黒には探偵の才能がある

 黒には確かめるべきことがあった。ゆえに、海高の本校舎にきていた。


 黒は、屋上へ続く階段の踊り場でiPhoneを取り出して、画面をチェックした。


「……なるほど、ね。やっぱりそうだったのか」


 それから黒は、屋上に出た。

 テントはない。テントは帰るときにたたんでペントハウスの屋根に置いておくのがルールなのだ。小型扇風機やテントマットも、演劇部から拝借したブルーシートに包んで置いてある。


 テントがないだけで、屋上がめちゃくちゃ広く見えるのが不思議だった。


「やっぱり、テントないと物足りないなあ」


 黒は今や、一流の屋上評論家に成長していた。


 黒はペントハウスの屋根から一式を降ろして、テントをセッティングした。


 うん。やっぱこうでなくっちゃね、海高の屋上は。


 日が傾き始め、日差しは弱まっている。そよ風が吹き、黒の頬を撫でた。蝉の合唱も、どうしてか心地よい。屋上にいると、不思議と夏のすべてが愛おしくなる。


 黒は白に、LINEで電話をかけた。一回目は繋がらなかったけど、二回目で出てくれた。


「もしもし?」


「白? あたし、黒だよ」


「どうしたの? なんか、声から興奮が伝わってくるけど。えっちな動画でも見てるの?」


「なんでそうなる……」

 黒は気を取り直す。

「白、大変なんだよ! あたし、真犯人が分かっちゃったかも!」


 電話の向こうで、白が息を飲むのが聞こえた。


「黒、今どこにいる?」


「本校舎の屋上だよ」


「なんで屋上に? まあいいや、私もすぐ行くよ。そこで待ってて」


 電話を切ると、黒はテントの中で寝転がりながら、考えをまとめた。


 おそらくあたしの考えは合っている。でも、分からない点も残っている。 


 宣言どおり、白はすぐにきた。彼女もテントの中に入ってきた。手にはレジ袋をぶら下げていた。


「お菓子とか買ってきたけど、黒、食べる?」


「ありがたい」


 二人はお菓子の袋を開けて、摘まめるようにした。


「真犯人には、実はもう連絡を済ませてあるんだ」

 黒は言った。

「もうしばらくしたら、屋上にやってくるはずだよ。そこで真相を突き付けて、ぎゃふんと言わせてやる」


「楽しみだ。でも緊張するね。それで、さっそくだけど、真犯人は誰なの?」


「順序立てて話してもいいかな? あたし自身が推理をまとめる意味でも」


「うい」


 黒は語り始めた。

「まずは、青陽くんのLINEアカウントの問題から話すね」


「うい」


「真犯人が青陽くんのLINEアカウントを乗っ取って、あたしに嫌がらせのメッセージを送っていた。それが真相だった。昨日、それが判明したよね?」


「そうだね」


「結論から言うと、青陽くんのアカウントを乗っ取ったのは、彼のスマホを壊した人物なんだよ」


「ちょっと待って。じゃあ、スマホブレイカーである金城くんが真犯人ってこと?」


「まあまあ、そう焦らないで」

 黒は笑った。

「そうじゃないんだよ。青陽くんのスマホを壊したのは、スマホブレイカーではないんだよ。べつの誰かなんだよ」


「どゆこと……?」


「あたしと灰原先輩は以前、金城くんを問い詰めた。金城くんは、自分がスマホブレイカーであることを認めた。でも、金城くんを問い詰めている最中、あたしは違和感を覚えた。スマホブレイカーは、全部で七件の事件を起こしているはず。赤坂先生が間違いなく七件だと言っていたから、それは確かだよ。でも、金城くんはしかやっていないと言った。じゃあ金城くんが嘘をついているのか? 違う。金城くんは、本当に六件しかやってないんだよ」


「なるほど。そういうことか。そのが、真犯人の仕業ってことなんだね?」


「そのとおり。そしてその一件こそが、青陽くんが被害者になった件なんだよ。真犯人はその日、青陽くんのスマホを盗んだ。盗むのは簡単だよ。三限目は体育の授業で、教室がもぬけの殻になっていたからね」


 体育の授業中、教室はとにかく無防備なのだ。


「つまり」

 黒は続ける。

「スマホブレイカーの犯行六件と、青陽くんのスマホについての犯行一件は、混同されてしまったってわけだよ。青陽くんのスマホについての犯行も、スマホブレイカーの仕業だと誤認されてしまったんだよ。たぶん、それも犯人の狙いだろうね」


「だからこそ、金城くんが自覚している件数と、赤坂先生が認識している件数に、一件の差が生じた……」


「そのとおり」


「すごいよ、黒。よく分かったね」


「まあね」

 黒は面映ゆそうに鼻をかいた。

「で、真犯人は、どうして青陽くんのスマホを盗んだのか。そして壊したのか」


「そこが肝心だ」


「実は犯人は、青陽くんのスマホを盗みはしたけど、壊してはいないんだよ」


「え? でも、青陽くんは、スマホを壊されたってハッキリ言ってたよね?」


「そうだね。でも、その破壊されたスマホは、本当に青陽くんのものなのかな?」


「どういうこと?」


「あたしの考えは、こうだよ。その破壊されたスマホは、実はだった」


「別の、スマホ……?」


「犯人は、青陽くんと同じ機種を用意して、あらかじめバキバキに破壊しておいたんだ。そしてそれを青陽くんのスマホと入れ替えた。青陽くんは、それを自分のものだと思い込んでしまった。徹底的に破壊されているから、データを確かめることもできない。犯人の計画通り」


「なるほど……」


「青陽くんは、破壊されたスマホからSIMカードが盗まれたとも言っていたよね。でも、それは違うんだよ。破壊されていたスマホには、そもそも最初からSIMカードは入っていなかったんだよ。犯人は当然、ダミーのスマホにSIMカードを入れっぱなしにはしない。IDを調べられでもしたら面倒だし」


「……いったい、犯人は何のために、そんなことを?」


「青陽くんのLINEアカウントを奪い取るためだよ」


「というと?」


「真犯人は、青陽くんのスマホを盗んで、それを使ってあたしに自殺予告を送ったんだよ。白も知ってると思うけど、青陽くんはセキュリティに気を遣わない。スマホのロックのパスワードが誕生日という有様だもん」


 そのことは、灰原が盗撮した動画の中でも明言されている。綾香が青陽に暴行を加える動画だ。その中で、綾香は青陽に向かって、スマホのロックのパスワードが誕生日であることを馬鹿にしていた。接点の薄い綾香にすらパスワードがバレていたことからも、彼のITリテラシーの低さが窺い知れる。


「つまり」

 黒は続けた。

「真犯人がやったのは、アカウントの乗っ取りじゃない。そもそも、盗んでしまっていたんだよ」


「実はアナログな犯行だったんだね。もっと、こう、ハッキングとかそういうサイバーな技術が絡んでいると思ったのに」


「ちょっと拍子抜けだよね」


「LINE問題は解決だね。しょうじき驚いたよ。黒には探偵の才能がある」


「ありがと」

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