投げられた鍵は、おそらく犯行には一切使用されていない。ただ単に、生徒会室から鍵が盗まれたと錯覚させるためのフェイクだ。中庭に放り投げられた鍵は、犯人が後々、タイミングを見計らって回収したと思われる。
(6)犯人は雨がやんだ後(15時30分以降)に、遺書と、スペアキー1本を入れた封筒を屋上に置く。
(7)仕上げに、青陽のアカウントを使って、黒に自殺予告LINEを送った(15時35分ちょうど)。もう一本のスペアキーで屋上を施錠して、密室を完成させる。なぜか、テントは屋上に張ったまま残しておいた。
「と、まあ、こんな感じだね」
灰原が事件の概要をざっとまとめて、簡潔に説明してくれた。
「あたし的に地味に気になるのは」
黒は言った。
「犯人はどうして、密室を作るのを放課後まで待ったのか、という点ですね」
ずっと疑問だった。あの日はにわか雨が降った。でも、封筒は、まったく濡れていなかった。つまり、封筒は雨があがった後に置かれた。
雨があがったのは、15時30分だ。放課後である。
「犯人がスペアキーを持っていたなら、いつだって屋上に入れたはずです。いくらでも時間に余裕をもって、密室を作ることができた。でも犯人はわざわざ、校舎内の人通りが多くなる放課後に遺書をセットしています。犯人の心理として、なるべく姿を見られたくないはずなのに、不自然です」
「そうだね」
灰原は答えた。
「そのことは、初めから謎だった」
「それから、テントも地味に気になります」
黒は言った。
「犯人は、張ったテントをそのまま残して立ち去っています。たぶん、テントを片づける暇すら惜しかったんだと思います。何をそんなに慌てていたのか。そこが気になるんです」
「なるほど」
灰原は感心したように言った。
「テントが残されていた理由は、慌てていたからというわけか。筋が通っている」
「テントを張って悠々としていたかと思えば、そのテントを片づける暇すら惜しんで退散している。行動に一貫性がなさすぎます」
「なにか、犯人にとって不測の事態が起きたのかもしれないね」
灰原は言った。
「だから犯人は慌てざるをえなかったのかも」
四人は知恵を絞り合って、犯人の行動について考えてみた。
しかし、これといって閃きは生まれなかった。
「じゃあ、次は動機を考えてみよう」
灰原はそう提案した。
「動機というと、つまり、あたしへの恨み、ということですよね……?」
黒はちょっとドギマギする。
「うん。犯人の目的は、黒への嫌がらせだ。最初は、青陽くんが飛び降り自殺をしたと見せかけて、脅かそうとした。だけど途中で方針を変えた。青陽くんをストーカーに仕立て上げ、黒に生々しい恐怖を植え付けようとした。ずいぶんと手の込んだ嫌がらせだ。黒に強い恨みを持つ者の犯行とみて間違いない」
「一人ひとり、関係者をあげて考えてみようよ」
青陽が言った。
「手始めに、今ここにいる人間から考えてみない?」
「私たちも容疑者というわけだね」
白は言った。
「面白そう。やってみよう」
「でも、ひとつ注意しないといけないポイントがあるね」
黒は言った。
「その動機が、今年の春休み明けより前に発生したものでないといけない、という点」
水越の言葉を思い出す。
春休み明けに、屋上の鍵のラベルシールを貼り替えたと、彼は言っていた。以前は反対側に貼っていたのだが、新しいシールは鍵番号の面に貼ったのだと。
つまり、春休み明け以降では、ラベルシールが邪魔で、鍵番号を盗み見ることはできなかった。
だからこそ、犯人は、春休み明けより前の段階で、一連の犯行を計画したはずなのだ。じゃないと、オンラインサービスを利用してスペアキーを作ることができない。
「そうだね」
白は頷いた。
「春休み明けより前に、黒への恨みをこじらせた人間。それを考えてみよう」
まず、騒動の中心人物である、青陽。彼が黒に恨みを抱くとすれば、それは告白を断られたことに他ならない。それ以外、動機は見当たらない。
青陽が黒にフラれたのは6月だ。春休み明けの時点では、彼に動機はなかったことになる。
「春休み明け以降は鍵番号を盗み見ることができないという事実が判明した時点で、青陽くんが犯人じゃないって気づくべきでしたね」
黒は言うと、自虐的に笑った。
「仕方ないよ。ついさっきまでは、青陽くんがすべての元凶だって前提で僕たちは動いていたんだから」
灰原は言った。
「まさかLINEアカウントの乗っ取りなんていうアクロバティックなことが起こっているとは、夢にも思わない」
次に、白で考えてみる。彼女に動機があるとすれば、とうぜんイジメだ。イジメのせいで彼女は不登校になってしまった。
そしてそのイジメに、黒も不本意ながら加担していた。しかし、イジメが酷くなり始めたのは、春休みが終わり、二年生に進級して少ししてからだ。春休み明けの時点では、まだ黒は白と仲良くつるんでいた。
白にも、動機はなかったことになる。
そして最後に、灰原。彼に限っては、春休み明けの時点で面識すらなかった。動機を考えるだけ無駄だ。最も犯人像から遠い人物と考えてよさそうだ。
それから、水越、桃田、茜、蜜柑、朱鷺、緑川、金城、さらには赤坂先生まで、動機がないか考えてみた。
しかし、黒を恨んでいそうな人物は見当たらない。
唯一、綾香は、恋敵(?)である黒を恨んでいた可能性がある。
だけどあの綾香が、こんな回りくどい嫌がらせをするとは到底思えない。彼女なら、もっとストレートでバイオレンスな方法を採用するはずだ。
お手上げだ。今の段階では、犯人を突き止めるのは無理そうだ。
「なにはともあれ」
黒は言った。
「いつか必ず犯人を突き止めて、『犯人はお前だ!』って言ってやりますよ!」
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