犯人は、透明人間としか思えない
黒は深呼吸をしてから、ひとまずテントを調べた。
幸い、テントは片付けが比較的簡単なポップアップテントだった。去年の夏、東京サマーランドに行った際、プールサイドで利用した経験がある。
比較的簡単とはいえ、コツをつかまないと苦戦する。去年も、スマホでキャンプ系YouTuberの動画を参照しながら、友達とあーでもないこーでもないと騒ぎながら片付けたのを覚えている。
黒は記憶を頼りに、テントをたたみ始めた。生来記憶力に優れている黒は、やや苦戦しつつもなんとか上手くたたむことができた。
たたまれたテントは、平べったい円形になった。自転車の車輪くらい小さくて薄い。とはいえ、スクールバッグに入るはずはない。
黒は数秒考えてから、ペントハウスの屋根に、たたんだテントを隠した。それから思い出したようにサンダルを履くと、何食わぬ顔で校舎の中に戻った。
「どうだった?」
水越は、スマホから目線を外さず、背中越しに尋ねてきた。
「あたしの思い過ごしだったみたいです。迷惑かけちゃってすみませんでした」
「誰もいなかった?」
「誰もいませんでした」
「そっか」
水越は立ち上がると、スマホをポケットに仕舞った。それから「一応僕も見てみるよ」と言って、屋上へと出て行った。
2分もせず、彼は戻ってきた。
「誰もいないね。誰かがいた形跡もない」
水越は言いながら、マスターキーで屋上の扉を施錠した。
「現状では」
水越は言った。
「鍵を盗んだ犯人は、透明人間としか思えない。もちろん、鍵が盗まれたと仮定したらの話だけど」
「透明人間、ですか?」
「屋上の鍵は、普段、キーホルダーで生徒会室の鍵と一緒にしてある。そのことは、さっき話したよね?」
生徒会室で、たしかに聞いた。ピカチュウのキーホルダーで、本来なら屋上の鍵と生徒会室の鍵はひとつにまとめられている。そういう話だった。
「で、そのまとめた鍵は、ほかの部活動と同様、普段は職員室に置いてあるんだ。放課後になると、生徒会の人間が職員室に行って、先生の許可を得て受け取る。もちろん部外者が借りることはできない」
鍵の扱いは厳重のようだ。部外者の青陽が、職員室で鍵を受け取るのは難しいだろう。
「外せない用事があったり、欠席でもしない限りは、生徒会長である僕が鍵を取りに行く。そして今日も例によって、僕が取りに行った。そのときは、たしかに鍵は二本ともあったんだよ。ちゃんと、ピカチュウのキーホルダーに二本とも繋がっていた」
「なるほど」
「僕は職員室で鍵を受け取ると、寄り道せずにまっすぐ生徒会室へ向かった。そして、鍵をロッカーの中に仕舞った」
「ちなみに、水越先輩の行動の、詳しい時間は分かりますか? 何時に教室を出て、何時に職員室についた、とか」
「そうだな……」
水越は語った。彼は放課後(今日は黒と同じく、授業は6限目で終わり)、すぐに教室を出て、数分で職員室に到着した。そこで鍵を受け取り、寄り道せずに生徒会室へ向かった。生徒会室に到着したのは、15時30分ごろ。
「生徒会室の前には、すでに金城くんがいた。二人で一緒に生徒会室に入った」
「なるほど」
「それから10分くらい経ったとき、つまり15時40分に、黒木さんが生徒会室に現れたんだ」
水越が最後に屋上の鍵の存在を確認したのは、ロッカーにそれを仕舞ったときである。つまり15時30分ごろだ。
そして、黒が生徒会室に到着して「鍵を貸してほしい」と頼んだ15時40分ごろには、鍵はもう消えていた。
つまり鍵は、15時30分から15時40分くらいのあいだに、盗まれたことになる。
犯行に及べる時間は、約10分だったわけだ。わずか10分だ。しかも、生徒会室には水越と金城がいた。二人の目を盗んでロッカーの中の鍵を盗むなど、たしかに透明人間の仕業としか考えられない。
「水越先輩は、鍵を仕舞ったあとは、一度も生徒会室を出ていないんですか?」
もし「うん。出てないよ」と言われたら、もうマジで犯人は透明人間ということになってしまっていた。でも水越は、「いや」と言ってくれた。
「いや。一回だけ出たよ。鍵を仕舞った直後のことだ。廊下に
「なるほど」
「あいつめ、いつものように踏み倒す気まんまんだったから、生徒会室の前でちと口論になってしまった。口論は、たぶん2分間くらい続いたかな。けっきょく踏み倒された」
その2分のあいだは、生徒会室には金城ひとりしかいなかったわけか。
「その2分のあいだ、生徒会室に人の出入りはなかったんですか?」
「なかったよ。確実にね。口論は、生徒会室のそばでやってたから、出入りがあれば必ず気づく」
そもそも、生徒会室の中には、金城がいた。部外者が入ってくれば、彼が気づくはずだ。
金城。
彼が犯人という可能性は? 犯人ではなくても、鍵の消失に関わっている可能性は?
黒は一瞬そう考え、直後に恥じた。無関係な人間を疑っちゃダメだ。
けっきょく何も分からないまま、黒は水越と別れた。
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