うそ……血……?

 少し時間をおいて、黒はもう一度屋上へ向かった。封筒の中に入っていた鍵が、ほんとうに屋上の鍵かどうかを確かめるためだ。


 結果から言えば、本物だった。屋上の扉の鍵穴は、黒が拾った鍵を歓迎した。


 間違いない。これは、生徒会室から盗み出された、正真正銘の屋上の鍵なのだ。


 黒は一階まで下りて、昇降口を出た。そして校舎裏に向かった。


 一時間ほど前まで降っていた大雨の影響で、校舎裏のアスファルト通路は紺色に濡れていた。


 ゴミステーションを通り過ぎ、倉庫のそばに到着した。ここは、上履きが置かれていた場所の真下だ。


 黒は、あたりを見回した。

 もし青陽が本当に飛び降りたのだとしたら、どこかにその痕跡が残っているはずだ。


「まあ、そんなものあるはずないけど」


 青陽は飛び降りてなんていない。一連の出来事は、単なる悪戯なのだ。


「え……」


 しかし、黒は見つけてしまった。うっかり、見つけてしまった。


「うそ……血……?」


 アスファルト通路は水浸しになっている。その水たまりに、うっすらと、赤い物が混じっているのだ。

 黒の頭に、ひとつのストーリーが浮かび上がった。


 青陽は屋上から飛び降りて、ここに落ちた。血が流れた。しかし、彼は死ぬことができなかった。奇跡的に生き延びた。そして、あまりの痛みに耐えきれず、自力で病院へ向かった。

 その後、血液は雨で洗い流され、そばの排水溝へ吸い込まれた。しかし完全には洗い流されなかった。少しだけ、血が混ざった水が通路に残った。


 これなら、飛び降りたにもかかわらず死体が見つからない理由になる。


「ありえない」


 黒は苦笑した。本校舎は七階建てだ。猫だってただでは済まない高さだ。


 もし奇跡的に生き延びたとして、どうやって学校の敷地から外に出た?


 黒は、目の前のフェンスを見上げる。

 学校の敷地は周囲をぐるりと高いフェンスで囲まれているから、脱出するには苦労して登らないといけない。七階から落下したばかりの人間に、そんな体力が残っているとは思えない。普通、校門から外へ出ようとするだろう。

 しかし、唯一開放されている正門には守衛所があって、守衛さんが人の出入りをチェックしている。血だらけの人間が通ろうものなら、ちょっとした騒ぎになっているはずだ。


「そうだよ。青陽くんは、飛び降りてなんていないんだよ……。そうに決まってる」


 黒は自分にそう言い聞かせる。


 水たまりに混じった赤いものは、血なんかじゃない。絵具かなんかだ。


 黒はそう結論付け、帰宅することにした。ひどく疲れてしまった。今日は帰って、ゆっくり休みたい。考えるのはまた後だ。


 黒は正門へ向かった。そして門の前でぴたりと立ち止まった。


「ところで」

 黒は言って、振り返った。

「あたしに何か用ですか?」

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