お待ちかねの、密室トリックだ

 黒はポッキーをかじった。それから乾いた口を、冷たいお茶で潤す。


「さて、次は屋上の密室と、鍵の問題について説明するね」


「待ってました。お待ちかねの、密室トリックだ」


「屋上と鍵の問題。これは、もうほとんど解明されているよね。真犯人は、あらかじめオンラインサービスでスペアキーを作って持っていた。それを使って、いとも簡単に屋上の密室を作り上げた。だけどそこには、大きく分けて二つの疑問があった。まず一つ目は、真犯人が屋上の鍵の鍵番号をどうやって知ったのか。鍵番号が分からないと、オンラインサービスでスペアキーを作れないからね」


「屋上の鍵の、鍵番号が彫ってある面には、ラベルシールが貼ってあった。鍵番号はラベルシールに隠れて見えなかった。だから鍵番号を読み取るのは不可能なはず。ただし、春休み明けより前なら、盗み見ることが可能だった。だよね?」


「そう。ラベルシールは、春休み明け以前は、鍵番号が彫られていないほうの面に貼ってあった。だからこそ春休み明けまでなら、鍵番号を読み取ることが可能だった。そのことから、真犯人は、犯行を春休み明け以前から計画していたと考えられる。じゃないと、そもそも鍵番号を盗み見ることができないから」


「そうだね」


「春休み明け以前に、あたしに大きな恨みを抱くに至った人物こそが真犯人。昨日、青陽くんの家でそういう結論に落ち着いたよね?」


「うん。そんで、昨日青陽くんの家に集まったメンバーと、茜をはじめとする友達のみんなの中には、少なくとも該当者はいなかった」


「昨日は、そういう結論に落ち着いたね。でもさ、本当にそうなのかな?」


「……え?」


「本当に真犯人は、春休み明け以前から犯行を計画し始めないと、今回の騒動を起こせなかったのかな?」


「それは、昨日さんざん話したでしょ?」


「うん。でもね、今日あたしは気づいたんだよ」


「何に?」


「春休み明け以降でも、一連の計画を立てて、そして実行できる方法をね」


「……詳しくよろしく」


「映像だよ」


「映像……?」


「真犯人は映像を見たんだよ。そして、そこに映っている屋上の鍵を見たんだ。映像の中の鍵番号を見たんだよ」


「えっと……」


「灰原先輩が撮ったスクールドキュメンタリー映画『なないろの青』。あれは、いつ撮影されたものだったっけ?」


「あれは、去年の4月に撮り始めて、今年の3月にはクランクアップしていた」


「そう。そしてあの映画には、しっかりと映っていたよね? 水越先輩が、屋上の鍵を紹介するシーンが」


「あ、そうか……」


「さっき白が言ったように、映画は今年の3月にはクランクアップしていた。つまり、


「3月以前。ということは、春休み明け以前だね」


「そう。そして、春休み明け以前は、鍵番号が彫ってある面にはラベルシールが貼られていなかった。映像の中で水越先輩が紹介している屋上の鍵は、鍵番号が隠れていないんだよ。だから映画を見れば、鍵番号を確認することができる。カメラは鍵にかなり寄っていたから、小さな文字だって読み取れる。実際あたしは読み取れた」


「真犯人は『なないろの青』を見て、鍵番号を確認した。そういうことか」


「そういうこと」


 黒と白は申し合わせたように、同時に飲み物を飲んだ。無言でお菓子をつまみ、しばらく考えに耽っていた。


「最後に」

 黒が話を再開した。

「どうして真犯人は、15時30分以降まで屋上にいたのか。その謎を解くよ」


 スペアキーを持っていた真犯人は、いつだって本校舎の屋上に入れる状態だった。それにもかかわらず、真犯人は15時30分以降に遺書を置いた。本校舎が賑わう放課後を、わざわざ犯行の時間に選んだのだ。

 にわか雨がやんだ時刻は15時30分。そして遺書が入っていた封筒に濡れた形跡がないことを鑑みるに、それ以降に封筒が置かれたのは明白だ。


「おお、それもすごく気になってた」

 白は言った。


「Wi-Fiだよ」

 黒は言った。

「それが答えだよ」


「Wi-Fi……?」


「真犯人は、屋上で密室を作ったあと、あたしに自殺予告のLINEを送る必要があった。だけどあって、スマホがネットに繋がらなかった。だから真犯人はWi-Fiに頼って、スマホをネットに繋いだ」


「よく分からないな」


「普通に考えたら、屋上でWi-Fiなんて使えるはずはない。でもね、使えるんだよ。パソコン部のアジトの力を借りることによって」


 パソコン部の部長である桃田は、以前こう言っていた。


――エアコンもあって、けっこう快適なんだぜ、このアジト。Wi-Fiもちゃんとセットアップしてあるしね――


 その言葉を思い出して、黒はピンときたのだ。


「ネットワーク名とパスワードは、アジトにあるルーターに貼ってあるシールに、ちゃんと書いてある。だからそれを見れば、誰だってWi-Fiを利用できる」


「なるほど」


「アジトは、屋上のほとんど真下に位置する。校舎に入って踊り場あたりまで階段を下りれば、Wi-Fiの電波を拾えるんだよ。今日、白が来る前に実際に試したから、それは間違いない」


 今日もパソコン部は絶賛活動中だ。ゆえに、ルーターの電源はついており、電波を拾えるかテストするのは簡単だった。


 黒は話を続ける。

「真犯人は最初は、その日盗んだ青陽くんのスマホで、普通にLINEをしようとした。でも、青陽くんは予想外の行動に出た。学校を当初の予定より早く早退してまで、携帯ショップに駆け込んでスマホを解約してしまった。青陽くんが昨日言っていたとおり、彼はスマホブレイカーに個人情報を抜かれたかもしれないって怖くなって、スマホを解約しちゃった」


「そうだったね」


「さあ、そうなると犯人は焦る。急に青陽くんのスマホの電波が消滅して、使えなくなっちゃうんだから。LINEアカウントは、複数の端末からログインすることはできないから、是が非でも青陽くんから盗んだスマホを使う必要があった。で、犯人は閃いた」


「Wi-Fiを使おう、と。そうだね?」


「そう」


 たとえ解約しても、Wi-Fiを通じてスマホをネットに繋げば、LINEは引き続き利用できる。


「でも、Wi-Fiを使うにはネットワーク名とパスワードが必要だ。犯人はわざわざ、パソコン部のアジトに行って『教えてください』って頼んだの?」


「いいや、その必要はないんだよ。ここでまた、『なないろの青』の登場だよ」


「もしかして、そこにパスワードとかが映っていたとか?」


「ご名答。ルーターが至近距離で映っていた。そこに貼られたシールに記された情報も、バッチリ読み取れた」


「『なないろの青』大活躍だ」


「真犯人は、持参のタブレット端末やらで『なないろの青』を再生して、ルーターの情報をチェックした。あたしはそう考えてる」


「なるほどね」


「だけどもちろん、アジトのルーターが起動しないことには、Wi-Fiは繋がらない」

 黒は続ける。

「とはいえアジトは、パソコン部が放課後やってくるまで閉まっている。じゃあ待つしかないよね。桃田先輩たちがアジトを開けて、そしてルーターの電源を入れるのを」


「たしかにそうだ」


「ルーターの電源が入れば、青陽くんから盗んだスマホもWi-Fiの恩恵を受けられるようになる。もちろんLINEも使えるようになる。つまり真犯人は、スマホがWi-Fiの電波を拾うのを待つ必要があった」


「おもしろい推理だ」


「『なないろの青』の中で、桃田先輩が時間に厳しい人間であることが明かされていた。どんなに遅くても、放課後10分以内にアジトの鍵を開けて、パソコン類の電源を入れる。放課は15時25分。それを考えると、どんなに遅くても、15時35分にはルーターの電源が入る。Wi-Fiが繋がる。その日は、たまたま桃田先輩は、少しの時間廊下で水越先輩と口論をして、タイムロスしていた。真犯人は焦っただろうね。なかなかスマホがWi-Fiの電波を拾わないんだから」


「だろうね」


「でもけっきょく、真犯人は15時35分に、あたしにLINEを送ることができた。結果オーライだね」


「つまり……」


「つまり、真犯人があえて放課後まで屋上にいた理由。それは、桃田先輩がアジトを開けて、ルーターの電源を入れるのを待っていたからなんだよ。正確に言えば、犯人がいたのは、屋上ではなく、階段の踊り場だけどね」


「エクセレントな推理だ」

 白は芝居がかった仕草でぱちぱちと拍手した。

「でも、まだ疑問がある。細かいことだけど」


「なに?」


「このテント」

 白は自分たちを囲んでいる水色の壁を示して言う。

「犯人はどうして、こんなものを用意したんだろう? 黒の推理では、このテントの必要性がまったく語られていない」


「確かにそうだね」

 黒は認めた。

「じゃあ、テントについての推理も披露しちゃおうかな」


「まさか、それも分かるの?」


「うん。すごいでしょ?」


「まるで名探偵だ」


 黒は「まあね」とどや顔をした後、ゆっくりと語り始めた。

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